第3話 散りゆくなかで
あのときのママの顔は忘れられないなぁ。
多分、大まかに事の流れを悟って口元を手で押さえて笑いを必死に誤魔化そうとしていたから。
でも、当然だよ。
まさか自分の娘がトリックルームに置かれたまるで道が続いているかのように見える鏡の前で、自分自身にキスをしようとしていたんだもの。
「マ、ママ、早く行こっ!」
恥ずかしさのあまり耳まで真っ赤に染めた状態で、今度は僕がママの腕を引っ張ってその場を去ろうとした。
頭のなかでこれは夢であってくれと願いながら、必死に全力で。
そんな笑い話にしても今の僕のイメージを覆してしまうほどのネタを話せる訳がなく……。
「優希さん、もう先生いかれましたよ」
ヤバい、このままじゃあ、話を戻されて聞き出されてしまう。
ここはもう寝たフリをしてやり過ごすしかない!
「あっ、あれ? 皆、優希さん、寝たフリしたまま本当に寝ちゃったみたい」
毛布をすこし捲った子が、起こさぬよう配慮して小声で残り2人にも知らせてくれる。
なんとも演技をしている間はこういう時間がむず痒くてつい表情を緩ませてしまわないか、それでバレるのではないか、そんな心配が出てきてしまうけれど、足音が遠ざかっていく。
どうやら見逃され──
「ねぇねぇ、今しか優希さんの綺麗な寝顔見れないし、皆で見てみようよ!」
──なかったみたいだ!
キャッキャウフフと皆の気配が近付いてくるのを感じる。
瞼を閉じているせいで相手の表情や周囲の状況を確認出来ないまま顔を覗かれるというのが気にかかるものだとは思わなかった。どんな反応をされているのか、自分で知りようがないのは辛い。
「それにしても綺麗だよねぇ」
「本当にね。優希さんのお顔をした人形でもあれば絶対すぐ買うのに」
「わかるー」
「わ、私はお面とかもいいと思います。被ってみて、鏡でも見ればまるで自分が優希さんと2人きりでいるように思えますから」
誰一人として僕の初恋を知らないのに、タイミングよく傷を抉るようなことを言わないでくれ!
「ねぇ、なんだか優希さんの顔いつもより赤くない?」
「えっ? 別にそんなことは……いや、たしかに言われてみればちょっと赤いかも」
「もしかして、本当は疲れて体調が優れていなかったのに私たちに付き合ってくれていたのかな?」
「たしかに、優希さんなら有り得るかも。明日に響かないよう私たちももう寝よっか」
そうして、皆が散っていく。
なんとか助かった……。
張り詰めていた気が緩み、安堵から眠気に襲われる。疲れも生まれ、それに抗うことなく今度は本当に眠りにつく。
今日はなんだかいい夢が見れそうだ。
ここにしか咲かない恋の花 木種 @Hs_willy
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