5区・無冠

 日本ジムナス大学。かつては名門中の名門としてその名をほしいままにした大学であったが、ここ2年は18位、19位と凋落著しくもはや過去の学校になりつつあったはずだった。それが往路優勝?


「ああ、大平台の時点でお前に6分以上遅れていた。結局それから11.5キロぐらいまでは何とか進んでいたが、1キロ5分以上かかっていたそうだ。はっきり言ってもうどうにもならないと判断した監督が止めさせてな……」


 日本ジムナスの優勝を信じられなかった僕は中心大の方へと話を向けた。

 大木監督の言葉はなんとも生々しく、そして痛々しかった。中心大も日本ジムナス大と同じようにかつては名門の名をほしいままにし、そして勢力図の変化の激しい中20年以上ずっとシード圏内を保って来たチームがである。元々2区の大ブレーキで小田原中継所の時点で総合17位と相当に危うかったとは言え、こんな形でシード権を失うなんて………………。




 往路優勝 日本ジムナス大学 5時間40分09秒

 2位 徳政大学 5時間40分31秒

 3位 太平洋大学 5時間40分59秒

 4位 天道大学 5時間41分27秒

 5位 関東基督教大学 5時間41分44秒

 6位 下総大学

 7位 忠門大学

 8位 甲斐学院大学

 9位 帝国大学

 10位 相模大学 5時間46分57秒




 天道のタイムは去年と比べて8分悪い、そしてそれでも4位だ。もし去年に当てはめると5時間41分27秒と言うのは18位相当だ。要するに惨敗どころの騒ぎではない。いかに今年のレースが過酷であったか思い知らされる話だ。中心以外にも城東大、東京アグリ大も5区で1時間30分以上かかりゴールは倒れ込みながらだった

 そして、僕は1つの勲章を手にした。区間賞。

 だがタイムは1時間20分45秒、去年の柏崎と比べれば平凡極まりないタイムだ。風のせいにしてもらいたいが、それでも柏崎ならば1時間18分台で走れただろう。とにもかくにも区間賞は嬉しいが、それ以上に欲しいのはただ一つ、総合優勝だ。


 もう僕ができる事は応援と8区のサポートだけだ。ならば精一杯その役目を務めるまでだ。当日変更で入った1年、最初からオーダーされた2年、いずれにせよここ2年1月3日は緊張と張りつめた殺気の中で過ごして来た。今年は違う緊張感がある。

 往路と復路、コースとかの違いを取っ払った場合どっちが気楽だろうか。僕は往路だと思う。よほどひどい走りをしなければ復路のランナーが挽回してくれるだろうからと言う安心感、いや安心感と言うより依存心と言うべき物だろうけどそういう気持ちがある。それを生み出したのは天道と言うブランドだろう、10年間かけて築き上げて来たブランドだ。その伝統によってみんなは安心し、相手はひるむ。

 天道が王者でいられたのは実力もさることながらそのブランドが大きかった。もっとも、ここ2年そのブランドは急速に錆びついてしまっている。その輝きを取り戻せるのは優勝しかない。

 1分18秒、全く問題あるまい。天道は王者として、柏崎を迎え撃つ義務がある。その為にも、日本ジムナスにも徳政にも太平洋にも、もちろん関東基督教以下の大学にも負けてなる物か。




 1月3日8時1分18秒、旗が振り下ろされた。とりあえずは28秒前にいる太平洋、次は更に28秒前にいる徳政、そして日本ジムナス。全てを抜かすんだ、天道ならばできる、そのはずだ。6区は去年も走った2年生。去年は区間7位、1年生としてはまあ悪くはない数字だ。

 去年よりパワーアップしている、そのはずだ。今日は昨日吹き荒れていた強風は止み、一転して穏やかなとまでは行かないでもランナーたちを歓迎するかの如き暖かな日が照っていた、暖かな日が……。あっ危ないと一瞬思い慌てて口を塞いだ。戸塚中継所でそんな挙動不審な行動を取っていた僕を周りの関係者は怪訝な目で見ていた。まあ、自分でも挙動不審だってはっきりとわかる行動だったから何も反論はしないけど。

