3区・出雲路を駆ける!
関東基督教、太平洋、甲斐学院。
そこから北海道学連選抜、東北学連選抜を挟んで日本ジムナス、そして天道。
神在月の出雲に立つ僕の顔は相変わらず晴れなかった。出雲駅伝では上位3校に来年のシード権が与えられる。
その去年の上位3校が先頭に来て、次に北海道と東北の学連選抜、僕たち一般の関東はその次だ。箱根駅伝のシード権=出雲駅伝の出場権であるから出雲の成績などと言うかもしれないが、たとえそうだとしても出雲で2年連続3位にも入れないチームが優勝候補を名乗るなどおこがましいにも程がある。
実際、ここ2年に比べ天道を優勝候補に挙げる人たちの声は随分小さくなっていた。今の天道の格は下総、任天堂、相模、忠門、帝国と言った他の箱根シード校と同じぐらいだ(日本ジムナスや徳政と同じなんて口が裂けても言えるか!)。今年の箱根で12位に終わりシード権を逸し予選会の事も考えなければならずこの出雲に本気で来られるか怪しい甲斐学院はともかく、後の学校は全て横並びと考えるのが賢明と言う物だろう。ましてや今年は他地区の学生たちもかなり熱くなっている。
出雲の成績と箱根の出場権に関係はないものの、ここにも全日本にも出る山城産業や使命館と言った学校はこの出雲にも一方ならぬ意気込みを抱いているだろう。もちろん、個人的にもここでいい成績を上げて日本学連選抜として箱根を走るのを狙うぞと言う道程も十分考えられる。あるいはあわよくばを狙って1区から無理でも喧嘩を吹っかけて来るかもしれない、そしてそういう事ができる人間を起用して来るかもしれない。となると展開がもうどうなるかわかりゃしない。全日本ならともかく出雲でと思うかもしれないが、僕たち関東だけでなく箱根の出場権を争う他地区の大学を怯ませるのには十分だ。もちろん杞憂かも知れないが、それでもあらゆる可能性を考えない訳には行かないのだ。
今年の僕はアンカーだ。大木監督には去年のリベンジの意味を込めての1区を志願したが、大木監督が1区に指名したのは久保だった。逆じゃないかと思ったが、どうやら大木監督は最初から積極的にリードを奪う作戦を取るらしい。
「久保よりお前の方が戦いやすいと見たのでな」
太平洋の6区は言うまでもなく柏崎だ。インカレの10000mでは僕は13秒負けている。当然その時より柏崎は復活しているだろうし、正直な話少なくとも30秒できれば1分は欲しい。
「久保だと柏崎に一気に追いすがられ、様子を見られる危険性があるのが不安でな」
久保は僕と違って中盤からペースを上げて行く天道らしいランナーだ。もし久保がアンカーだとするとその中盤までの間に柏崎に取り付かれ、最後に逆転されてしまうかもしれないと言うのだ。僕ならば柏崎にその暇を与えず逃げ切る事ができると言う事か、実際結構重い役目だがやりがいもある。後は仲間を信じるしかない。
「出雲の地に集いし神々がイエス・キリストの御子たちに栄光をもたらしてから1年、今年は誰の頭上に輝かしき星を輝かすのでしょうか。やはり今年も関東基督教なのか、去年の無念を晴らさんとする柏崎を要する太平洋か、地獄から這い上がって来た日本ジムナスなのか、はたまた…出雲駅伝、まもなく開幕です!」
テレビ局のアナウンサーの口上だ。そこに天道の名前が上がらないのを、僕は第5中継所で切歯扼腕しながら聞いていた、覚悟はしていたけれど。やはり強かった、いささか淋しい言葉ではあるがアナウンサーにそう言わせてやると僕は決意を固めた、さあスタートまであと5分だ。
号砲が鳴った。出雲駅伝は44.5キロ6区間の短期決戦、当然ながら出だしの1区の重要性は重い、ましてや距離そのものも8キロちょうどと6区に次いで2番目に長い(3番目の3区と100mしか違わないけれど)とくれば尚更だ。
だからこそ大木監督は1区に久保を配したのだ、太平洋が日村祐輔、日本ジムナスが百地、徳政が北池と言ったエースを配置しているように。
飛び出したのは九州の鹿児島工業大の外国人、これは去年、と言うか例年と何も変わらない構図だ。しかし今年は少し違った。僕の予想通りと言うかなんというか、使命館のランナーが鹿児島工業大の留学生に付き従っているのだ。関東からその両名に追従するのは百地だけで、後の10人の関東の大学のランナーはその3人から30mぐらい後ろを走っている。1.5キロの時点でもうこんな構図が出来上がってしまっていた。非常にまずい話だ。
鹿児島工業や使命館がこのまま僕たち関東のチームから逃げ切れるとは失礼ながら思わない、けれど日本ジムナスはどうだ?今年の箱根王者だぞ、そんな力を持ったチームがこのまま逃げ切れないと言う保証がどこにある?確かに今年6区であわや区間新の記録を出した1年生(いや今は2年生か)は箱根の後故障してかなり重症の様で箱根も危ないらしいが、1人いなくなったぐらいで急に戦力が落ちる物でもないのは昨シーズンの太平洋を見れば明らかな話だ。早く、早く日本ジムナスに鈴を付けないと間に合わなくなるぞ!そう僕は中継所で焦っていた。
