第22話 少し大きな問題になってきたみたいだ。
そりゃ珍しいとは思うよ、虎そのものだもんね。ブラウスに似た上着の袖から覗く、手首から手の甲にかけてかっこいい毛並みが見える。俺たちより少し固めの爪。色味は悪い。嫌な予感してたんだ。
手をひっくり返すと、少し色味のいい手のひら。ちょっとは肉球みたいなのを期待したけど、魔族とはいえ人だもんな。ふにふにとした押し感は、昔触った猫の肉球みたいとも言えるけどさ、忘れたけど。
……やっぱりな。予想以上に酷い黒ずみがある。それも第二関節まで。手袋をしてないから、ちらりと見えたんだよ。この
「――あぁもう、仕方ないなっと、『
「ちょっと待って、え? 何を?」
プライヴィアさんは、指先を見た。やっぱりね、この人も
「しばらくはこれで大丈夫ですよ」
「……なんてこった。私が独身だったら、無理にでも婿にもらうところだったよ」
「あははは。お世辞でも嬉しいですって」
「報告にあったのはなるほど、これが『そう』だったんだね? いや、これだけの逸材。逃がすわけにいかないからな」
にまっと笑う優しい感じだけど、その肉食獣のような鋭い眼差し。最初からバラすつもりなんだから、逃げたりはしませんよっと。
「私は無理だから、……そうだな、養子縁組でもして、うちの親族から良さそうな子を、……とはいえ、ソウトメ殿に思い人がいるなら別なんだが」
何を暴走し始めて、……そっか、思い人、思い人かぁ。あのときの
「いえ、その。いるというか、いないというか。気になってる
「そうか、思い人がいるんだな? それはいいことだよ。うんうん」
ドアがノックされる。
「失礼いたします。お茶をお持ちしました」
クメイリアーナさんが、俺とプライヴィアさんの前にカップを置いてくれた。紅茶に似た香り。いい匂いだね。
「そうだ。クメイなんてどうだい? この子も私と同じ
「え? な、何をです?」
クメイリアーナさんは、自分のことが話題に上がっているからか、きょとんとしてこちらを見てるんだよね。
「いえその、俺さっき」
「あぁ、人族だと『あの』問題があるんだね。なぁに、『どこかの国』で爵位を取れば、案外文句は言われないと思うんだけどなぁ」
爵位か。勇者の朝也くんならそうすれば、麻昼ちゃん、麻夜ちゃんと一緒にいられるんだろうな。相手がいるんだから、これから壁にぶつかるだろうね。ぜひ悩んで悩んで、リア充爆発してほしい。
「そ、そうなんですか? それは確かに裏山ですね……」
「え? な? 何の話なんでしょう?」
「そうだ。ソウトメ殿、クメイもお願いできるかい?」
「ですからそんなお約束は――」
「いや、悪素毒のことだよ」
ニヤってそう笑うんだよ。あ、きったねぇ。引っかけでやがんの。
「あ、あぁ、そっちですね。クメイリアーナさんお手をどうぞ」
「はい?」
意味もわからず、両手を差し出すクメイリアーナさん。やっぱりこの人もさっき見たとおり、手袋をしてるんだ。
「手袋、外させてもらいますね? ……あぁ、思ったよりも進行してるんだ。『フル・リカバー』、『ディズ・リカバー』、『フル・リカバー』、これでしばらくは大丈夫ですよ」
「え? ……この方がもしや」
「そう、彼があの支部にいた、ギルドの聖人様だよ」
「ちょ、何ですかそれ?」
「聖女様の反対は、聖人様で間違いないだろう?」
「そりゃそうかもしれませんが、俺が?」
「これまでいったい何人救ったんだい? これから、何人救うつもりなんだい? これで君が聖人じゃなければ、聖女なんてただのまやかし――いや、
龍人族、そんな人たちもいるんだ? さすがは異世界。正直、ここの人たちもちょっとだけびっくりしたんだけどね。宿の店主さんは、人間だったけど、ギルドは半々。聞くと、都市の中も半々らしい。
ダイオラーデンの人たちより、このワッターヒルズの人たちの方が、悪素毒の浸食が進んでいた。その理由は、プライヴィアさんの話。場所は特定されていないが、悪素の発生は魔界が最初だった。人界よりも魔界のほうが悪素の被害は多い。それは比べものにならないほどだという。魔界から人界へ汚染が進んだのだろうという、彼女の説明で納得がいった。
ちょっとした話し合いのあと、俺はギルド全員の悪素毒治療をすることになった。今の俺には、怪我をした冒険者と同じ感覚で治療ができる。支部の方で慣れていたからか、ギルド職員全員の悪素毒治療を終えて、それほど遅くならずに宿へ帰ることができた。
もちろん、夕食はギルドでご馳走になった。魔界の家庭料理らしく、味付けも独特。セテアスさんの宿で食べてた、ちょっと薄味なものと違って、濃厚な味付けだった。うまかったなぁ……。
翌朝ギルドへ行くと、ドアを開ける前にクメイリアーナさんが迎えてくれた。俺がドアの前に立つと、ドアを開けてくれるんだよ。なんでも、俺の匂いでわかるんだって。獣人さん、たぶん犬人族さんなのかな? 彼女は、嗅覚が人間よりも鋭いとのこと。てっきり昨日みたいに、汗の臭いかなんかでわかったのかと焦っちゃったよ。
すぐに総支配人室に通されて、そこに待ってたプライヴィアさんは険しい表情をしていた。
「おはよう、ソウトメ殿」
「どうしたんです? 何やら考え込んでるみたいだけど」
「今朝方、リズレイリアから届いたんだが、これ、どう思うかな?」
俺は届いたという手紙を見せてもらった。そこにあったのは、なんとも理解しがたい内容だった。
数日かけて湖に落ちたと思われる俺の捜索を行ったそうだ。けれど手がかりがみつからない。その上で、ギルドに依頼が入ったとのこと。内容は、俺が持ってきた手配書とほぼ同じ。『タツマ・ソウトメの捜索及び身柄の確保』とのこと。厄介なことに、『生死を問わない』の一文も入ってるんだよ。
ギルドでは、昨日まで独自に捜索してたらしい、けれどこの依頼が来たことで俺が死んでない可能性が出てきた。もちろん、依頼は表面上受け取ったけれど、張り出すつもりも冒険者に通達するつもりもない。最悪の場合、ダイオラーデンと事を構えるつもりだったそうだ。プライヴィアさんから俺の無事を知ったことで、今後どうすべきか相談があったという。
「俺を引き渡せば済む話じゃないですか?」
俺は戯けるようにそう言った。けれど彼女に、困った表情で言い返される。
「私たちが、そうすると思うかい?」
「しないでしょうね」
わかってるさ。俺を『聖人』だなんて、冗談でも言ってくれるくらい、大事にされてるってことはね。
「それなら、しばらくは行方不明ってことにして、すっとぼけることは可能ですか?」
「難しくはないが、何か考えでもあるのかい?」
「まだ少し時間はかかると思いますが、俺には一応、考えがあるんです」
俺は自信満々に言ってみたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます