第29話 大丈夫だよ。
馬車最高。歩きの何倍早いことか……。どこ歩いてるかわからない苦痛。どこまで行っても同じ場所を歩いているかもしれない感覚。あの7日間はきつかった。いくら疲れないからって、精神的にヤバかったからな。
「――こんな、着の身着のままで大丈夫なのか?」
体躯の立派な馬二頭引きの馬車に揺られてる。手綱を握るのはロザリアさん。俺はその隣に座ってるんだ。
ダイオラーデンからワッターヒルズまでの街道と同じ、道は舗装されていない砂利も敷かれてない。ところどころ、凹んでいるからか揺れがそれなりに酷い。街道といっても、道と林が明確になっているだけ。これを7日歩き続けたんだよ、俺……。
「俺ね、空間魔法が使えるんだ」
「そう、……なのか?」
「串焼き食べたじゃない? 水もお茶もそうだけど、あれ全部そうなんだよ。ほらね」
俺は手のひらの上に飲み物を出現させてみた。すると、ロザリアさんは目を丸くしてじっと見てくる。馬車だから多少よそ見をしても危険はないんだろうけど。
「……そういえば確かに、どこに用意していたんだろうという違和感はあったんだよ」
「だからね、食べ物も飲み物も大丈夫。一応、酒も持ってるよ――あ、お風呂? いや、着替えか。来る前に買っておけばよかったかも」
「確かにあの湯は魅力的だ。それに普段は水を浴びてるから大丈夫、……だと思うがその――そんなに気になるか?」
ロザリアさん、俯いちゃった――と思ったら、胸元の布地つまんで、匂いを確かめてるし。いや、大丈夫だから。いい匂いするから。そうじゃなくて違うんだ。
「いやいやいや、そうじゃなくて。俺さ、7日歩いてきたとき、ワッターヒルズの入り口の店で、匂いを――あぁ、違うって。言ってるようなものじゃんか。こんなことなら、なんで浄化の魔法、もっと必死になって探さなかったんだろう? 魔道書も探してもらってるけど、まだみつからないだよな……」
「ふふふ、あははは。大丈夫、この先に川もある」
「それならよかった。あ、ところでさ」
「なんだ?」
「エルフって、肉、食べられるんだね」
「エルフってなんだ?」
「あれ? ロザリアさんは、エルフじゃないの?」
「エルフがなんだか知らない。あたいらは『
森人、たしかエルフをそう表記してある物語もあったな?
「もしかしたら人界では、『
最後はもの凄い饒舌だった。なんだなんだ? エルフって種族名はないのか? あったとしても、もしかして、ロザリアさんたちと仲の悪い種族なのか? うーん、よくわかんね。
それでも、『草ばかり食ってる』というのには、心当たりがなくはない。ラノベや漫画にも、肉を食わない食習慣がエルフの特徴だったから。もしかしたら、俺たちがいうところのエルフは『白森人』のことを指すのかもしれないね。
白森人と黒森人。白森人がエルフだとしたら、黒森人はやっぱりダークエルフ? あ、そういえば、ダークエルフはドワーフ説というのもあったっけ。ドワーフも元々はエルフと同じ妖精だって言うし。んー、やっぱりよくわかんね。
「ごめんなさい。ところでさ、『ダークエルフ』とか、『ドワーフ』とか、そういうのも聞いたことない?」
「あたいは知らん。……なんかすまんな」
「うん。こっちこそごめん。物語の上だけなのか……」
すべてがファンタジーってわけじゃないってことかぁ。
夜になって、さすがに夜通し馬を走らせるわけにいかないから、野営をすることになった。この馬車って荷馬車じゃなく、ちょっとしたテントみたいな使い方ができるみたいで、かなり立派な造りなんだよ。
馬車を届けてくれたのは、ギルドの若い男性職員だった。その際に、馬の飼い葉や水なんかも届けてくれたんだ。馬車に積まずにインベントリに突っ込んだから、結構な量を持ってきてるんだよ。
俺は木製の大きな桶に二つ、飼い葉を。もう二つに水をたっぷり入れておいた。この馬たちは慣れてるみたいで、すぐに食べてくれたんだ。
「ありがとう。明日からも頼んだよ『
「何してるんだ?」
「今の? 少しでも疲労が抜けたらなと、回復魔法をかけたんだよ」
「そんなことができるのか?」
「そうだね。一応、川に済んでる川虫にも魔法は効いたから、この子らにも十分効くと思うんだ」
「川虫? あの、魚を釣るときの餌?」
「そうそう。あれでね、蘇生の鍛錬をしたんだ。最初はね」
「虫に魔法とは、あたいらの予想を遙かに超えた、変わり者――いやなんでもない」
変わり者? 変人ってこと? まぁ、変なことをしてるのは否定しないよ。人体実験するわけにいかないじゃない? 最終的には、俺の身体でやったけどさ。
そうそう、この馬車やっぱり凄いんだ。さすがに風呂はないけど、お湯が出る設備があるんだよ。ぎりぎり抱えられるくらいの水タンクが複数個積んであるから、それなりに使えるみたいだよ。排水は外へ垂れ流しになるけど、便利だよな。それを知って大喜びしたのはロザリアさんだった。
お湯が出る設備も魔道具らしく、ロザリアさんに聞いたらかなり高価なんだって。やっぱり、プライヴィアさんの持ち物なんだろうな、この馬車。
現在、ロザリアさんは馬車の中で体を拭いてる。もちろん俺は、中にいるわけにもいかないから、外でたき火にあたってる。ごそごそと音がした。馬車の扉が開いて、ロザリアさんが出てきたんだ。
「すまない。着替えも助かった。それにしても旅先で、これほど贅沢に湯が使えるだなんて、夢みたいだな……」
ロザリアさんが着てるのは、俺が寝間着代わりに何着か買っておいてある、ダボッとした部屋着。冬場用で、厚手の生地だけど圧迫感がなくて気に入ってるんだ。俺とは、袖と裾の長さが違うから、若干まくってはいるけど、別段問題はないみたいだね。
「なんでもさ、ギルドの総支配人がね、虎人族のお貴族様らしいんだよね」
インベントリからテーブルと椅子を出す。パンと串焼き、温かい飲み物も用意して、簡単だけど夕食の準備もおっけ。
「……それって、エンズガルドのことか?」
「いや、詳しくは聞いてないけど」
「昔な、ウェアガルドって獣人の国があってな――」
俺が用意した、夕食を食べながら、魔族の住む魔界の話をしてくれるロザリアさん。ファンタジーものの漫画やラノベを読んでいるかのように、興味深い話だったんだ。
「空間魔法を操り、回復魔法を極めてる。タツマ、あんたは一体何者なんだ?」
「ロザリアさんも知っての通り、ただの『聖職者くずれ』」
「……理由は聞いてくれるな? そういうことなんだな?」
「察してくれたら助かるかな。いつか話せたらいいなと、思うんだけどね」
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