第40話 新しい飲み友達みたいな関係。

 女性らしい仕草で、椅子に座るロザリアさん。そんな彼女にグラスを持たせて、お酒を注いで。


「さささ、ぐぐっといっちゃってください」

「はい、いただきます――くぅっ、たまんないわっ。……あ、失礼いたしました」


 心の底から口に出た言葉。わかるよ、同じ酒飲みなんだろうから。


「それもまた、ロザリアさんの一面なんだね。無礼講、って言ってもわからないかな? 飲んでるときくらい、肩肘張らないで、無理をしない。少し楽にした方が、酒も旨いからさ」

「では、少しだけ失礼して――あむ、んーっ、甘いっ。これをお酒で、確かに甘い果物にお酒が合いますね」

「でしょう?」

「はい」

「ところでさ」

「なんでしょう?」

「この酒と果物、どうしたの?」

「果物は、ここへ来る途中で購入しました。この果実、人界ではなく魔界に育つものなんです。お酒はですね、先日、ご主人様がまだお休みになられているとき、厨房を拝見した際、冷やしの魔道具に貯蔵されていたのを確認しておりました」


 冷やしの魔道具って、おそらくは冷蔵庫や冷凍庫みたいなものなのかな?


「なんと、そんなものまでプライヴィアさんは……」

「ご主人様にこのお屋敷を譲られる際、用意していただいたのでしょうね」

「なんて、気配りさんなんだ。あんな豪快な人なのに」

「えぇ。人は見かけによらないですね」

「そういや、あっちはいいの? 一人部屋もあったと思ったんだけど」

「いえ。このお屋敷は、二階が三室。一階に一室、合計四室の寝室があります。おそらく、一階に家人が住み込むことを想定に建てられているんでしょうね。あたくしは、その部屋を使わせていただくことにしたんです」

「あ、そうなんだ。でもいいの?」

「何がでしょう?」

「家族なんでしょう? ブリギッテさんたちは」

「ご主人様は先日、おっしゃられたではありませんか?」

「はい?」

「『頼むからさ、また消えたりしないでよ? どこにも行かないでよ? いいね?』と」

「へ?」

「もちろんあたくしは、約束させていただきました。ですからあたくしは、常にご主人様のお側にいます。もう、『どこにも行かない』ことに決めたのです」


 そんな、どや顔しながら言い切らなくても。俺、そんなこと言ったんだ? まじかー。うわ、恥ずかしい……。


 いや確かに、どっちに住んでもいいって言ったけどさ。ま、俺は二階の奥だし、大丈夫っちゃ大丈夫かな?


「なによりこのお屋敷は、常にお湯が張られている湯船もあるのです。あちらの湯船はその都度、湯を沸かさなければなりませんし、あたくしには少々広すぎるもので……。ささ、ご主人様、どうぞ」


 うん。広すぎるのも、確かに落ち着かないよね。宿に寝泊まりしてたときも、大浴場は人が入ってきそうで、落ち着けなかったからさ。


「ありがと、んくんくぷはっ。うん。それはよくわかる。はいどうぞ」

「ありがとうございます、んっ、くぅっ。美味しいですね、本当に」


 俺は日本にいるとき、基本はぼっちで飲んでた。だからこうして、こっちの世界へ来て、初めて一緒に飲んだのが女性だった。ダイオラーデンの城下町で、酒場に勤めるメサージャさんと、ギルド支部にの受付に勤めるジュリエーヌさん。元気にしてるかな?


「そうだよ」

「どうかされましたか?」

「あのさ、俺」

「はい」

「明日一日休んで、明後日からいつもの仕事に戻るんだ」

「先ほど伺いました。お仕事のほうは、存じております」

「ありがとう。数日はね、魔素が尽きてぶっ倒れるくらいの勢いで、必死にやるつもり」


 実際には尽きたりしないんだけどね。精神的にゴリゴリ削れていくだけで。


「ご無理をなさらないように」

「わかってる。それが落ち着いたらさ、遅くならないうちに」

「はい」

「例の、『手配書』を出したお貴族様にね、『お礼』を言いに行かなきゃならないんだ」

「お礼、でございますか?」


 『お礼参り』とも言うんだけどね。伝説の木の下で待つ、みたいな。あ、それは違うか。


「そう。『お前のせいで、死にそうな目にあった』、まぁ死ななかったんだけどさ。何が起きて、なぜそうなったのか? それをはっきりさせに行くつもり。別にね、ダイオラーデンの王家へ喧嘩を売りに行くわけじゃない。あそこには、俺の知り合いもいるからさ」

