真実編 第五章
第21話 手帳の中身
天音 直人 side
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子供を探しに行って、病室は
大野…。あいつはあの時、明らかに、おかしかった。子供がいた痕跡なんて、病室には何もなかったのに、さっきまでいただなんて言ったり、事務所に着くやいなや、野村の手帳を持って走り去ったりと。大野はあの時、おかしかったんだ。なのに、俺たちは、そのまま大野を行かせてしまった。なんとしても、行かせるべきではなかったのに。
あれから、大野は、行方不明になった。事務所に来る事もなく、家にもいない。
彼を探し歩く日々が続いた。
そんな時だった。俺たちの元に、大野の遺体が発見されたと、そう連絡が入ったのは。
大野は、実家の近くの森で、首吊り遺体で発見された。大野は、最後に実家に寄り、親に遺書を残している。その文面から見て、大野は自殺だと断定された…。
「…………」
俺は今、大野の実家に来ていた。
大野が最後に残した遺書を、確認するためだ。
遺体が発見されると、調査のために、その遺族に会いに行くのはいつもの事だ。いつものように、事件に関係する質問を、遺族に浴びせるのだ。今日はそのために来ている。なのに俺は、大野の母親と父親を前にして、言葉を失って、下を向いてしまっていた。
「……………」
言葉が、出て来ない。
遺書を、事件に関係する事を、大野の最後の様子を、聞かなきゃ行けないのに。
「息子が、お世話になりました。ごめんなさいね。そんなにも、辛い顔をさせてしまって」
震えるような、か細い声が聞こえて来た。
顔を上げると、ハンカチを鼻に当てて泣く、大野の母親と父親の姿が目に移った。
二人のシワシワの手が、小刻みに震えている。こんなにも辛そうなこの人たちの姿を、大野がもしここにいたのなら、どんな気持ちで見るのだろうか。
「すみません。すみません。本当に。こんな事になってしまって、すみません」
俺は、堪らず涙を流して、二人に頭を下げた。
俺が頭を下げると、二人の啜り泣く声が聞こえて来る。
無理だ…。
いつもみたいに、質問なんか、出来ねぇ…。
大野…。どうして、なんで、あんなに明るくて、元気なやつが、なんで、こんな両親を残して…。
「顔を上げて下さい。これが、息子が、最後に残した遺書です。あと、これも…」
鼻を啜りながら、言う母親。
俺が顔を上げると、机の前に、遺書と、ある手帳が置かれていた。
これが、大野の遺書…。
そして、手帳は…恐らく、最後に大野が持って行った、野村のものだ。
俺は、大野が残した遺書に、手を伸ばした。手が、無意識に震える。あいつの遺書を読む日が来るなんて、夢にも思っていなかった…。
手に取った遺書をゆっくりと広げる。涙で字があまりよく見えない。こんなにも辛い調査なんて、他にあるのだろうか。
俺は、ゆっくりと、彼の遺書を読んだ。
…………。
は………。
「な、なんですか。これは…」
俺は、大野の遺書を読みながら、戸惑いの声を上げた。
「謝るのは、私たちの方なんです! 本当に、申し訳ありませんでした」
俺は、漠然とした表情をして、頭を下げる大野の両親を視界に入れた。
…………。
え?
両親の肩は震えている。声だって、震えてる。
「遺書には………」
母親が、重い口を開いた。
「たくさん人を殺したって、もう、償い切れないと、ごめん母さん父さん、ごめんって、書いてありました」
母親は、目から涙を何粒も流して、苦しそうに声を発した。
「私は、そんなはずないって、思ってます。あの子が…。警察官になってあんなに喜んでいたあの子が…。人を殺してただなんて! でも、それにはそう書いてあって、あぁ、ごめんなさい。私は、私は…」
最後には、息を大きく荒げながら、話していた。すごく、苦しそうな、悲しそうな、そんな表情を浮かべながら。
「待て、落ち着いてくれ。わかってる。和がそんな事をする訳がない。落ちついて。お前は、一旦あっちへ行っていなさい」
母親の横にいる父親が、彼女の背中を擦りながら、落ち着いた声を出した。
「あぁ…。ごめんなさい。すみません。動揺してしまって、すみません…」
母親は、涙を拭いて、立ち上がった。話しが出来るような状態ではないと判断したのかもしれない。
俺は、目を丸くして、彼らの会話を聞いていた。
大野が、人殺し…?