 去年も一昨年も思った事だが、この6区は2区や5区より危険なコースだ。長く続く下りで飛ばしすぎると残り3キロの平坦な所でガクッと落ちてしまう、そこで平気で1分変わる、その3キロを粘り切れるか否かが勝負の鍵だ……とか走った事のない人間が言ってもしょうがないんだけど。

 実際天道が小涌園を通過した時僕を含め多くの人間が目を剥いた。日本ジムナスと太平洋の差が1分50秒、うちとの差が2分18秒!?いや、太平洋に抜かれた徳政を捕らえて3位に上がっているんだから天道が悪い訳じゃないんだが、それにしても日本ジムナスのランナーが無茶な事をやっている。

 もちろんこれはチャンスかもしれないと言う考えはある、向こうが後半止まれば結果的に差を詰められるんだから。そうそうあんな暴走が通る物じゃない。お前はうまく行ってるじゃないか?そんなのはたまたまだ、その暴走を戦法へと強引に変えてしまっただけの話だ。もっとも大木監督の言葉がなければそんな事は永遠にしなかっただろう事で、要するに二重の偶然の産物だ。

 もちろん、日本ジムナス大のランナーがその暴走(と僕たちが思っている)を実力でやっている可能性はある。だけどそんな虫のいい話が、そんな物凄いランナーが2年連続大惨敗の日本ジムナスに……?相手の選手の名前をよく見ればインカレやよその大会でも見た事がない1年生だ。予選会ではと言うとそこでも走ってさえいない。日本ジムナス大は予選会をトップ通過してこの箱根に駒を進めて来たのだが、そこに走っていた12人のランナーはともかく、他のランナーにまでは注目が行かなかった。

 ……待てよ?そう言えば今シーズン、日本ジムナスは前期や前々期のように不調をかこっていたか?いいや違う、絶好調だった。

 箱根駅伝の予選はトップ通過、予選を2位通過して臨んだ全日本大学駅伝でも天道と僅差の4位。十分箱根の優勝候補足り得る成績じゃないか。にもかかわらず、往路優勝という成績を上げるまで(全日本どころか箱根も半分終わったって言うのに!)全く視野に入っていなかった。

 インカレ?余り活躍してなかったはずだ(後から調べたが、10000の最高が10位、5000の最高が16位、ハーフの最高が8位だった)。とは言え、一昨年の徳政や関東基督教の活躍を見ればわかる通り近年予選会出場校とシード校の垣根は急激に低くなっている。日本ジムナスが天道の大きな脅威となる可能性は十分あったじゃないか、なんで見落としたんだ!……答えはすぐに出た。


 出雲の惨敗で精神的に打ちひしがれていた僕は全日本と箱根での失地回復にばかり頭が行ってしまい、箱根の予選会なんてまるで気にしちゃいなかったんだ。結果だけ見てああそうこの9校が通過したんだで終わらせていた。それでも全日本に駒を進めた時点で日本ジムナスの強さに気付くべきだろ?もちろんそうすべきだった、けれど日本ジムナスは実は前期も箱根18位と言う惨敗を喫しながら全日本に出ていた、そして11位だった。だから今回もそんなに大した事はないだろうと思い込んでいた。しかしいくらなんでも全日本で4位になった時点で気付け?それが輪をかけて情けない事に、太平洋、関東基督教、徳政と言った去年の三大駅伝の勝者にしか目が向いてなかった。

 まあ答えと言うより完璧に繰り言だが、いずれにしても天道も太平洋も徳政も関東基督教も日本ジムナスにぐんぐん離されていると言う事実だけは変わりようがない。


 結局、日本ジムナスのランナーは区間記録に5秒差と言う快走で後方を大きく突き放した。あれが暴走じゃなくて実力だったと言う事を、最後まで走り抜けられてやっと思い知らされたのだ。結局天道は小涌園から太平洋との差を1秒も詰められず、かつ1秒も開かれず太平洋と28秒差の3位でタスキリレーとなった。日本ジムナスとの差はと言うと、2分50秒になっている。

