大国の王子エルデリオンのいらだち

第4話 突き返された返事

 中央王国〔オーデ・フォール〕王城内の、豪華な国王居室で。

エルデリオンはその羊皮紙を、読んだ途端顔色を真っ青に変え、のち顔を上げると、一気に握りつぶした。


羊皮紙を渡した使者も。

そしてエルデリオンからの報告を待っていた王も王妃もが、普段穏やかな貴公子である息子のその怒りの表情に、目を見開く。


エルデリオンは暫く、口も利かず顔を下げる。

そして上げた時、絞り出すような声で両親である国王と王妃に、無茶を突きつける。


「森と花の王国〔シュテフザイン〕に勧告を行ってくれますか?!」


王と王妃は、驚きに言葉を失う。

“勧告”をすれば…万一こちらの申し出を相手が拒絶した時、戦を仕掛ける事を意味していたから。


王妃は長い間同盟を結ぶその国への仕打ちに、慌てて息子に駆け寄り、下がったその手を取って囁く。

「分かって…言っているのですか?

かの国とは大変親しい間柄…。

確かに我が国はかの国に比べれば、圧倒的な武力を誇る大国。

かの国を、ねじ伏せるのは簡単な事。

けれど…!」


エルデリオンは低い声で素早く囁いた。

「かの国の王妃と母君は懇意。

それは、知っています。

けれど拒絶の返事を受け取った今…!」


エルデリオンと同じ髪色。

ヘイゼルの瞳の、理知的で美しい王妃は首を横に振る。

「無理もありません…!

我が国ですら、男の花嫁を迎える事は、まれ。

ましてかの国には、我が国と違い、男を恋人にする風習は、全く無いのですよ…?!

その上あちらは王子なのでしょう…?!

大事な王国の跡取りを…嫁ぎ先が幾ら大国の花嫁であっても…手放すはずが…」


王までが、自慢の一人息子に近寄ると、王妃を助け、たしなめる。

「…少し…頭を冷やし、別の…王女と出会ってみないか?

出会った森と花の王国〔シュテフザイン〕の王子は…確かに美しいかもしれん。

あのたいそうお美しい、王妃の息子だからな。

が、別の美女に出会えば、心も変わる」


だが。

エルデリオンは叫んだ。

「母君と父君がおっしゃった!

花嫁を見つけて来いと!

この国には出会えず、各国を回った!

そしてようやく…花嫁にしたいと切望する相手に、出会ったのです!

その上相手の身分が、王子と分かった途端…無体な扱いは出来ないから、正式な申し出をしなければならないと!

口を揃えておっしゃるから、私はそう致しました!

結果…これです!!!」


王は王子の叫びを聞き、口をつぐむ。


エルデリオンが花嫁を見つけたと報告後、素性を探らせ相手が森と花の王国〔シュテフザイン〕の王子と分かった時点で。

叶わぬ恋だと、周囲の誰もが思った。

だから…諦めさせるため、使者を出すよう命じ…そのかんで、のぼせた恋心も冷めると思った。


“小国とは言え、次期国王を花嫁にするなど。

私はどうかしていましたね”


森と花の王国〔シュテフザイン〕からの返答を見、そう答える事を期待した。

が、期待した答えとは、真逆の反応。


王は顔を下げる。


滅多な事では、我が儘を言わない、物わかりの良い王子。

彼が我を通したのは…まだ幼かった頃。

怪我を負った愛馬をどうしても処分するのは嫌だと懇願し、手元に置き治療したいと言い張った時と、そして…。


チラ…!

と王は、扉近くで控えてる、長身の護衛を見つめる。


まだ年若かったデルデロッテ、彼を。

何としても自分の護衛に。

と…必死で申し出た時だけ。


そして今度が、三度目…。


王妃はそれでも、王を覗った。

が、王は項垂れて呟く。


「好きにしろ。

但し!

相手が同盟国だと言う事を、決して忘れるな!

無体なマネは許さん!

万一森と花の王国〔シュテフザイン〕が、“勧告”しても首を縦に振らず、戦になったとしても。

死人を出す事は許さん!」


扉近くで控え、事の成り行きを見守っていた王子の三人の従者の内、一人。

参謀役のラステルは、肩までの明るい栗毛を軽く振り、王のその言葉に呆れていた。


「(戦をして…死人を出さない?

どれだけ無茶を言われる。

いっそ、『戦は許さん』と言ってくれた方が、どれだけ助かるか…)」


横の、鼻髭を生やし、どっしりとした風格ある濃い栗毛の騎士、ロットバルトもチラ…とそんな、ラステルの様子を伺う。


一番の長身、ウェーブのかかった濃い栗色を背まで垂らす美丈夫、デルデロッテだけが。

拒絶の返答に我を忘れて怒る、エルデリオンをその夜闇のような濃紺の瞳で見つめていた。


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