第2話 花開くその時まで

 あれは小学生になったばかりの頃。

 僕は毎日のように両親を含め周囲から容姿の良さを認められてきたから、自然と優劣がわかっていたんだ。それに称賛に見合うだけの才能を見せつけたくて、必然的に努力をするようになっていった。そのせいか、いつのまにか好みのハードルが高くなっていたんだと思う。

 それまで気になる子なんて一人もいなかった。取り巻きは今と変わらずいたけれど、どれも粗削りなものばかりで原石と呼べる存在すらいない。なにより高い向上心とそれに伴った努力できる才能の持ち主が一人もいなかったのが残念だったな。でも、その日、僕はたしかに見つけたんだ。


 僕と変わらない美しさを持つ少女を。


 何年に一人だなんてありきたりな言葉では表せない逸材。僕はすぐに駆け寄った。すると、彼女も興味を持ってくれたのか近付いてくる。そうして、僕らはちょうど通路の真ん中で向き合った。

 あのときの感動は今でも忘れられない。欲していた人物がふとした瞬間に現れるなんて思いも寄らない出来事だったから。

 まさに一目惚れだった。


「ねぇ、君はどこから来たの?」


 出先だったため、まずはそこが気になって聞いてみたんだっけ。もし、遠方から来ていたのならもう会えることがないと思って。

 ちょうど彼女もなにかを聞こうと口を開けてくれたけど、声が出ないみたい。けれど、それで良かったのかもしれないと。人には声ですら好き嫌いが生じてしまうからせっかく目覚めた恋心を摘む要因がひとつ消えたと思えばね。

 それから、声のことを言及するのは子供ながら無作法ではないかと気遣い、かといって手話の知識があるわけでもないので小さな頭をフル回転させて身振り手振りで意思疎通を図ってみる。

 それを彼女はなぞるように、というより正しくはまるで以心伝心しているかのような素早さで同じ行動を取って意味を理解しようとしてくれていた。まさに運命的な二人だからこそ成せる技。そう考えたらなんだかドキドキしていたのを今でも覚えている。


 それにちょうど周りに人がいなくて、両親も他の展示物に夢中だったからこの空間に僕達しかいないという意識がなおのこと空気を甘くしていたと思う。

 見つめている間は食い下がるくせして、こちらが気恥ずかしさから根負けするように視線を逸らせば彼女もまた。


 そんな愛らしい一面を惜しみなく見せてくれる彼女に触れたくて、若干暗めな部屋のなか、必死に手を伸ばそうとするけれど、恋はそう簡単に成就させてくれない。意地悪な神様が僕たちの間に試練のような壁を立てている。

 彼女も困り顔で、なにもうまくいかないもどかしさが募り始めたのを感じ、あがく術が分からないまま数分が経った頃、ママが戻ってきてしまった。


「優希ー、次、行くわよ」


 どうしよう、このままじゃあこの子とここでさよならしちゃう。

 どうにかして一瞬で芽生えた恋情を伝えたい。その一心で子供ながらに思いついた方法をただ一つ。

 キスをしようと彼女に顔を寄せた瞬間だった。


「ちょっと、なにをしているの! ダメよ、そんなことしちゃっ!」


 勢いよく近付いてきたママに腕を掴まれ、引っ張られてしまう。

 彼女も僕と同じように誰かに腕を…………。

 そう、そのとき、僕は全てを察したんだ。


 僕の目の前に映る彼女の腕を掴んでいるのはママだったから。

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