 1時間切りで区間4位なのだから不満を言ったら罰が当たるだろうが、それにしてもなかなか重い数字である。


 続いては僕が去年走った7区だ、日村祐輔が圧倒的な強さを見せつけて太平洋に敵うチームなどどこにもいないと思わせた7区だ。それでも、僕は区間2位で走ったのだ。日村祐輔以外には勝ったのだ。余りにも空しい自慢であるにせよ、それぐらいの走りができれば太平洋及び日本ジムナスとの差を詰められ、そして勝てるはずだ。もちろん今7区を走る後輩に期待をかけすぎるのは酷とは言え、前を1秒でも詰めてやるぐらいの気概があっていいはずだ。

 さて、二宮の定点ポイントだ。日本ジムナスとの差は……3分8秒?開かれてるじゃないか!個人タイムでは区間8位、折角日本ジムナスが区間5位、太平洋が区間4位と別段速い訳じゃないんだからここで追い上げなきゃいけないって言うのに!区間1位はと言うと今シーズン不調にあえいでいた任天堂で、13位から一気に8位まで追い上げて来ていた。そして区間2位と3位が相模と帝国でこの3校の8位集団が6区、7区とブレーキでシード圏外の11位に落ちた甲斐学院以下を突き放し、下総や忠門を追い上げていた。

 いつも通りにやればいいんだ、お前の実力はよくわかっているから、お前を信頼している。僕はそういう言葉を並べて必死に仲間を励ましていた。この8区で日本ジムナスや太平洋とどれだけの差にできるかがこれからの勝敗を分けると思っている。その事を考えるとこの8区の責任は重い、僕は少し迷ったもののあえてその事は触れない事にした。


 タスキリレーだ!日本ジムナスとの差は3分19秒、太平洋との差は1分1秒。後ろの徳政は1分近く突き放した、前だけを見て走ればいい、1人当たり1分7秒、逆転できない差ではあるまい!

 8区はどちらかと言えばつなぎの区間であり、それほど際立ったエースが出てくる訳ではない。それゆえか区間記録が最も長く残っている。しかし、同時にそれだけに層の厚いチームにとってはチャンスでもある。実際、去年の区間賞はうちだった、そして9区の久保の快走に繋がったのだ。大敗の中で唯一放たれた光芒とでも言うべきこの2区間で日本ジムナスを捕らえるのだ……あれ?いやに静かだ。アナウンサーの実況もどこか淡々としていて盛り上がらない。

 平塚中継所の地点で10位と11位の間に2分30秒以上の開きがあった手前シード争いが盛り上がらないのはわかる。けどなんで先頭争いもこんなに淡々としているんだ?大手町へと向かう車の中で僕はずっと頭を捻っていた。


 なんだこれ、茅ヶ崎の地点で区間トップの相模を除くと2~12位の区間タイムの差はたったの8秒じゃないか。2位~最下位まで開いても35秒しかない。当然天道と日本ジムナスや太平洋との差も詰まる訳がなく、同じ間隔を保ったまま無駄に時間を潰しているような状態だ、いや日本ジムナスにとっては理想的な展開じゃないか!あ、流石にまずいと見たのか太平洋のランナーが速度を上げだして来た。そして期せずして天道も付き従うかのように速度を上げた。戸塚で最低でも2分差までは持って来てもらいたい、そうすればまだまだ望みはあるはずだ……そうだよな、日本ジムナスの方がよっぽど余裕があるんだよな。遊行寺の坂まで淡々と刻んでいた日本ジムナスがそこで一挙に急加速、これまで詰められていた差を全て取り返すかのように一挙にエンジンを噴かせた。

 後ろの太平洋と天道はと言うと、相も変わらず似たような調子としか言いようがない。それでも、遊行寺の坂をどれだけの速度で登って来るかが最大の問題だ。そこで日本ジムナスに負けなければ結果的に差は詰められる、そうだ頼むぞ!