その焦りが通じたのか、久保が中間点から動き出した。するとそれに釣られるかのように日村祐輔や北池と言った他校のエースたちも上がって来た。明らかに久保をマークしていたな、もう優勝候補でもないはずの天道の久保を。
マークされていたのは名誉と言えば名誉だが、それにしても厄介な話だ。とにかく、こうなった以上日本ジムナスを抜いて、少なくとも並んでタスキを渡してもらいたい。
しかし前のスピードが予想外に落ちない。百地や鹿児島工業の留学生のスピードが落ちないのはわかるが、使命館の日本人もよく粘っている。久保も必死に追い上げているようだけど、4~6キロの2キロで2秒しか詰められないのには参った。あるいはもう手遅れだったのか、そんな嫌な予感が頭をかすめた。もっとも、そんな状況でも何とかするのがエースの役目って言う奴なんだろう、そして久保は何とかしてくれた。
「天道の久保が来ました!北池と日村を引き離し使命館をまもなく、今抜きました!そして百地も眼前に捉えました」
鹿児島工業の留学生はもう仕方ないとしても、百地を捕まえらればかなり大きい。結局久保は最後の200mで百地を捕まえて2位でタスキを渡した。去年同じ1区で同じ区間2位だった僕よりずっといい働きをしてくれた。これはいける、そんな根拠の薄い自信が心に湧き上がってくるのを感じていた。
一方で、日村祐輔と北池は結局使命館のランナーを捕まえられなかった。ほんの2秒とは言え10000の持ちタイムで言えば20秒は下の相手に負けたと言う事実はかなり大きい。そして天道と太平洋・徳政との間には12秒、6位となると天道より25秒遅れている。これが心理的にどういう影響を生むか、その事は去年の天道がよく体現している。
そして案の定、2区で天道は後方を突き放した。日本ジムナスも徳政も慌て気味に天道を追い掛け、残り1キロで止まってしまった。ただでさえ2区の区間賞が天道だった中でこれだから、当然ながら差は広まった。区間2位と3位が1区9位と10位の関東基督教と下総だった事もあり、2区終了時点で天道と3位との差は既に50秒になっていた。そんな中2位を走り15秒と言う現実的な差でくっついているのは太平洋だ、最後に柏崎が控えている太平洋だ。やはり柏崎の存在の大きさを感じさせられる話だ。30秒以内ならば逆転してくれるだろうと言う安心感がその走りを安定せしめている。そして3区のランナーもその安心感を与えるのに足る人間だ。
日村恵一。日村兄弟の兄で太平洋のエースだ。彼がどれだけの働きをするかがこの戦いの明暗を分けると言っても過言ではない。うちの3区は一昨年の箱根で僕と同じように当日変更で起用された藤田だ。3年間僕と共に辛酸をなめ続けて来た身として、頑張ってもらいたい、少なくとも日村恵一に抜かれないでもらいたい。贅沢かもしれないけど、最高の状態で立ち向かえば相手が日村恵一だろうがそう無残に負けはしない、3区に起用されただけの答えを出してくれるはずだ。
さすがに相手は日村恵一、2キロの段階でもう2秒差に詰められた。まあ取りつかれるのはしょうがない、それからが問題だ。太平洋にしてみればこのまま5区まで並んで走れれば十分だが、ここでリードを奪っておけば盤石だろう。逆に天道にしてみればここで離されると絶望の二文字だろう、と言う訳で余裕があるのは太平洋だった。我ながらサディスティックな考えだが、その大方の予想を叩き壊すのはどれだけ楽しいだろうか想像もつかない。
何せ、実際にそれを実行しているチームが他にいるのだ。使命館だ。2区も区間7位と頑張り、依然として日本ジムナス・徳政と共に3位争いを繰り広げている。正直な話使命館のここまでの奮闘ぶりは予想外だった。
「向こうはここが勝負だ、ここを互角に乗り切ればこっちの勝利が大きく見えて来るぞ!」
大木監督はそう檄を飛ばしていたらしい、そして僕自身もそう思っていた。4区5区のランナーのポテンシャルはこちらが上、ここを互角で乗り切れば僕の所にまで十分なリードを開けてくれるはずだ。太平洋だってその事は分かっている、だからこそこの3区に勝負をかけているはずだ。僕は必死に祈りを捧げた、決して離れないでもらいたい、喰い付いてもらいたいと。
祈りが通じたのだろうか、藤田は最後まで日村恵一と並走を繰り広げてくれた。最後で3秒離されたのは仕方がない、けれどこの結果は太平洋にとっては予想外だろう。内心、僕が去年のようなへまをしない限りこれで勝ちはもらったと思った。そして流れがいい時と言うのはその虫のいい予想がことごとく当たる。
