第17話 地下
「全焼した家に遺体があって、見過ごしてましたなんて、ある訳ねぇだろそんな事。殺人リストに載ってるやつの遺体は隠される。遺体を管理する俺たち特別機関だって、そのために作られたんだ。忘れたのか」
成川さんは、怒ったように言った。
俺たちは、目を丸くして、彼の背中を視界に入れる。
そ、そうだよな。今連絡なんかしたら…。隠されるだけだ。
「連絡すんのは調べてからだ。このタイミングで全焼なんざ、これ多分事故じゃねぇだろ。また何かを隠そうとしてるやつがいる…」
成川さんの声。
何かを隠そうとしてるやつがいる…。
なら、この家には
「ここ、何か、あるぞ」
成川さんが、片足を少し上げたと思ったら、その足を地面に戻した。成川さんが足を地面に勢い良く付けた事で、ドンという音が聞こえる。
俺たちは、成川さんの方に足を進め、彼が見下ろしている廊下の床を直視した。
廊下の床は、四角い切り込みがあった。四角い切り込みは結構大きくて、もし穴が開いたら、人一人くらい余裕で入れそうなほどだった。
成川さんは数歩下がって、しゃがんだ。そして、四角い切り込みの中に、指を挟めて持ち上げようとしていた。
俺もしゃがんで、それを手伝う。でも、床はびくともしなかった。
「ボタンがある。これじゃねぇか」
後ろに立っている大野さんが言った。
大野さんの方を向くと、壁にボタンをが付いていた。あきらかに、こんな行き止まりの廊下にボタンなんて、明らかにおかしい。
俺と成川さんが、切り込みに指を入れるのを止めたら、大野さんが、スイッチを押した。
スイッチを押すと、カチっと音がして、床が四角く盛り上がった。
俺が床の盛り上がった部分に手を添えて持ち上げると、その四角い床は、簡単に開いた。持ち上がった床は綺麗に90度で止まり、もう動かなかった。
「これは…」
開いた床の先を見る天音さんが、
「地下…だな」
成川さんが、静かに口を開いた。
開いた床の先には、下に降りる階段があった。この家、地下がある。
床が開いた瞬間、息をするのも辛いくらいの臭いが辺りに充満する。
俺たちは、腕を鼻に回して、その階段を見つめた。
くっせ。この臭いは…。死臭だ。とんでもねぇ臭いだ。やべぇ。
「臭い…。死体があるな。行くぞ」
天音さんが、静かに言った。
俺たちは、臭いに耐えながらも、下へと、降りて行った。
一人ずつ一列になって階段を降りて行く。先頭は一番扉の近くにいた成川さん、次に俺、そして、天音さん、大野さんと続いていた。
どれくらいだろうか。10段くらいだろうか。少し降りると、すぐに地下の床に足が付いた。
床から天井までの高さは2メートルくらいはあるだろうか。普通に立っていても、天井に頭を付ける事はなかった。
中は真っ暗だった。何がどうなってるのか正直何も見えない。俺たちは、携帯のライトをそれぞれ付けて、辺りを照らした。
「おいおい、嘘だろ」
辺りを見渡す大野さんが、口を開いた。
なんだ…。これは。
地下には、遺体が転がっていた。
しかも、一人じゃない。
携帯のライトで、あちらこちらを照らすたびに、次から次へと倒れた遺体が映し出されて行く。
地下には10人くらいの遺体があった。体が震えて来る。しかも、あの遺体なんて、まだ子供じゃねぇか?どうなってんだ。なんだここは…。
「外傷はなさそうだな。火事で、やられたんだろう。一酸化炭素中毒か…」
天音さんが、低い声で言った。
「あぁだろうな。年齢もバラバラ。子供も大人もいる。なんだここは…」
大野さんの声。
子供から大人…。大人と言っても、皆まだ若い。俺たちとそうそう変わらなさそうだ。
遺体の子供たちは皆、白いペラペラの生地の服を着てた。服から伸びる手足は細く、明らかに栄養失調だった。まともな環境を与えられているような待遇じゃなかったはず…。
「鈴木元太が、彼らを地下に監禁してたって事だよな。ただの変態か、それともこの子たちが…」
天音さんの声。
「養護施設の子供たち…だったりしてな」
成川さんが、しゃがんで遺体を直視しながら、静かに言った。
俺は、彼らの会話を聞きながら、ある一人の少年の遺体を直視していた。
彼は、うつ伏せで倒れていた。一瞬、肩がかすかに動いた気がした。気のせいか…?