 まあ結果から言うと日本ジムナスとの差を詰める事はできた……10秒だけ。しかしまだ日本ジムナスとの間には3分9秒の開きがある。遊行寺の坂もうまく乗り切って区間3位で走った仲間の事はよくやったと褒めたいけど、日本ジムナスに区間4位で走られた中区間3位では差が詰まらないのは当たり前だ。しかもよりによってと言うべきか区間2位は太平洋であり、そちらは日本ジムナスとの差を1分57秒にまで縮めた。くっ、タスキをもらった順位の差があるとは言え太平洋にできた事が天道にはできていないのか!

 後方はと言うと、相模大が区間賞で忠門大を捕らえ7位まで上がって来たぐらいで後は別段大きな何かがある訳でもなく、繰り上げスタートも最後に到着した大学が16分40秒差(6区繰り上げスタートだった学校なので総合の時間差ではない)ではおそらく起こるまい。強いて何か起こりそうな予兆と言えばこの8区で区間17位と不振だった下総大が10位まで順位を落とし11位の甲斐学院に1分19秒差まで迫られた事ぐらいだろうか。

 ……もっとも、今日はその何か起きそうだと言う予兆がことごとく外れる。あるいは往路でその何かありそうだと言うネタが出尽くしてしまったせいかもしれないが、それにしても何かが起こりそうだとなるたびにそれと逆の方向に向かう。


「下総大学の藤篠が快ペースで飛ばしています」


 下総の藤篠が権太坂の時点でこれまでの区間記録と同タイムで走り、区間2位に19秒の差をつけた。これでは当然下総を捕らえる事などできやしない、その更に前を見ても9位の帝国とは戸塚の時点で1分30秒差があり、要するに甲斐学院と帝国の間には2分49秒の差があった、逆転できるようには思えない…って何を言うか、天道は3分9秒差を追い付こうとしているのだ!怯む事はない、諦めてなるものか!今の僕ができるのは応援だけだが、その今できる事をしっかりせずに天道の勝利が来るわけがないのだ!頑張れ、天道!負けるな、前を追え!

「今、横浜駅を天道大が通過して行きます。日本ジムナスとの差は3分ちょうどです」


 ……追えてないじゃないか!たった9秒追い上げてもしょうがないじゃないか!太平洋も太平洋で日本ジムナスとの差を5秒しか詰められていないが、それにしても走りが淡白すぎる!このままだと太平洋にすら勝てないぞ!

「大木監督も怒鳴り声を上げています、一縷でも望みがあるのならば可能性を捨てるな、一滴でもスタミナが残っているのならば全部出し尽くせと選手に向かって厳しい顔で檄を飛ばしています」

 バイクリポートのアナウンサーの言葉に僕は頷き通しだった。実際、余力を残してタスキを渡してもどうにもなりゃしない。昨日の来生のように、いやあれも少し違うんだろうけどタスキを渡すや否や倒れ込むようなぐらいがちょうどいいのかもしれない。にしてもバイクリポートの人を悪く言う気はないけど、天道に付いていたのがバイクリポートと言うのは正直淋しい。本来なら1号車(首位)かせめて2号車(2位)が付いてしかるべきなのが天道なのに。しかもそのバイクリポートは大木監督の言葉を拾うととっとと藤篠の所に戻ってしまった。3号車?甲斐学院に付きっぱなしだ。中継車ばかり気にしていても詮無い話だが、僕が見ていた天道はずっと中継車、それも1号車と共に走って来たのだ。それが僕にとっての天道であり、常勝軍団としての天道のあるべき姿なのだ。


 あーああ、日本ジムナスがもう鶴見に来てしまったじゃないか!結局日本ジムナスはこの9区も区間4位ときっちり走った。それから太平洋が2位でやって来た。日本ジムナスとの差は2分ちょうど。結果的に戸塚から3秒離されたものの、見込みがないタイム差ではない。太平洋はきっちり成すべきを成しているじゃないか。それに引き替え天道はどうした天道は!あ、来た。

 ……なんだあれ。どうもなんか全力で走りきっている感じがしない、大木監督の一滴でもスタミナが残っていれば出し尽くせと言う言葉を守っているとは思えてこない。何か設定タイム通りに走りましたと言う感じしかして来ない。そりゃ一定のタイムを叩きだすのも重要だが例え途中でそれから上にせよ下にせよずれたとしても落とさないように粘るのも技術であり鍛錬の成果と言うべき物だろう。