4区、あっと言う間に天道と太平洋は離れた、最初の2キロで両校の差は10秒となった。堺監督も4区・5区で離されるのは覚悟していたと言っているがそれだけに3区終了時点では少なくとも20秒ぐらいは勝っていたかっただろう。それが3区終了時点でほぼ並走状態、正直太平洋にとっては思わしくない展開だろう。いくらアンカーが柏崎とは言え100%の実力を発揮できるかかどうか怪しい状態である以上それほど差をつけられたくはないはずだ。そのためにも3区までで先頭に立ち4・5区で追いすがられても何とか五分かせめて15秒以内でタスキを渡したかっただろう、しかし現実はそうも行かなくなっている。
結局、4区終了時点で天道は太平洋に24秒の差を付けた。そしていよいよ僕の出番が近づいて来た。1分なんて贅沢は言わない、30秒なら逃げ切れる。もちろん差が広くなれば広くなるに越した事はないのだが。
しかし、使命館は随分と頑張っている。日本ジムナス・徳政・関東基督教と言った昨年度の三冠王者には離されたもののまだ6位だ、このまま行けば使命館大学の歴史の中でも最高順位、いや関東以外の大学が6位以上となれば10年ぶりだそうだ。正直な話僕は関東以外の事には疎い。今年の使命館が強いと言う話は全く聞いていなかった。これは関東の余所のチームにも当てはまる話だろう。この出雲が終わったら僕は……おっと、そういう事を考えている暇はなかった。いよいよあと2キロ、あと6分ぐらいで僕の出番だ。タイムは……37秒差?よし、さらに開いている!さあ、僕の元に来い!4年間(僕が関わったのは実質2年間だけど)勝てなかった出雲を僕の手で勝たせるんだ、そしてこの勝利を同じく4年間勝てなかった箱根の勝利へとつなげるんだ!
よし、タスキを手に取った!さすがにもう6回目、それほど戸惑ったりはしない。そしてタスキをかけ終わった僕がする事は決まっている。最初から全力でかっ飛ばす、それだけだ!
「インカレでは13秒差だろ、ハーフでも20秒差だろ、今は43秒差だぞ!お前の力ならば十分逃げ切れるぞ!」
僕は僕の走り、相手に惑わされない走りをするだけだ。それで負けたのならば諦めるけれど、この6区とほぼ同じ距離である10000を走って13秒差と言う確固たる数字が僕を勇気付けた。柏崎が来るのであれば、正々堂々と迎え撃つ。それこそが王者たる物の勤めと言う奴じゃないか。
もっとも、柏崎の戦法が気にならない訳でもない。以前の柏崎は僕と同じように最初からかっ飛ばすランナーだったが、インカレでの柏崎は僕の様な前を行くランナーにくっついて最後に抜き去ると言う戦法を取っていた。もっとも今回の場合、40秒以上前にいるランナーを抜き去らねばならない手前後者の戦法を取る暇はないだろう。
ふと後ろを振り向くと柏崎の姿が見えた。差が気になる所だが今は後回しだ、実際差を知った所でどうなる物でもないしな。とにかくこのタスキを1秒でも先にゴールに届けるのが僕の役目だ、なりふり構ってなどいられない、後ろを振り向く暇などない。
「柏崎が本気を出して来たぞ、ここからが勝負だ!」
僕が5キロ地点を通過した所で大木監督の檄が飛んだ。どうやら最初の2キロでは2秒しか詰まらなかった差がこの2キロで8秒詰まったらしい。要するに33秒差と言う訳だ。このままあと6キロをやり過ごせば十分逃げ切れる。その為には僕ももう1段階アクセルを踏み込むしかない。それでも柏崎の姿は多分少しづつ大きくなって来ているだろう、けれどそんな物は知った事ではない。今の僕の相手はこのコースだ。
そしてあと1キロ、さすがに少しだけ不安になって後ろを振り向いた。するとやはり柏崎はすぐ後ろまで迫っていた。もっとも距離にしてまだ100mはあった。大丈夫、逃げ切れる、最後の力を振り絞ってやる!
「最強の座を取り戻すと意気込んだこの出雲、その意気に偽りなしと言わんばかりの走りを見せ付けた6人の魂。出雲に集いし神々が今年祝福を与えたのは天道大でした!天道大学、5年ぶりの優勝!!」
最終的に柏崎は14秒差まで迫って来た、要するに14秒差で僕らは太平洋を負かす事ができた。ほんのわずかな時間だけど、そのほんのわずかな時間の為に僕たちは戦ってきた。そして一つの結果を生みだす事ができた。
「天道大の強さ、全日本でも箱根でも見せ付けます!」
ゴール後、インタビューを受けた僕は全国に向けてそう吠えた。自分で言うのも何だけどそこに余計な物はなかった、正真正銘の文字通りだった。
もちろん出雲の勝利は嬉しい、けれどそれは三大駅伝の内の1つに過ぎないし、この出雲の勝利をきっかけに太平洋も日本ジムナスも徳政も関東基督教も、あらゆるチームが打倒天道を目指してやって来るだろう。しかしそれを迎え撃つのが出雲の王者となった天道の責任と言う物だ。
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