真実編 第五章

第21話 手帳の中身


 天音 直人 side

───────────────────


 

 子供を探しに行って、病室はもぬけからだったあの日から、数週間の月日が流れた。そして、それと同時に、大野が行方不明になってからも、数週間の月日も、流れた。


 大野…。あいつはあの時、明らかに、おかしかった。子供がいた痕跡なんて、病室には何もなかったのに、さっきまでいただなんて言ったり、事務所に着くやいなや、野村の手帳を持って走り去ったりと。大野はあの時、おかしかったんだ。なのに、俺たちは、そのまま大野を行かせてしまった。なんとしても、行かせるべきではなかったのに。


 あれから、大野は、行方不明になった。事務所に来る事もなく、家にもいない。


 彼を探し歩く日々が続いた。


 そんな時だった。俺たちの元に、大野の遺体が発見されたと、そう連絡が入ったのは。


 大野は、実家の近くの森で、首吊り遺体で発見された。大野は、最後に実家に寄り、親に遺書を残している。その文面から見て、大野は自殺だと断定された…。


「…………」


 俺は今、大野の実家に来ていた。


 大野が最後に残した遺書を、確認するためだ。


 遺体が発見されると、調査のために、その遺族に会いに行くのはいつもの事だ。いつものように、事件に関係する質問を、遺族に浴びせるのだ。今日はそのために来ている。なのに俺は、大野の母親と父親を前にして、言葉を失って、下を向いてしまっていた。


「……………」


 言葉が、出て来ない。


 遺書を、事件に関係する事を、大野の最後の様子を、聞かなきゃ行けないのに。


「息子が、お世話になりました。ごめんなさいね。そんなにも、辛い顔をさせてしまって」


 震えるような、か細い声が聞こえて来た。


 顔を上げると、ハンカチを鼻に当てて泣く、大野の母親と父親の姿が目に移った。


 二人のシワシワの手が、小刻みに震えている。こんなにも辛そうなこの人たちの姿を、大野がもしここにいたのなら、どんな気持ちで見るのだろうか。


「すみません。すみません。本当に。こんな事になってしまって、すみません」


 俺は、堪らず涙を流して、二人に頭を下げた。


 俺が頭を下げると、二人の啜り泣く声が聞こえて来る。


 無理だ…。


 いつもみたいに、質問なんか、出来ねぇ…。


 大野…。どうして、なんで、あんなに明るくて、元気なやつが、なんで、こんな両親を残して…。


「顔を上げて下さい。これが、息子が、最後に残した遺書です。あと、これも…」


 鼻を啜りながら、言う母親。


 俺が顔を上げると、机の前に、遺書と、ある手帳が置かれていた。


 これが、大野の遺書…。


 そして、手帳は…恐らく、最後に大野が持って行った、野村のものだ。


 俺は、大野が残した遺書に、手を伸ばした。手が、無意識に震える。あいつの遺書を読む日が来るなんて、夢にも思っていなかった…。


 手に取った遺書をゆっくりと広げる。涙で字があまりよく見えない。こんなにも辛い調査なんて、他にあるのだろうか。


 俺は、ゆっくりと、彼の遺書を読んだ。


 …………。


 は………。


「な、なんですか。これは…」


 俺は、大野の遺書を読みながら、戸惑いの声を上げた。


「謝るのは、私たちの方なんです! 本当に、申し訳ありませんでした」


 俺は、漠然とした表情をして、頭を下げる大野の両親を視界に入れた。


 …………。


 え?


 両親の肩は震えている。声だって、震えてる。


「遺書には………」


 母親が、重い口を開いた。


「たくさん人を殺したって、もう、償い切れないと、ごめん母さん父さん、ごめんって、書いてありました」


 母親は、目から涙を何粒も流して、苦しそうに声を発した。


「私は、そんなはずないって、思ってます。あの子が…。警察官になってあんなに喜んでいたあの子が…。人を殺してただなんて! でも、それにはそう書いてあって、あぁ、ごめんなさい。私は、私は…」


 最後には、息を大きく荒げながら、話していた。すごく、苦しそうな、悲しそうな、そんな表情を浮かべながら。


「待て、落ち着いてくれ。わかってる。和がそんな事をする訳がない。落ちついて。お前は、一旦あっちへ行っていなさい」


 母親の横にいる父親が、彼女の背中を擦りながら、落ち着いた声を出した。


「あぁ…。ごめんなさい。すみません。動揺してしまって、すみません…」


 母親は、涙を拭いて、立ち上がった。話しが出来るような状態ではないと判断したのかもしれない。


 俺は、目を丸くして、彼らの会話を聞いていた。


 大野が、人殺し…?


