第23話 負けないことが大事だから。

 俺はワッターヒルズに着いた翌日から、ギルド本部の一室を借りて、悪素毒おそどくの治療を始めた。ここはダイオラーデンじゃない。なら、秘密にする必要も、遠慮もいらない。『倒れるまでやりますよ』と、そう提案したところ、虎人族特有の口元から覗く犬歯のような八重歯をちらりと見せながら、総支配人のプライヴィアさんに淡々と怒られた。


「あのねぇ、ソウトメ殿」

「はい」

「これから冬が来るというのに、ギルドの表へ、長蛇の列を作りたいのかな?」


 あぁ、いくら獣人さんや、魔族の人が多いからといって、人間もいるし、寒い時期だから、外で震えながら待ってもらうのはまずいってことだよね。獣人さんも、魔族さんも、寒いのは寒いんだろうから、うん。俺が間違ってました。


「あ、はい。ごめんなさい……」

「やれやれ。これだから若い子は」

「若い子って、俺、31ですけど?」

「そう、……まだ、31歳なんだね。……ところで、私は何歳に見えるかな?」


 まだ? ってどういうこと? 何歳に見えるかって? 大柄だけど美人さん系だし、結婚してるって話だから、おそらく30、いって40?


「俺と同じ世代? もしかしたら、30半ばくらいですか?」

「あははは。そんなに若く見えるだなんて、嬉しいよ。私はね、今年で132になるんだ」

「へ? ヒャクサンジュウニサイ、デスカ?」


 正直、ぽかーんとなった。……あぁ、そういえば、マンガやラノベで『魔族は長命な種族もいる』って、例えば、エルフなんてそうだったっけ? 100歳とか1000歳とか。それこそ、不老長寿な種族もいるって、そういう『物語』はあったけど。いやはやなんともまじですかー。


「そ、それじゃまさか、クメイさんも?」

「嫌ですよ。私はまだ、33ですからね」

「なんと、俺よりお姉さんだった……」


 朝也くん、麻昼ちゃん、麻夜ちゃんたちと比べて、おおよそ倍くらい生きてるってだけで、『おじさん』って呼ばれたのとはそれこそレベルが違う。俺と100歳以上離れてたなら、そりゃ子供扱いされてもしょうがないか。それより、まだ新卒の新入社員みたいなクメイリアーナさんですら、俺より年上とはね。魔族ってわからないもんだわ。


 見た目で判断、イクナイ。でも、女性に年齢を尋ねるのはタブーだって聞いてるし。いや、リア充なら違うのか? そうなのか? よくわかんないけど、爆発してください、お願いします。


 ……で結局クメイリアーナさんに、ギルド職員を含め、登録してるこのワッターヒルズの冒険者さんもさっさと治療したあと、手分けをして全員で手当たり次第に聞き取り調査をしてもらった。その結果、状態の酷い人から順に、治療することになったんだ。


 夕方になって、食事もクメイリアーナさんに持ってきてもらったパンをかじりながら、休みなく治療を続けた。肉料理を挟んでくれたみたいで、美味しかったよ。もちろん、いつもの『パルス脈動式補助呪文』を使った『フル・リカバー完全回復』ドーピングしっぱなしだから、疲れはしないんだけどね。


 その甲斐かいもあって、四十人を超える笑顔をもらったんだ。けれどこのワッターヒルズ全体で、二千人以上の人が住むって話。ここが終わったら、プライヴィアさんの母国が待ってるってさ。まだまだぜんぜん、先は見えやしない。それでも、笑顔は最高の報酬。やっていてよかったって、がんばろうって、そう思えるんだ。


「タツマさん、お疲れさまです」


 笑顔でお茶を出してくれるクメイリアーナさん、女神に見えるよ……。


「あ、ありがとぉ」


 どっと力が抜ける。肉体的には疲れはないけれど、精神的に疲弊はしてる。けれど、ここまで歩き続けた7日のうちの、4日目あたりに比べたら、全然辛くはないんだ。あれは苦痛だった。まっすぐ進んでるのに、迷路に迷いこんだみたいな状況だったからね……。


 うあ、頭をぐりぐり撫でられてる。気配の方を向くと、超絶笑顔のプライヴィアさん。口元からチラリと見え隠れする、犬歯が何気に怖いです。手を振りながら去って行く、男前な背中。体格も俺より立派だからなぁ。身長も俺より高いし……。


「ほんと、子供扱いだよね」

「優しいんですよ。もの凄く」

「それはわかってますって。んでは、宿に帰って寝ます」

「はい、また明日」

「お疲れさまー」


 すれ違う人々は、俺を見ても別に足を止めたりしない。普通にいる、人族に見えるんだろうな。確かに、魔族と人族半々くらいかな?


 よく見ると、俺たちと同じ人族、犬人族さん、虎人族さんが同じくらいいるんだね。他にも『何族さんだろう?』って、思いもつかない人もいるんだ。


 昨日の夜、ギルドにいる人の治療をしてたら普通に慣れた。魔族な人も、俺と全然変わらないんだなって。プライヴィアさんの歳は驚いたけど。


 宿について、部屋に入るとベッドに横になる。夕方軽く食べたから、まだ腹は減ってない。風呂に入って精神的な疲れを癒やしたい、そう思うのは山々なんだけど、まずは確認が必要なんだよ。


「『個人情報表示』」


 目の前に現れる、いわゆる個人情報セルフステータス。そこにある回復属性のレベル。これを確認しなきゃならないんだ。昨日と今日で、かれこれ60人以上治療してる。だからいい加減上がってくれても……。


 回復属性:3B59


 3Bってえっと、59だ。あと1つ、あと1つ上がればなんとかなる。そう思って、ベッドに横になって背伸びしたら、寝てしまった。


 翌朝目を覚ますとなんか具合が悪い。めまいはするし、吐き気もする。身体はなんとか起こせそうだけど、立ち上がるのは無理っぽい。


 今まで無理をしてきた反動かと思った。けれど、いつものように時間を確認しようと『個人情報表示』。そこで初めて、魔素が枯渇状態だったことに驚く。


 魔素が足りなければ、魔法は発動しない。この状態だと、『パルス』も効果が切れてしまったはずだ。


「あ、寝る前に『ディスペル解呪』するの忘れて――あれ? どういうこと?」


 回復属性:3C60


 何度見直しても、見間違いじゃない。3Cというのは、60のこと。もしかしたら寝てる間に、偶然上がったのかもしれない。


 待ちに待った、グレーアウトされていた一行が使えるようになっている。俺が待ち望んでいたのは、その『リザレクト』。いわゆる『蘇生呪文』なんだ。俺がドハマりしていたMMOでは、レイドでよく目にはしていた。俺ももちろん、かけてもらって何度も復活して戦線に戻ったのをよく覚えてる。


「よしっ。これで絶対に、俺は負けない、結果オーライだ。……あでもどうしよう、魔素回復するまで何もできないよ」


 少しして、ギルドに行って、『魔素が枯渇してるから、回復するまで待って欲しい』と泣きついた。10時くらいになってやっと『マナ・リカバー魔素回復呪文』が使えるまで回復し、午後からなんとか治療ができるようになった。


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