「王族に知己がおありなんです?」

「いや、あの王家の客人、になるのかな? そのときにはきっと、俺の素性も、ロザリアさんに話すことになると思うんだ」

「ご主人様の素性、でございますか?」

「ロザリアさんが知ったらね、きっと、ドン引き――『この人あり得ないわー』って呆れてしまうことね。それをドン引きって言うんだけど」

「ドン引きでございますね。存じております」


 くすくす笑うんだよ。まじで伝わってるのか、こんな俗っぽい言葉まで。


「知ってるんだ……。うん、きっとね、ロザリアさんも、そんな感じになるかもだし。わかったとして、もしかしたら、信じてもらえないかもしれない。けれど俺は、俺にできることをただ一生懸命してきただけなんだ」

「はい」

「それでね。俺はダイオラーデンを訪れたばかりのときは、空間魔法しかまともに使えなかった」


 空間魔法っていっても、実際はMMOでインベントリに慣れてただけなんだけどさ。


「王都で事故に遭って、目を覚まして、説明を受けて。空間魔法を持っているなら、冒険者ギルドで、運び屋ポーターの仕事にありつける。そう教えられたんだ。けれどランクの低い俺には、その仕事は選べなかった」


 そうなんだよ。落ちたときに、三点スーパーヒーロー着地をしてしまい、足首と膝を痛めた。あのときすったもんだしながら、やっと回復魔法が発動して、俺にも使えるんだってわかったんだよな。


「そんなとき、俺にはちょっとした回復属性の魔法が使えることもわかったんだ。あれこれ検証作業をしながら、なんとか悪素毒を散らすことができるのもわかったんだ」

「そうだったのですね」

「うん。多分、ロザリアさんがダイオラーデンを訪れていたとき、俺も初めてあそこにたどり着いた。たまたまが重なって、俺はあの城下町の人々を助けることになっただけ」

「たまたま、でございますか?」

「そうだよ。俺は、『聖職者くずれ』とは名乗ったけど、その知識が少しあっただけ。本来は、魔法なんて使えない、ただの勤め人だったんだ」

「そうでしたか」

「空間魔法と、回復魔法持っていた俺はね、それほど珍しくない存在だと言われたんだ」

「そんなわけありません」

「ありがとう。俺はね、10年程前に父と母を亡くしたんだ。そのときこの能力ちからがあったなら、助けることだってできたはずだって、正直、落ち込んだよ」

「はい」

「けれど見送ることしか、いや、見送ることも叶わなかった俺は、天涯孤独になっちまった。それでも生きていくためには、仕事をする必要があったんだ。一心不乱に働いたよ。そのあと俺は、ダイオラーデンで事故に巻き込まれて、この魔法に気づくことができたんだ。それで今に至ってる、そんな感じかな?」

「そうだったのですね。あたくし、あの子たちはいますが、おそらくご主人様と同じ時期に、父と母を亡くしました。姉も兄も、弟も妹もいなかったため、あたくしもひとりになってしまったのです」

「そっか。だからあのとき、ロザリアさん出会えたのも、偶然じゃなかったのかもしれないね」

「えぇ、そうでないと思いたいです」

「そんな偶然に」

「はい。偶然に」


 俺とロザリアさんは、グラスに並々お酒を入れて、軽く合わせる。チン、と音が鳴る。俺たちは七割ほど一気に飲み干すと。


「――くはぁ。最っ高っ!」

「――くぅっ、たまんないわっ」


 お互いを見て、笑みがこぼれ始めたんだよね。飲み友達みたいな存在って、やっぱり嬉しい。明日までは仕事が休みだから、眠くなるまで飲むぞ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る