ここにしか咲かない恋の花
木種
第1話 恋の芽生えは突然に
今日も僕の周りには人が取り巻いている。たった一人の僕を取り合うように。
「あの、
高校二年の秋、僕らは修学旅行の真っ最中。
心地よい夜風が微かに開けた窓から部屋に流れ込み、快適にベッドの上で腕を立てうつ伏せになりながら同室の子たちと談笑中。
どうやらお待ちかねの僕の番がやってきてしまったようだ。と、その前に。
「ねぇ君、そんな堅い呼び方なんかせずに気軽に優希って呼んでほしいな。同級生なんだから」
可哀想に、ジャンケンで負けたらしく両隣ではなく唯一対面にいる彼女に優しく声をかける。自信のなさの表れか、少々地味な部屋着でいるけれど黒く肩口まで伸びた髪は艶やかなのだから努力を惜しまず、自分磨きをすればよいのに……という感想は一旦置いておこう。
「えっ、そんな、でも私なんかが……」
思いがけぬ提案だと思ったのか、言葉では困った様子ではいるものの、視線はちらちらとこちらを何度も見て頬は少々紅潮し、喜びをまるで隠せていない。
「気にしないで」
「ゆ、優希……さんがそう仰って下さるなら」
恥ずかしそうに隣の二人の表情を確認しつつ、最後にはさんを付けて呼ぶ。そんな彼女の名前はたしか――
「さっ、優希さん! それはともかく、優希さんの恋のお話し聞かせてくださいよ!」
――思い出そうとしたところで邪魔が入ってしまった。まあ、どうせあとで記憶のなかから引っ張り出せばいいだけだから構わないか。
餌を待つペットのように催促してくるこの子たちの相手もしてあげないとだし。
「そうだったね。じゃあ、どのお話しにしようかな」
これまで幾度か付き合いはした。クラスメイトだったり、先生だったり、はたまたお隣さんの面倒見の良いお兄さんであったり、誰もそこまで長続きはしなかったけれど、将来を見据えたものではそもそもなかったし、後悔も未練も微塵もない。
ただ、そんな恋愛のなかにも話のタネになり得る出来事はたくさんある。
「あ、あのっ!」
そうして残っている記憶を漁り始めようとしたそのとき、目の前の彼女が手を挙げた。三者からの視線を受け、少々戸惑った様子でいたが、勇気を振り絞るように乾いた唇を潤わせながら――
「私はぜひ、優希さんの初々しい一歩目の恋の話を聞きたいです!」
――声高らかにそう言った。
「こらー、ちゃんと寝なさーい」
「あわわっ、ご、ごめんなさい」
「やばっ、先生来ちゃう! 優希さん、一旦寝たふりをするため自分のベッドに戻りましょう!」
皆が各々で行動を取るなか、その声にならい、一人、毛布で身を隠す。
外からは近付いてくる先生の足音が聞こえているけれど、僕はそれどころじゃなった。
彼女の言った一歩目の恋。それは初恋。
私の一生消えるはずのない苦い思い出の詰まった話。
あのことを誰かに知られるなんて……有り得ない。だって――
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