第18話 新たなる手がかり



 大野 和 side

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 野村が死んでから、数週間が過ぎた。


 毎日、事務所には行ってた。野村の引き継ぎをするために。


 俺たちは、鈴木元太の家で子供を保護した。その子供は、意識は戻ったものの、何も話せない状況だった。保護してから数週間が経った今も、まだ、俺たちとの面会は許可されていない。


 何も進まない、空虚な時間だけが、過ぎて行く。


 野村が調べていた資料を一つ一つ確認するのも、もう嫌になって来る。それは、あいつが死んじまった事を、いやでも実感するからだ。


 心の中で、なんであいつは死んだんだって、何回も自問自答した。答えなんか分かるはずもなくて、もう、どう進んだらいいのか分からなくなってた。


 特別機関に配属になった時は、くそ真面目なやつだなって思ってた。俺とは正反対で、いつも冷静なやつだって。それが、尊敬に変わって行ったのは、いつからだったか。野村がリーダーとなった時も、誰も反論する事なく、すんなり受け入れられた。


 どうして。


 なんでたよ。野村。


 もう時期、野村の引き継ぎが、終わろうとしていた。あいつの席も、引き継ぎが終わったら無くなってしまう。


 殺人リストに載っている人物は、着々と殺されて行っていた。それぞれ、遺体が発見されると呼び出しを食らうが、もう、それすらも日常と化していた。


 真実へとは、確実に近付いているのは分かっている。極秘国のサイトの運営メンバーのリストも、そして、養護施設の子供たちの事も。極秘国と、警察組織が手を組み、脱走した養護施設の子供たちを捕まえようとしている事も。彼らを探すため、更新されていなかった、犯罪者ランキングの上位にリアムたちが載る事になった事も。


 色々と分かっては来てる。なのに…。野村が、自殺…。こんなの、調べて意味あるのか。俺たちの一人が自殺してまで、追い続ける意味があるのか…。


 そんな事を思ってた時か。天音から、連絡があったのは。天音から、明日、話があるから事務所でって。


 なんだよ。別に、こんな連絡しなくても、明日全員事務所には行くだろ。あれか、最近皆、自分の仕事終わったらすぐ帰るからか。


 次の日、事務所にいつも通り出勤した俺は、先に来ていた天音に「なんだよ?話って」と言った。


 天音は「皆来てから言うよ。鈴木元太の事少し調べたんだ」と、言った。


 いつもだったらニヤニヤ笑いながら言う天音が、笑っていなかった。そういや、野村が死んでから、こいつ、笑わなくなったな。


「もう、野村の引き継ぎ手続きも、終わるな…」


 天音が、暗い声を出した。


「あぁ。明日には、机もなくなるって話だ。野村の家に送るやつも、整理しねぇと」


 俺も、静かに言った。


 気が重い。すげぇ嫌だった。なんで、こんなに、辛いんだろうか。


「そうだな…」


 天音が、小さく言った。


 少ししてから、ゆうが来た。ゆうはなんだか疲れた顔をしていた。野村が死んでから、ゆうだけ妙に、色々調べてる気がした。目の下に出来たくまは、寝る魔を惜しんでる様子が分かる。躍起になってる感じだ。


 しばらくして、いつものように一番遅く来る成川が顔を出した。


「皆、揃ったな。鈴木元太の件について、少し調べた。それを伝えておきたくて」


 天音が言った。


「…………」


 皆、無言になった。


「やっぱり、あの子供たちは、養護施設の子供だったみたいだ。養護施設の名簿から、9人だけ消えていた。一人だけ助かった子がいるが、あの子も、時期に連れて行かれる」


 天音が、言った。


「連れて行かれる…?」


 ゆうが、静かに聞く。


「あぁ。極秘国のサイトで、あの子の顔写真が載せられていた。すぐに捕まえろと」


 天音は淡々と話していたが、俺は、目を丸くした。


「は?マジかよ。じゃああの子、早く会わねぇとまたどっかに拉致監禁されるじゃねぇか。つぅか、極秘国。こんなすぐに鈴木元太に監禁されてた養護施設の子供たちの情報が行くなんざ、やっぱり警察組織と繋がってるんだな。くそじゃねーか」


 俺は、声を荒げた。


 たく、最悪だ。せっかく助けたのにまた捕まっちまったら話しにならねぇ。


 しかも、養護施設の捕まえろリストから消えたって事は…。極秘国は監禁されて死んだ子供たちの名前まで把握出来てるって事になる。子供の顔を見なきゃわからねぇはず。それを流してるのは間違いなく遺体を引き取った警察組織だ。


「繋がってるな。怖いくらいに。助かった子が捕まったら、監禁っつーより、殺されるだろ」


 成川が、真顔で言った。


 こ、殺され…。


 成川からそれを聞いた時、俺の鼓動はドクンと跳ねた。


 殺される…。連れて行かれる…。そしたらまた、振り出しだ。確かに、極秘国サイトは犯罪者たちの裏サイトみたいなもん。相手が例えあんな子供でも、何するか分かったもんじゃない。


 一刻も早く、あの子供と接触しねぇとだめだ。子供が、殺される前に。いや、隠される前に。


 鼓動が、ドクドクと、嫌なテンポを刻み始める。なんだ、なんか、ものすごく、嫌な感じだ。


「行ってくる」


 俺は、立ち上がった。


「はい?」


 ゆうが、驚いたような声を上げる。


 俺は「今から行って来る。子供に会うんだよ」と言って上着を手にした。


「ちょ…ちょっと待って下さい。今から!?」


 ゆうが、またも目を丸くして言う。


「すぐ行った方がいいだろ。いつ連れて行かれるか分かんねぇんだから」


 俺は、声を荒げた。


 なんだか、俺は凄く焦りを覚えていた。俺が行くと言っても、誰も立ち上がらないこの状況にも。野村が死んで、俺も情緒不安定になってるのかもしれない。今すぐに行かないとって、何故か、衝動のように駆られていた。


 俺は、一人で事務所を出て行こうと足を進ませた。


「大野さん! 待って下さい」


 ゆうの声が聞こえた。


「あーくそ。俺たちも行くぞ」


 成川の、面倒臭そうな声も。


 俺が急に一人で行こうとしたもんだから、皆焦ってる。でも俺は、そんな皆には見抜きも出来ないほど、心に余裕を失っていた。


 子供が、殺される。そしたら、また、何もなくなってしまう。野村が気付いた《何か》から、また遠のいてしまう。


 俺は、いや、俺たちは、次の接触者と会いに、事務所を後にした。




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