 ましてやこの場合設定タイム云々なんて悠長な事を言っている場合じゃない、何が何でも日本ジムナス、いやせめて太平洋に追い付かなければならないと言うのに。後のランナーがと言ったってもうあと1人しかいないんだぞ、あと23キロしか残ってないんだぞ!このままダラダラ走って3位になるぐらいなら、特攻して失敗してシード権すら失った方がましだ!とか吠えた所で眼前の状況が変わるでもなしなのだが。

 結果的に区間2位で日本ジムナスとのタイム差を詰めたものの、それでも2分46秒差では望みは薄い。もし仮に10区も日本ジムナスが区間4位で行ったとすると、去年のタイムを当てはめた場合区間賞で走っても1分25秒しか詰められない事になる。区間8位でやっとギリギリ逆転できると言うレベルだ。それにいかに日本ジムナスが安全策を取っている(であろう)とは言え、こっちが区間賞の走りをできる保証はどこにもない。


「蒲田を今太平洋大が通過して行きました。先頭の日本ジムナスとの差は1分42秒、18秒詰めています」

 太平洋大は全く諦めていない。どこまでも闘志を保ち続けている。もっとも日本ジムナスが蒲田の時点で区間3位だったので逆転は難しいのは変わらないが、それでも一縷でも見込みがあるならば逃す気はないと言わんばかりの走りができている。

 天道はと言うと……区間5位と差を詰められていない。見ているだけでイライラが鬱積して来る。地力が足りない?知った事か、それでもいちかばちかで特攻をかける方がよっぽどましだ!


「3号車です、甲斐学院が帝国大とのタイム差を詰めています!鶴見中継所地点では2分22秒あった差が蒲田の地点で1分50秒にまで詰まっています」

 ほら見ろ、甲斐学院だって全く諦めていないじゃないか。前のランナーの実力差(帝国は蒲田の地点で区間16位)があるにせよ、太平洋や甲斐学院にできる事がどうして天道にできないんだ!?

 ……ん?天道が追い上げを始めている?蒲田を通過した辺りからペースを上げ始め新八ッ山橋では区間1位になっていた。なるほど確かに追い上げ、ってあと10キロしかないんだぞ!区間1位と言っても太平洋と2秒しか、日本ジムナスと20秒しか差を詰められていないんだぞ!そりゃ23.1キロのレースをやるのならばそれでもいいけれど、これが駅伝だって事をわかってるのか!?

 日本ジムナスはここまで6区以外1度も区間賞を取っていない。しかしそれでも往路優勝し、復路もここまでずっと区間1位、5位、4位、4位と安定感振りを見せながら先頭を走り続けている。何だこれはと言いたくなるかもしれないが、実際天道が勝って来たパターンもこれに近い。全てのランナーがまんべんなく実力を発揮し、他校に1区間だけ差を詰められても残る区間でその分を開く、それを繰り返す。1人のエースより3人の準エース、その準エースたちの厚みこそが天道の強さであり恐ろしさであった。それを今回は日本ジムナスにやられている。天道にその厚みがあっただろうか、少なくとも今回に限ってはないと言わざるを得ない。でなければ当日変更とは言え4区で区間18位なんて言う事がある訳がない。


「一昨年、去年の大惨敗。かつて栄光の時代を築いた日本ジムナスの黄昏を思い起こさせるが如き2年間がありました。しかし今日本ジムナスの前に輝く日は黄昏ではなく朝焼けの太陽であり、日本ジムナスに訪れていた長い夜の終焉、暗黒時代の終焉を証明せんとしております!」


 結局太平洋も天道もまともに差を詰められないまま時間ばかりが過ぎ、気が付けば残り1キロ。もはやこれまでだ、弱音を言うのは嫌だけどもう諦めるより他ない。何せ、馬場先門の地点でもまだ日本ジムナスは区間3位のままで、太平洋との差は1分37秒、天道との差は2分15秒。残念ながら、2位にすらなれそうもなかった。


