第30話 え? いや、まじっすか……。

 そう、俺にだって言えないこと。言っても信じてもらえるかどうか、わからないことだってあるんだ。もちろん、勇者召喚に巻き込まれてやってきた、こちらの世界の人間じゃないこともだよ。


「あのな、タツマ」

「なんでしょ?」

「あんたがな、とんでもない能力ちからを隠してるのは、あたいにもわかるんだ」

「そ、そんなわけないでしょ?」


 多分全部見せてるし。


「いや、そんなことはない。これまで、あたいに殺せなかったやつは、あんたしかいなかったんだからな」


 あぁ、そういう意味ね。


「あぁ、そういう意味ね」


 もしいたとして、失敗したら死を選んでいたとしたら、ここにロザリアさんはいない。だから今まで、完遂してたってことなんだろうな。強いのは羨ましいけど、同時に怖くもある。和解できたからいいとして、あのまま命を狙われ続けたら厄介な相手だと正直思うんだ。


 そのあと、『一緒に寝るわけにもいかないから』と、ちょっとした言い争いになる。けれど、俺が折れないもんだから、結局ロザリアさんに馬車で寝てもらうことになった。俺は夜、うつらうつらとしながらも火の番をすることになったんだ。


 回復してさえいれば、数日寝なくても大丈夫なことは知ってる。けれど日中は、寝ていてくれと頼まれて、俺は揺れる馬車の中で仮眠をとることにした。


「あたいはな、族長の家に生まれたんだ。けれどあたいが成人してすぐのときだった。父も母も、悪素毒に負けた。だからあたいは、ノールウッドを引き継いだんだ」


 ロザリアさんは、かつての俺と生い立ちが似てる。ロザリアさんは悪素で、俺は病気と事故で家族を亡くしてるんだ。今になってこんな力が手に入るのは、俺にはちょっと納得できないことでもある。


 これまで俺は、『なんでもっと早く、この力に目覚めさせてくれなかったんだろう?』って思うことがある。まぁもし、神様や女神様が本当にいるんだったら、『無理を言わない』ってツッコミが入るところだろうけどさ。日本でこんなのを使ったら、大問題に発展するからさ。


「ロザリアさん」

「なんだ?」

「あんなになるまで、……かなり痛かったんじゃないの?」

「あたいは、あんたに治してもらった。だからもう平気だ」

「そっか、……それで、集落にはどれくらいいるの?」

「今は、三十人いるかいないか、だと思う」

「そう。黒森人ってさ、ロザリアさんの集落以外にもいるの?」

「いるらしいが、よくは知らん」


 こんな感じに、俺が起きているときは、馬車に揺られながらロザリアさんの話をしてもらったんだ。


 二日目の夕方には、街道から外れて、道らしくない場所を進むようになった。俺が起きたときには、どこを走っているかわからない状態。それでもこの馬車を引く馬たちはしっかり走ってくれてる。さすがとしか言いようがなかった。


 ワッターヒルズを出て三日目。日が暮れる前に馬車が止まった。まだ野営をするには早い時間だ。


「ここがあたいの故郷だ」


 ここに来るまで、色々な話を聞いた。この集落では、狩猟と採取、根野菜や葉野菜の栽培で成り立ってるとか。他の町などへ、買い付けに行くこともあるとか。


 段々になった、収穫が終わったと思える畑。その間を縫うように伸びる、馬車がすれ違えないほどに細い道。緩やかにゆったりとした傾斜がしばらく続く。


 穏やかに見えるこの里も、ロザリアさんの指の状態を思い出せば、そうでないことは想像できる。ここは、人界から馬車で三日の距離しかない。けれど、悪素の浸食に日々おびえて生活してる場所だ。


「タツマ」

「ん?」

「頼みがもう一つある」

「いくつでも聞くよ」

「ありがとう。あんたに負けて、二度も情けない姿を見せて、始末人はもう引退したようなもの。けれど、あたいが『あのようなこと』をしていたのは、隠しておいてほしい」


 始末人――殺し屋というものを生業の一部としていた、それを隠して欲しいってことだね。


「いいよ」

「ありがとう。あたいは、ここを出るとき言ったんだ。『魔道具を手に入れてくる』とだけ」

「わかった」


 ということは、ここには悪素がそのまま生活を浸食してる。水も肉も、野菜も、土も空気も、こりゃ相当ヤバいぞ。状態によってはすべて手遅れになりかねない。


 馬車に乗ったまま、集落の中へ行くにつれて、人が徐々に増えていく。冬が近いから、皆、着込んではいる。ただ、外套を羽織ってる人はいない。だから顔も普通に見える。耳も俺が思っているエルフよりやや短め。隣のロザリアさんを見ると、俺たちよりも長いというだけのこと。


 けれど俺には違和感があったんだ。ロザリアさんみたいに、ここの人たちは肌が暗い褐色。ただそれでも、彼女と同じように、手のひらは白っぽい。その指先は、なんてこった。わかっていたけれど、なんてこった。


 御者席にいて、操縦をしてくれてるロザリアさんを見つけると皆、会釈をするんだ。そんな彼らは、総じて若い。どこを見ても、年配の人がいないんだ。


「これ、もしかしてロザリアさん」

「なんだ?」

「君の父さんや母さんだった人と同じくらいの年齢の……」

「あぁ、タツマの考えているとおりだ。長年積み重なった悪素毒で皆、亡くなった。あたいの両親みたいにな」

「なんてこった……」

「だからここには、50に満たない若い子たちしかいないんだ」

「……はい?」

「だから、若い子しかいないって」


 ちょっとまて。50歳に満たない人たちが、なんで若い子、なんだ?


「いや。50に満たないって」

「若いだろう? 成人して間もないからな」

「それってどういう?」

「あたいは今、62だぞ。あたいなんて、父さん母さんが生きてたら、族長を次ぐなんてことはなかった歳だ」

「あのさ」

「どうした?」

「俺、31歳なんだけど?」

「はい? あたい、疲れてんのかな? タツマが変なことを言ってるようにしか」

「だから、31歳なんだってば」

「嘘だろう?」

「そうか。人族だとそうなるのか。あたいはてっきり、70以上かと思ってたんだけどなぁ……。まさか、年下だったなんてな。人は見かけじゃわからないもんだ」


 そう言って、俺の背中をたたくロザリアさん。

 てか、ここにいる人たち、俺より年上で、みんなまだ成人して間もないとか。どうなってんのよ? 魔族さんたちは。


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