第38話 あたくしはどうしたら?

 宿に戻ると、コーベックさんとブリギッテさんが出迎えてくれた。


「ソウトメ様、姫様、お帰りなさいませ」

「コーベックさん」

「は、はいっ」

「あたくしは、ご主人様の執事兼メイドになりました。姫様はやめるように、よろしいですね?」

「はいっ、ですがどのようにお呼びすれば?」

「そうですね。あたくしのことは『ロザリア』と呼ぶように」

「はい、ロザリア様」

「『様』ではなく、『さん』で」

「はいっ、ロザリアさん」

「よろしいです」

「なんだかなー」


 つい、ツッコミ入れてしまったんだけど。


「ご主人様?」

「あ、はい。ごめんなさい。でもさ、俺もそれ、『ご主人様呼び』はやめてほしいな。なんだかさ、主人と召使いみたいで嫌だ」

「それなら、どうお呼びしたらよろしいでしょうか?」

「そうだね。あ、コーベックさんが先代の族長さんのこと確か」

「はい。『おやかたさま』と」

「そうそう。ならそれで」

「ご主人様、でよろしいのです?」

「その『ご主人様』より、マシだよ。人前で呼ばれるのは、なんか、ちょっと嫌だ」

「かしこまりました、ご主人様。では、皆はお館様とお呼びするように。あたくしはご主人様とお呼びいたします」

「そこは変わらない訳ね。せめて人前では、皆さんと同じように呼んで欲しいんだけど……」

「かしこまりました。公の場ではタツマ様、私的な場ではご主人様と、お呼びしても?」

「うん、それなら仕方ないかな?」

「ありがとうございます」

「そういやさ、ここって部屋ごとに料理ができないじゃない?」

「そうですね。元は宿屋のようですから」

「うん。宿屋にはさ、食堂や酒場がつきものじゃない? ということはさ、この奥には厨房があるはず。そこをさ、順番に使うなりして共有すればいいと思うんだ」

「えぇ。そうでございますね」

「だよね。よし、じゃ買ってきた荷物片付けようか」


 食堂だった場所には、テーブルも複数ある。そこに俺は、インベントリから買ってきた荷物を順々に出していく。


「いくよ、はいこれから」


 穀物の入った、麻のような素材でできた大袋。野菜から肉から。俺が遠慮しないでいいよと言ったものだから、ロザリアさんが買いまくった物資が山ほどあるんだ。それを次々と並べていった。


 集落からこちらへ来るときに、必要なものは持ち出したんだけど、こっちで調達できるものは、俺が元々面倒を見るつもりだったんだ。だから食料なんかはこう、30人分をしばらくは間に合うだろうという量を購入したんだ。


 俺がインベントリから出した荷物を、ロザリアさん、コーベックさん、ブリギッテさんの三人で整理してたんだけど。量が量だったから、終わる感じがしないんだよね。俺がロザリアさんにその場で渡した予算は、確か金貨3枚ほどだったはず。それなのに、『こんなに買ったのか?』っていうくらい、あるんだよね。


「あなた」

「ん?」

「これではいつまで経っても終わらないわ。人手が必要だから、呼んできてちょうだい」

「はい、了解ですよ」


 ブリギッテさんに言われて、コーベックさんが二階へ続く階段を上がっていく。ややあって、小さな子供たちも含む、30名全員が揃っていた。女性陣は、厨房へ行ったり出たり。男性陣はそのサポート。


「あのさ、ロザリアさん」

「はい、なんでございましょう?」


 とりあえず、金貨10枚ほどを袋に詰めて渡しておく。


「これ、コーベックさんたちに。日用品とか必要になるでしょう?」

「こんなに……、よろしいのですか?」

「黒森人族のノールウッド集落はさ、俺の眷属みたいなものだって言ってたじゃない?」

「それは間違いございません」

「『集落を出よう』って言った俺がさ、家族に辛い思いをさせちゃ駄目だと思わない?」

「何から何まで、ありがとうございます……」

「あ、こっちは、ロザリアさんが持ってて。買い物に必要でしょう?」


 コーベックさんたちとは別に、袋を渡しておいた。


「俺、明後日からはおそらく、朝から晩まで一日ずっと、悪素毒治療にあたると思うから。家のことやってる暇ないんだよね」

「はい」

「あとさ、小さな子供以外、ちょっと集めてくれるかな?」

「かしこまりました」


 ややあって、俺の前に20人ほど集まってきた。


「ロザリアさん、片付け終わってないだろうから、お酒はちょっと我慢ってことで、これ配ってくれる?」


 俺は買い込んでおいた、果実水の入った瓶をどさっとテーブルに置いた。ロザリアさんが指示をして、あっという間に行き渡った。


「よし、じゃ、とりあえず、ねね、ロザリアさん」

「なんでしょう?」

「乾杯って意味わかる?」

「はい、お祝いや労いなどで、お酒を酌み交わす際に使う合図のようなものだと」

「うんうん」


 やっぱり誰かが伝えてるな? これは。


「んじゃ、色々お疲れ様。乾杯」

『乾杯?』


 半分くらいごっきゅごっきゅ。


「――ぷはっ。酒じゃないけど冷えてて美味い。冷たい飲み物は、季節関係ないね。……あぁ、飲んで飲んで。美味しいよ?」


 初めて飲む人もいるらしく、恐る恐る口にしてるみたいだね。けれど、一口飲んでみて、味が気に入った人なら半分くらい一気に飲んじゃう。そうでない人は、口をつけて苦笑してるね。


「俺は明日一日休んで、明後日から本業に戻るつもり。6日に一度休んでるけど、朝から夕方まで『冒険者ギルド本部』で悪素毒の治療をしてる。悪素毒は、しばらくの間、黒ずみや痛みは出ないと思うけど、根本的な解決に至ってないから、いつか再発すると思ってるんだ。このワッターヒルズでもね」

『はい』

「だからね、怪我だったり、身体の調子が悪いときは、俺を訪ねてくれたらいいよ。その場で治すから」

『はい』

「あとね、当面の衣・食・住は、お館の俺が面倒を見るつもり。けれど、『仕事はしてね?』って、コーベックさん経由で伝わってると思う。もちろん、後に自分たちで稼いだ金で、酒を飲むなんかの、娯楽を楽しんでもらっても全然構わないよ」


 皆頷いてくれるね。うんうん。


『はい』

「集落のあった場所とは、環境もなにもすべてが違うと思う。けれどね、これだけ大きな都市だから、仕事はいくらでもあると思うんだ」

『はい』

「働こうと思える人はね、ギルドに行って『冒険者の登録』をしてほしい。別に、冒険者になれっていうわけじゃないんだ。あそこには、この都市から集められた、様々な依頼がある。色々と相談にのってもらえるはずだから」

『はい』

「それじゃ俺、風呂入って、酒飲んで寝ちゃうから。何かあったらコーベックさんとブリギッテさん経由で、ロザリアさんへ。それじゃ、お疲れ様」

『はい、お疲れ様でした』


 俺は椅子を立って、くるりと方向転換。出口に向かって歩いて行く。


「あ、あの。ご主人様」

「ん? なに? ロザリアさん」

「あたくしはその、……どこで生活をしたらいいのでしょうか?」

「ごめん、すっかり忘れてた。余ってる部屋があるだろうから、どこでも好きなところを使ってくれていいよ」

「……はいっ、ありがとうございますっ」


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