 予想通りに行かないから面白い、筋書きのないドラマ。箱根がファンを掴むのはそういう要素があるからなのはよくわかっている。それでも、悔しい、辛い、悲しい。



「柏崎と共に、来年こそはこの借りを返すぞ!太平洋大が今2位でフィニッシュしました。そして天道がやって来ました。太平洋から遅れる事33秒。天道大が3位のフィニッシュテープを切りました」



 一応最後の最後まで太平洋に追いすがってはくれた、けど結局33秒太平洋に及ばなかった。芦ノ湖の時点では28秒差だったのが33秒差に……ああ、復路だけでも太平洋に負けてるじゃないか!さらにその上に日本ジムナスが芦ノ湖から太平洋との差を43秒広げていた。任天堂、相模、下総と言った7~9区で区間賞を取った大学もそこ以外でさほど目立たないタイムだった事もあり、結局復路優勝も日本ジムナスだった。

 1分33秒と言う僅差とは言え完全優勝である事には変わりはない。去年は言うまでもなく太平洋の完全優勝だったが、実は一昨年も太平洋の完全優勝だった。要するに天道は3年続けて余所の完全優勝を見る羽目になったのである。総合優勝6回の天道であるが、実は完全優勝は2度しかない。残る4回は全て復路での逆転優勝だった。天道でさえ2度しかやった事のない完全優勝を僕がいる3年間で3度もやられたのだ。




「いい加減にしろ!」




 大手町に大木監督の怒鳴り声が響いた……わけじゃなかった。




「駅伝は10人でやるんだぞ!時には強引に追わなければいけない時があるんだ!確かにマイペースを守る事は重要だけどそれじゃ勝てないと言うのならば、後先を考えずに突き進む事も重要だ!柏崎だって強引に見えるペースで突っ込んで、そして最後までもたせて勝って来たんだ!柏崎のようにとは言わないけど、それでもチームとしての勝利を得るためには時に自分のペースを乱して走らなければならない時もあるんだ!そういう時にも対応できるようにするのが僕たちの責務だ!」

 ……大木監督や先輩たちを置き去りにしての僕の長広舌にみんな目を丸くしていた。後から振り返ると顔から火が出るほど恥ずかしい話だが、その時の僕は敗戦の悔しさで頭が沸騰していた。3年連続して他校の完全優勝を見る羽目になった悔しさ、去年より順位を1つ落とした悔しさ、柏崎のいない太平洋にまた負けた悔しさ、そして三大駅伝で1つも勝てないどころか2位にさえなれかった悔しさ(1つも勝てなかったのは5年ぶり、2位さえも取れないとなると15年ぶりだそうだ)、その全てが一体となって僕を突き動かしたのだ。


 やがて、僕の舌は止まった。言いたい事を言いきったからじゃなく、涙で声が止まってしまったからだ。


「いいか、この涙を忘れるな!来年は嬉し涙を流させるんだ、強い天道を取り戻すんだ!わかったな!」

 大木監督は短くそう言った。正直、一刻も早くこの場を去りたかった、練習して強くなりたかった。けど僕にはまだやらねばならない事があった。




 表彰式。一昨年も去年も出ていたけど正直惨めな気分だった。

 一昨年は10位と言う順位で天道の名前が読み上げられるのに耐えられず耳をふさぎ、去年は太平洋太平洋の洪水でよかった事と言えば天道の8・9区の区間賞の時にわずかに溜飲を下げられただけだった。


 そして今年、僕は5区の区間賞として書状とトロフィーを受け取る役目を背負わされる事になった。本来ならば輝かしい、何が何でもそこに立ちたい空間のはずなのに、一刻も早くこの場を立ち去りたかった。

 自分一人だけの空虚な栄光が、天道の敗戦がもたらす悔しさをさらに増幅させていた。そして一人ぼっちの栄光の証であるトロフィーを受け取る僕の目から再び悔恨の涙が溢れ出した。

 来年こそは勝って泣いてやる、みんなと一緒に勝って泣くんだ…僕はそう心の中で唱えながら席に戻った。

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