第32話 明日は、連れて行って欲しい。

 塩や香辛料などは、あるらしいから。干し肉を小さく切り、鍋に張った湯の中へ。こまめに灰汁をすくいながら、出汁を取っていく。葉野菜や根野菜を切って一緒に煮込んでいった。ここまでは俺がやったんだ。


 ここからは集落の人にバトンタッチ。もちろん味付けは、この集落のじゃないとね。3分の1ほど違う鍋にとって、濃いめに味をつけてもらって、パンを小さく裂いて鍋にどぼん。パンで作った粥に似た、具の多めのスープっぽくなった。身動きが取れない人に食べてもらうことにした。


 身動きがとれない人たちには屋敷に来てもらうんじゃなく、往診みたいな感じに、俺がお邪魔する形をとらせてもらった。悪素毒おそどくの状態が悪い人や、栄養失調で寝たきりの状態に近い人たちの家を先に回り、その場で治療。するとすぐに元気になって、本人たちも驚いていたけど、ささっと食べ物を配布して食べてもらった。


 先ほど配布して、おなかいっぱいになった人たちは、屋敷に来てもらい、治療をすることになる。身動きが取れる人の家まで、一軒一軒回ってはいては効率が悪い。何より『あたいたちはしてもらう側だ。あんたが慌ててどうする?』と、なぜか怒られた。頑張ってたのに理不尽だ……。


 小さな子だとしても、一番症状が軽い状態で、指の関節ひとつ分の黒ずみが確認できる。身動きが取れず、寝込んでしまっていた一番重い人で、手のひらの根元まで。そんなこんなでとりあえず、集落の皆さんの治療は終わった。


「ふぅ……。これで一応、一段落かな?」

「タツマ、いえ、その、ソウトメ殿」

「……誰?」


 そう、聞いてしまったんだ。振り向いたら、あれ? 声がロザリアさんなんだけど。一瞬誰だかわからなかったのはほんとの話。


 さっきまで着ていた、いかにも『密偵』か『暗殺者』と言わんばかりな、漆黒の革製冒険者的服装ウェアから、村娘風のさっぱり清楚なお姉さん的装いに変わっていてびっくり。ただ、黒い生地だから色味は同じ。色で『ロザリアさんだ』ってわかっちゃったんだよ。白いエプロンつけたらさ、まるでメイドさんの服みたいだけど、白のワンポイントなんてつけちゃいない。黒い色、好きなんだろうね、きっと。


「あ、あたいの顔を忘れたかっ!」


 左の肩口をバチンと、音がでるくらいにたたかれた。すっげー痛かった。忘れるわけないってば。照れたり焦ったり、ちょっと拗ねたりしたときはいつもこんな感じに誤魔化すからさ。


「た、たしかに、ロザリアさんだ。集落の皆さんと同じような服装だからさ。びっくりしたよ。ほんと一瞬、誰かと思ったんだ」

「こ、これがいつものあたいなんだ」


 なるほどね、『姫様』って呼ばれてたもんね、うん。これなら確かに姫様だ、ぷぷぷ……。『姫様』って呼ばれるたびに、表情をくるくるさせて面白かったんだ。ロザリアさんはいつもクールだったから、ギャップが凄かったんだよね。


 ロザリアさんはここを集落と呼んでるけど元々は、小国みたいなものなんだろう。ただ、悪素毒で今の状態まで人も減ってしまっている。俺は本当に、できることしかやれなかった……。


「何もないが、風呂を沸かした。入ってくれ」

「あ、ありがとう。じゃ、いただきます」

「いただきます?」

「あぁ、俺が育った地域ではね、人の家の風呂に入らせてもらう場合はこう言うんだよ」

「なるほど……、うん。ゆっくり温まるといい」


 横にスライドする引き戸があって、そこが脱衣所がになってる。服脱いで、誰もいないけど、インベントリから出したタオルで股間を隠す。もう一枚の引き戸を開けると、なんだこれ? 五右衛門風呂って言うんだっけか? いや、ちょっと違うか。筒状になってる大きなタライ。そんな感じ。


 この世界、石けんがあるんだよな。ここにも小さな石けんがある。おそらく、あっちから召喚された誰かが伝えたんだと思うよ。いつか必要になると思って、それなりの数買っておけばよかったよ。そうしたら、道中、使えたのにな。失敗失敗。


 小さなタライにお湯を汲んで、ざばっと頭からかぶる。ピリピリと肌を刺す程度に、熱いお湯。これがまた、気持ちいいんだ。もう一度お湯を汲んで、タオルを濡らして泡立てる。ざっと身体を洗ってから、も一度流して湯船へ。


「う゛あ゛ぁああああ。これはいいわぁ……」


 そういや、ダイオラーデンの宿にも、プライヴィアさんからもらった屋敷にも湯船があった。それも、温泉かと勘違いするくらいに、お湯がこんこんと沸いてるんだよ。これももしかしたら、誰かが伝えたんだろうね。


 『どうやって沸かしたんだろう?』と思ったんだけど、方法はすぐにわかった。湯船の陰に、鉄製の籠があった。そこに、大きな石がごろごろと入ってるんだよ。きっと石を焼くなりして、水を張った湯船に沈めてるんだと思う。手間をかけてくれてると思うと、すごく嬉しい。


 インベントリから寝間着を取り出して着替える。風呂から出てくると、ロザリアさんが椅子にちょこんと座って待ってるんだよ。


「お風呂いただきました。すっごくいいお湯でした。ぽかぽか暖まった感じです。ロザリアさん、ありがとう」

「……いや、その、なんだな。集落ここ以外で、『ありがとう』とか、そう言われたのは、あんたが初めてなんだ。だから照れくさいというか、なんというか。でも、いいもんだな」


 謙遜なしに、照れていらっしゃる。とても、俺の倍生きてるとは思えないくらいに、可愛らしい。


「あたいも湯に浸かってくる。悪いけどゆっくりしていてくれ」

「あ、はい。いってらっしゃい」


 ややあって、ロザリアさんも風呂から上がった。湯上がりの姿が、ちょいとばかり刺激的で色っぽくも感じる。でも濡れ髪という感じはないんだ。そういえば、湖に落ちたあの日も、何かの方法であっさり身体を乾かしてくれたっけ? あれって何をしたんだろう? 魔法か何かなのかな?


「その。奥の間に父のベッドがあるから、今夜はそこで寝てくれ」

「あ、わ、わかりました」


 『個人情報表示』の画面。そこにある時刻表示は、午後十一時を回っていた。ロザリアさんは、俺が持ってたスペアの寝間着を着てる。結構気に入ってるらしいよ。ワッターヒルズ帰ったら、女性用のを買おうかと思ってるんだ。


「ここ、母のベッドだったんだ」


 そう言って、俺が借りてる、ロザリアさんの父親が使ってたベッド。そこから1メートル程度しか離れていない、隣に寝てるんだよ。最初は意識しそうになったんだけど、明日のことを考えてたら頭が冷える感じがしたんだ。


「明日、悪素を目で確認できるという場所へ、連れて行ってほしい」


 ロザリアさんを含め、この集落にいる人は、悪素を目で見たことがあるってことだ。目の前に迫ってる恐怖を知りながら、ここで暮らす以外の選択肢がない状況。大変だったとしか思えないよ……。


「うん」

「遠いんだっけ?」

「いや、子たちに聞いたところ、ここから半日も歩かない場所まで、迫っているらしい」

「なんてこった――」


 本来ならすぐに避難するべきなんだろうけど、俺はこの目で悪素を確認しておかなきゃならないと思ったんだ。


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