何を言ってるんだ…。
俺は、もう一度、遺書を見た。遺書は3枚ほどあり、1枚目には、育ててくれた親への感謝の手紙、そして2枚目には、人をたくさん殺して来たとの告白。そして3枚目には、両親への謝罪の言葉が
確かに書いてある。2枚目の便箋に、確かに、人を殺してしまったと。一人ではなく、何十人、何百人もの人を、と。
「そんな…。何かの間違いだ。大野が人殺しなんて、そんなはずは…」
俺は、漠然とした声を出した。
そんなはずはない。あんなにも、事件解決を望んでいた大野が、人を何百人も殺してた?ありえないだろそんな事。
「俺も、そう思っています。勿論家内も。息子は昔から、優しい子だった。そんは人を殺すような子でありません。絶対に」
父親は、目に涙を浮かべながら、静かに言った。
「何かの間違いです。それに、これは…」
俺は、机に置かれた、野村の手帳に視線を移した。
野村の手帳…。大野、実家に持って来てたのか…。
「あぁ、これは、なんだか、名簿の紙があったとか。これについても、和はすごく動揺していました」
父親は、首を傾げて、話をしていた。
俺は「名簿?」と、呟くようにきく。
「えぇ、養護施設の名簿だとか…。なぜそれを息子が持っていたのかはわかりませんが」
父親は、目を伏せて、机の上にある野村の手帳を見ながら、静かに口を開いた。
養護施設の、名簿?野村の手帳にあったと言うことか…?だが野村の手帳はもうすでに目を通したはず。何も出て来なかったが…。いや、確か、大野は手帳のカバーも外してた。カバーの裏は誰も確認していない。そこから出て来たのか?
「実は息子は、本当の息子ではないんです。あの子は、彼がまだ子供の時に、引き取った子なんです。なんでも、その養護施設の、名簿があったとかなんとか」
大野自身が、養子…?
「大野は…。いえ息子さんは、養子だったのですか?」
「はい。息子は養子である事は知ってました。もう、大きくなってから引き取りましたからね。あの頃は、もう、子供は諦めようと、養子を…。ですが、それから数年後に、奇跡的に子供を授かりまして、年の離れた弟はいます」
父親は、懐かしむように目を遠くして話した。きっと、大野が家に来たときの事を、思い出しているのだろうか。
「そうだったんですか。知らなかったです」
大野が、養子だったなんて。
「養子と言っても、実子と変わらずの愛情をかけて育てて来たつもりです。とても明るい子でしたから…。それなのに…。こんな…」
父親は、目を伏せて、とても暗い顔をして言った。
「こんなの、何かの間違いです。大野が…。こんな…」
俺も、眉を
「えぇ。そう言ってもらえると救われます。あの子を信じてくれる人がいるだけでも…」
「もちろんです。でも、息子さんの養護施設の名簿が、なんでこんな所に…」
俺は、ゆっくりと、野村の手帳に手を伸ばした。
手帳には、折られた紙が入っており、俺はそれを手に持った。四つ折りに折られた紙。広げたらA4サイズくらいだろうか。
紙を開いてみると、そこには、見慣れた名前が載っていた。
「は…」
息と一緒に、無意識に声が漏れた。
俺は、目を見開いた。
まるで、時が止まったような感覚に陥る。頭が真っ白になるとはこの事を言うのかもしれない。紙に載っている名簿を見た時、何処か目眩がするような、なんとも気持ちが悪い感覚に陥った。
え、なんで…。
そんな単純な言葉しか、頭に浮かばない。
なんで、この名簿に…。
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┃ 〇〇養護施設 ┃
┃ ┃
┃〇〇年〇月〇日 ┃
┃ ┃
┃ ルーカス 年齢不明 ┃
┃ オリバー 年齢不明 ┃
┃ シエル 年齢不明 ┃
┃ リアム 年齢不明 ┃
┃ マテオ 年齢不明 ┃
┃ ┃
┃ 以上5名を保護 ┃
┃ ┃
┃〇〇年〇月〇日 ┃
┃ ┃
┃ ルーカス 野村夫婦に養子決定 ┃
┃ 養子後 野村竜一 に名前変更 ┃
┃ ┃
┃〇〇年〇月〇日 ┃
┃ ┃
┃ オリバー 成川夫婦に養子決定 ┃
┃ 養子後 成川陸 に名前変更 ┃
┃ ┃
┃〇〇年〇月〇日 ┃
┃ ┃
┃ シエル 鈴木夫婦に養子決定 ┃
┃ 養子後 鈴木ゆう に名前変更 ┃
┃ ┃
┃〇〇年〇月〇日 ┃
┃ ┃
┃ リアム 大野夫婦に養子決定 ┃
┃ 養子後 大野和 に名前変更 ┃
┃ ┃
┃〇〇年〇月〇日 ┃
┃ ┃
┃ マテオ 天音夫婦に養子決定 ┃
┃ 養子後 天音直人 に名前変更 ┃
┃ ┃
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