スー。
皆が話している時、どこからか、息を吸うような音が聞こえる。
ちょっと待て。もしかして…。
「全員の生死を確認しましょう」
俺は、声を大きくして言った。
「……。ゆう、全員死んでる。火事の時、一酸化炭素は充満していたはずだ。誰の助けもここには来てねぇ。生きてるやつなんていたら、化物だぞ」
成川さんが言う。
「で、でも、オリバーとか、ルナ、マテオ、リアムも、変な力を使います。ここにいる子たちがあいつらと同じ養護施設の子たちなら、普通の子供たちじゃない」
俺は、必死に成川さんに言った。
俺があまりに必死に言ったもんだから「………。確かに、そうかもな」と、成川さんはそれ以上は何も言わずにすんなり納得した。
俺たちは、一人一人に生存を確認するため、動き出した。
俺は、まず目の前で倒れている人の顔を覗いた。彼の口は大きく開かれ、苦しそうに喉を掴んだまま、目の動向を開かせていた。まだ若い…。体は大きいが、顔付きが幼い。まだ高校生くらいだろうか。
目にライトを当てて、死んでいるのを確認した。一応、脈も確かめた。冷たくなった体は固く、もう、死後硬直していた。
俺は、眉を顰めて、目を閉じた。
しんどい。今まで、中年のおっさんばっかの遺体だった。若いのもたまにいたけど。さすがに、子供の遺体は見ててキツイ。
次の彼もまた若かった。若いって言ってもさっきの子ほどじゃない。俺と同じくらいか。20代前半と言ったところだろうか。目は見開かれ、瞳は真っ黒だった。
だめだ。彼も死んでる。そうだよな。生きてる訳ねぇよな。
3人目は、うつ伏せで倒れていた。先ほど、肩が動いたような気がした遺体だ。横に向けられた顔を覗く。彼は、目を瞑り、口を閉じて横たわっていた。まだ子供で、年齢は、10歳前後か。
違和感を感じた。
…………。
彼の死に顔が、とても綺麗だったからだ。
脈に手を当てた。
「……………」
か弱い脈を感じた。
スー。スー。
彼の鼻から、薄い息も聞こえて来る。
「い、生きてる…。生存者です!」
俺は、声を張り上げた。
「本当か!?」
大野さんの驚きの声が、辺りに響き渡った。
それから、俺たちは慌ただしく動いた。警察へ連絡し、救急車んだ。駆け付けた警察官とともに、現場検証や遺体の確認等、事は慌ただしく過ぎて行った。
結局、生きていたのは彼一人だけだった。彼は救急車で運ばれて行った。気を失っているが、命には別状はないとの事だった。
俺たちの担当遺体とは死因や外傷が異なるため、その場で事件の担当から外された。
結局、この件は、鈴木元太が10人もの子供を拉致、監禁し、自ら家を燃やして自殺したと結論付けられそうだった。
俺たちは今日は、家に帰る事になった。明日また事務所に行って、野村さんの遺体の担当を決めなければならない。
「自殺?そんな訳ねぇだろ」
帰りの車で俺は、独り言を言った。
火元は、家の外だった。灯油を撒いた形跡がある。
おかしいだろ。鈴木元太は外で家に灯油を撒いて火を付けて、家の中に戻ったと言う事になる。自殺なら、家の中に火を付けるはずだ。
鈴木元太は、地下への入り口に向かって倒れていた。恐らく、何かで火が上がって、地下へ行こうとして倒れたんだ。地下へ行こうとした目的はわからないが。これは多分、自殺でもなければ、事故でもない。誰かが放火したのか…。何も証拠がないから全部憶測の話しになるけど。
鈴木元太…。野村さんが最後に接触したかもしれない人物…。いつもこう。いつも、手掛かりを見つけて駆け付けても、解決なんてしない。謎が謎を呼ぶだけ。
ただ一つ、分かっている事は、鈴木元太は、子供たちを地下に監禁していたって事くらいか。そして、監禁されていた子供たちは恐らく、極秘国というサイトで運営していた養護施設の子供たちだ。
その一人が、今回、生きている。
まだ意識を取り戻してはいないが、これは、大きな前進なのかもしれない。野村さんが、最後に辿り着いた真実への。
─俺たちは、調べるべきじゃ、なかった─
野村さんが、言った言葉。
野村さん。
野村さん…。
野村さんは、誰よりも真面目で、いつも、判断を間違えないような、そんな人だ。そして、俺が、どんなに荒れてても、性格が悪くても、女にだらしなくても、軽蔑もせずに接してくれた、そんなリーダーだった。
俺は、ハンドルを握る手に、力を込めた。
俺は、どうしても、知りたい。そんなあなたが死んでしまった理由を。
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