 何を言ってるんだ…。


 俺は、もう一度、遺書を見た。遺書は3枚ほどあり、1枚目には、育ててくれた親への感謝の手紙、そして2枚目には、人をたくさん殺して来たとの告白。そして3枚目には、両親への謝罪の言葉がつづられていた。


 確かに書いてある。2枚目の便箋に、確かに、人を殺してしまったと。一人ではなく、何十人、何百人もの人を、と。


「そんな…。何かの間違いだ。大野が人殺しなんて、そんなはずは…」


 俺は、漠然とした声を出した。


 そんなはずはない。あんなにも、事件解決を望んでいた大野が、人を何百人も殺してた?ありえないだろそんな事。


「俺も、そう思っています。勿論家内も。息子は昔から、優しい子だった。そんは人を殺すような子でありません。絶対に」


 父親は、目に涙を浮かべながら、静かに言った。


「何かの間違いです。それに、これは…」


 俺は、机に置かれた、野村の手帳に視線を移した。


 野村の手帳…。大野、実家に持って来てたのか…。


「あぁ、これは、なんだか、名簿の紙があったとか。これについても、和はすごく動揺していました」


 父親は、首を傾げて、話をしていた。


 俺は「名簿?」と、呟くようにきく。


「えぇ、養護施設の名簿だとか…。なぜそれを息子が持っていたのかはわかりませんが」


 父親は、目を伏せて、机の上にある野村の手帳を見ながら、静かに口を開いた。


 養護施設の、名簿?野村の手帳にあったと言うことか…?だが野村の手帳はもうすでに目を通したはず。何も出て来なかったが…。いや、確か、大野は手帳のカバーも外してた。カバーの裏は誰も確認していない。そこから出て来たのか?


「実は息子は、本当の息子ではないんです。あの子は、彼がまだ子供の時に、引き取った子なんです。なんでも、その養護施設の、名簿があったとかなんとか」


 大野自身が、養子…?


「大野は…。いえ息子さんは、養子だったのですか?」


「はい。息子は養子である事は知ってました。もう、大きくなってから引き取りましたからね。あの頃は、もう、子供は諦めようと、養子を…。ですが、それから数年後に、奇跡的に子供を授かりまして、年の離れた弟はいます」


 父親は、懐かしむように目を遠くして話した。きっと、大野が家に来たときの事を、思い出しているのだろうか。


「そうだったんですか。知らなかったです」


 大野が、養子だったなんて。


「養子と言っても、実子と変わらずの愛情をかけて育てて来たつもりです。とても明るい子でしたから…。それなのに…。こんな…」


 父親は、目を伏せて、とても暗い顔をして言った。


「こんなの、何かの間違いです。大野が…。こんな…」


 俺も、眉をしかめて、静かに言った。


「えぇ。そう言ってもらえると救われます。あの子を信じてくれる人がいるだけでも…」


「もちろんです。でも、息子さんの養護施設の名簿が、なんでこんな所に…」


 俺は、ゆっくりと、野村の手帳に手を伸ばした。


 手帳には、折られた紙が入っており、俺はそれを手に持った。四つ折りに折られた紙。広げたらA4サイズくらいだろうか。


 紙を開いてみると、そこには、見慣れた名前が載っていた。


「は…」


 息と一緒に、無意識に声が漏れた。


 俺は、目を見開いた。


 まるで、時が止まったような感覚に陥る。頭が真っ白になるとはこの事を言うのかもしれない。紙に載っている簿を見た時、何処か目眩がするような、なんとも気持ちが悪い感覚に陥った。


 え、なんで…。


 そんな単純な言葉しか、頭に浮かばない。


 なんで、この名簿に…。






┌─────────────────┐

┃ 〇〇養護施設          ┃

┃                 ┃

┃〇〇年〇月〇日          ┃

┃                 ┃

┃ ルーカス 年齢不明       ┃

┃ オリバー 年齢不明       ┃

┃ シエル  年齢不明       ┃

┃ リアム  年齢不明       ┃

┃ マテオ  年齢不明       ┃

┃                 ┃

┃         以上5名を保護 ┃

┃                 ┃

┃〇〇年〇月〇日          ┃

┃                 ┃

┃ ルーカス 野村夫婦に養子決定  ┃

┃ 養子後 野村竜一 に名前変更  ┃

┃                 ┃

┃〇〇年〇月〇日          ┃

┃                 ┃

┃ オリバー 成川夫婦に養子決定  ┃

┃ 養子後 成川陸 に名前変更   ┃

┃                 ┃

┃〇〇年〇月〇日          ┃

┃                 ┃

┃ シエル 鈴木夫婦に養子決定   ┃

┃ 養子後 鈴木ゆう に名前変更  ┃

┃                 ┃

┃〇〇年〇月〇日          ┃

┃                 ┃

┃ リアム 大野夫婦に養子決定   ┃

┃ 養子後 大野和 に名前変更   ┃

┃                 ┃

┃〇〇年〇月〇日          ┃

┃                 ┃

┃ マテオ 天音夫婦に養子決定   ┃

┃ 養子後 天音直人 に名前変更  ┃

┃                 ┃

└─────────────────┘



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る