第5話 エルデリオンの決心

 “勧告”したにも関わらず。

森と花の王国〔シュテフザイン〕からの返答は

『聞けませぬ』


王子はその返答のしたためられた羊皮紙を、両手で端を持ち、広げて目前に立つ王と王妃に、突きつけるように見せつける。

そして低い声で告げた。


「これではもう、いくさしかありません」


王妃は叫びそうに成りながら、何とか声を堪えた。

そして横に立つ王の横顔を、縋るように見つめる。


が、髭を生やし、気品と威厳に包まれた王は沈黙したまま、顔を俯け囁く。


「…言ったように…」

「死人は出しません」


きっぱり言い切るエルデリオンの返答に、背後。

扉近くで控えていた王子の従者、ラステルがため息を漏らした。


けれどエルデリオンは決然と両親に背を向け、扉近くの三人の従者らに、歩み寄る。


「我が国に一番近い領地を攻める。

怪我人を出さず占領する作戦を立ててくれ」


いつも陽気で爽やかな若者、ラステルが項垂れて頷き、横のロットバルトがそんなラステルを、気の毒そうに見た。


デルデロッテだけが無言で。

扉を控えの者に開けられ、靴音鳴らし出て行くエルデリオンの、その背に続いた。


やがて二週間の準備期間にラステルは偵察隊からの連絡を受け、周囲の地形を確認、石壁で覆われた領地内にある、領主の居城の潜入方法を詳細まで検討し、とうとうエルデリオンに

「計画が出来上がりました」

と告げる。


エルデリオンは準備の間中、ひっきりなしにラステルの元を訪れては進行状況を聞き、戦に必要な物を掻き集めるため、城内を文字通り、駆け回った。


常に付き従うロットバルトもデルデロッテもが。

日に日に頬が削げ、顔付きが鋭くなるエルデリオンの様子に戸惑う。


年上のロットバルトが、期を見て尋ねる。

「昨夜は、良くお眠りで?」


が、エルデリオンは気もそぞろ。

「…夜明け近くに、少し眠れた」

年上の重臣、従者の心配にそう答える。


横でとりすました長身の美丈夫、デルデロッテに頷かれ、濃い栗毛の鼻髭を生やし、威厳すら滲ませる一番年上の従者、ロットバルトは尚も問う。

「お食事は、十分されていますか?」


しかしエルデリオンは口ごもった。

が、じっと見つめる、年少の時からずっと側で仕え、面倒見てくれた年上の男達に心配かけまいと、慌てて呟く。

「腹は膨れてる。

空腹ではないから、大丈夫だ」


ロットバルトは困惑し、デルデロッテはため息を吐く。

そしてやっと、ロットバルトに口を開かせず、デルデロッテは自身の言葉で告げた。


「ロットバルトは『お食べになったのか?』と聞いたんです。

今現在空腹かとは、聞いてない。

それは返事に、なっていません」


エルデリオンは指摘されて頬を染め、俯いて誤魔化そうと試みる。

が、それより先に、デルデロッテにきっぱり言われた。


「…これから同盟国に戦を仕掛けようとなさる張本人が。

眠れもせず食べもせずで、兵らの士気が上がるとお思いですか?」


エルデリオンはデルデロッテを見た。

子供の頃…大人の召使いや教師にばかり囲まれていた。

そんな時、城内に迷い込んだ少し年上のデルデロッテと出会って以来。

彼はかけがえのない唯一、年の近い友人であり、色々な事を教えてくれる、師でもあった。


顔を下げると、少しすねたように呟く。

「…これからは、ちゃんと食べて睡眠を取る」


デルデロッテに頷かれ、ようやく彼らの心配から解放されたように。

エルデリオンは兵の宿舎まで出向き、出撃の準備に足りない物は無いかと、聞いて回り始めた。


「じっと、してられないようだな」

ロットバルトの言葉に、デルデロッテは表情を変えず頷く。

「当然だ。

同盟国に剣を向けるんだからな」


ロットバルトはデルデロッテの言葉に、改めて項垂れる。

「ラステルが苦労してる」

「するだろうさ。

同盟国に侵攻し、王子を略奪する計画中なら」


二人は改めて、兵を捕まえては、備蓄の食料やら移動のための馬の手配を隊長に問い正す、血走った目を兵らに向けるエルデリオンの横顔を見つめた。


「お人が変わられた。

この恋は、良くない」

「良い訳無い」


そっけなく断罪する長身のデルデロッテを、ロットバルトは見上げる。

がそんなデルデロッテの整いきった顔の上、さえも。


エルデリオンを心配する表情が、浮かんでいた。


 その一週間後。

一番近い森と花の王国〔シュテフザイン〕の領地に、ラステルの作戦通り、王子の配下らは夜間に忍び入り、こっそり領主の城に潜り込むと寝込みを襲い、人質に取った。


そして城門を開けさせ、中央王国〔オーデ・フォール〕の兵らを入れて、領地を乗っ取った。


たちまち知らせは森と花の王国〔シュテフザイン〕の王の元に届き、王は大国、中央王国〔オーデ・フォール〕の無体なマネに激怒。

再び『王子を花嫁に』の申し出を受け取ったものの、これを断固、拒否した。


デルデロッテとそして、ラステルとロットバルトは再び、歯ぎしりして悔しがる、普段は大人しく穏やかなエルデリオンの、恋に狂った横顔を見つめる。


「この先の領地も同様、襲撃して攻め落とす!」


エルデリオンの言葉に、ラステルは静かに言い諭す。

「けれどエルデリオン。

一度は不意が突けても、二度目も同様にはいきますまい」


エルデリオンは静かに。

けれどきっぱり言葉を返す。


「相手が王子を差し出すまで。

戦を止めるつもりはない…!」


とうとう、今まで表情を変えぬ不動のデルデロッテまでもが、深いため息を吐く。


ラステルは相手が、護りを固める前に行動しなくては成らず、不眠不休で隣領地の地図を見つめ、潜入口を探し当てては配下に作戦を携え、直ぐ様陣取った城から、隣領地に攻め入るために騎乗し、駆け出して行った。


が、直ぐ城に伝令が走る。


「王が…!

森と花の王国〔シュテフザイン〕の王自ら、領地奪回のため、出陣されており…!

これから奪おうとする隣領地に兵を進めれば、王の軍と激突します…!」


エルデリオンは既に騎乗し、隣領地に兵を進めようとして…躊躇う。

が、手を振り上げて叫ぶ。


「進軍しろ!

森と花の王国〔シュテフザイン〕の王軍と出会った時!

再び直接、返事を聞く…!

が、肝に銘じろ!

威嚇だけだ!

敵に怪我人が出るのは、致し方ない!

が、死者を出すのは決して許さん!」


これから戦になると言うのに、その呆れた命令に。

兵達がため息を吐きながらも、槍や剣を携え、馬を進める様子を。


デルデロッテはエルデリオンの背後で、見守った。

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