第14話 走馬灯



 野村 竜一 side

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 俺は、家に帰って殺人リストを眺めていた。バッテンが付いている顔写真と、そうではないもの。バッテンが付いていない人たちの顔を見る。そこに記載されている人物たちは、名前と顔写真のみ。調べるにしても、身元を割り出すには結構、至難しなんの業だ。


 一人だけ、見覚えのある人物がいた。彼の名は、鈴木元太と言う人物。彼の息子は、ルーカスによって殺され、彼は、被害者遺族だった。


 鈴木元太。また接触してみるか。


 それにしても、頭が痛い。殺人リストを見ていると、頭が痛くなる。天音に貰った脱走者のリストや犯罪者ランキングを見た時も、ずっと頭が痛かった。


 俺は、頭痛薬を取り出した。


 頭が、痛い。


 色んな情報が一気に来たから、頭がパンクしているのかもしれない。


 今日は寝て、明日また調べる事にしよう。


 俺は、布団に入った。寝るまでは実にあっと言う間で、疲れていたからか、とても深い眠りに落ちた。


 翌日、目覚めた時は、とても頭がすっきりしていた。起きてすぐに、殺人リストに乗っている、鈴木元太の顔を見る。


 まただ、また、頭痛がする。


 俺は、頭痛薬を飲んで、彼に接触しようと、スマホを手に取った。


 彼に会った事があるのは、俺と、遺体処理の部署の、今野と言うやつだけだ。今野は、俺たち特別機関が担当している遺体の処理を任される者の一人だ。でも彼は、大の遺体嫌いだ。彼がルーカスの被害者の遺体を見つけると、いつも吐きながら作業していたのを思い出す。


「はい。野村さん、どうされました?」


 俺は、今野に電話を掛けていた。


「久しぶりだな。急なんだが、昔会った遺族の、鈴木元太さんを覚えてるか?」


「鈴木…。あぁ! 被害者遺族のでしょうか…?」


 今野が、最後は少し声を低くして、言った。


 それもそうだろうな。鈴木元太さんは、息子さんがあんな風に発見されたせいで、泣いて俺たちに苦情を言って来た人だった。なんで息子がこんな目に合わなければならないのかと。とても悲痛な顔をして。


「あぁ、会いたいんだ。確か、遺体処理の部署に苦情を入れただろう。番号残ってたりしないか?」


「調べます。あると思います。でも野村さん、大丈夫ですか?鈴木元太さん…。当時かなり酷かったですよ」


 今野が躊躇ためらうように言った。


 俺は「大丈夫だ。宜しく頼む。急に悪いな」と言った。


「わかりました。では、番号分かったら折り返します」


「あぁ」


 俺は、電話を切った。


 今野から折り返しが来たのは、電話を切ってから20分後の事だった。


 今野は、遺体を見て吐いたりはするが、非常に仕事が出来る男だった。俺だけじゃなく、ゆうや天音、成川や大野の担当遺体の処理も今野が担当していて、皆からも非常に好かれている。


「野村さん! ありましたよ番号! 今言っても大丈夫ですか?」


「よかった。あぁ」


「080ー…」


「ありがとう」


「いいえ、ではまた何かあれば」


「あぁ」


 今野から聞いた番号をメモった俺は、今野にお礼を言って、電話を切った。


 そして、今野から聞いた番号に、電話をかけた。


 コールが鳴る。コールが、妙に長く感じたのはなんでだろう。それはまるで何かの予感のように、心臓の鼓動も大きくなって行った。


 プルルーー…。


 プルルーー…。


「はい、鈴木です」


 鈴木元太、彼の声を聞いた瞬間、俺の鼓動は大きく跳ね上がった。


 なんだろう。なんでこんな、緊張してんだ俺。


「警察です。特別機関部署の野村と申します。鈴木元太さんの番号でお間違えはないですか?」


 俺は、固い口調で言った。


「はい…。野村?って、あのときの?」


 鈴木元太さんは、驚いたような声を上げた。


「お久しぶりです。あのときは…」


 昔、鈴木さんに怒鳴られた時の事を思い出した。泣きじゃくる鈴木さんは、気が動転しすぎてて、何を言ってるのかも分からなかった。


「野村さん、そうか…。すまなかったね。あのときは、本当に、冷静さを失ってしまって」


 鈴木さんは、ゆっくりとした口調で言った。昔の時とは、別人のようだ。


「いいえ」


「で、どうしたんだ?」


「犯人が、被害者の遺族を狙っている可能性があり、ご連絡しました。最近何か、変わった事はありませんか?できればこちらで保護したいと考えています」


「犯人が遺族を…?なんてことだ。変わった事はないが。保護、ですか」


「はい。見張りを付けたりと言った形になりますが。念には念を入れた方がいいです」


「まさか私が狙われるとは…。家族は別な所に避難させておくか。あぁ、見張りを頼む」


 家族は避難…。が狙われる。やはり、この人は、狙われているのが、自分一人である事をわかっている。俺は、被害者遺族と言ったのにだ。


「それだけかね?」


「はい?」


「犯人について、分かっている事は」


「はい。犯人は、被害者の家族をも殺した実例が出てしまったので」


 まるで、何かを探るような物言いだ。


「何故私が、あれほどまで取り乱したかは、分かっているか?」


「え…。いえ、どういう意味でしょう?」


「そうか…。君は…。分かっていないのだな」


「何を…」


「君は─────」


 え?


 何?


 それは、どういう…。


「知りたければ、会いに来い」




 頭が、痛い。頭痛薬が、効かないほどに。




 俺は、鈴木元太に、会いに行った。




ーーー・・・

ーー・・

ー・


 鈴木 ゆう side

─────────────────


 成川さんと天音さんに、養護施設脱走者リストや、犯罪者ランキングについて聞いてから、一日が経った。


 今日は、事務所には皆集まらないだろうと、思った。


 皆それぞれ、調べると言っていたから。


 俺は、殺人リストを眺めて、接触出来そうな人を調べていた。どの人も、詳しい身元は分からない。


 ずっと調べていたけど、気付けばもう夕方だ。どうするか。俺だけなんも進まねぇとかすげぇ嫌なんだけど。


 そんな時だった。俺のスマホが、振動したのは。


 画面を見ると、野村 竜一 と表示されていた。


「はい。野村さん、どうし…」


「ゆう。俺は…。俺たちは…」


「野村さん?」


 様子がおかしい。何か、凄い取り乱してるような…。なんだろう。


「俺たちはっ。間違っていた…」


 野村さん、明らかに、いつもと違う。なんだ?どうしたんだ?間違ってた?何が?


「はい?野村さん?どうしたんですか?」


 俺は、混乱しながら話した。


「最初から全部、間違っていたんだ!」


 野村さんは、怒鳴った。


 こんな野村さん見た事ない。おかしい。何かが、おかしい。


 何だ、頭痛くなって来た。


「う、うわぁあ」


 野村さんが、急に叫び出した。


「野村さん…!?今何処ですか?」


 俺は、今まで聞いたことないような野村さんの声に、焦ったような声を上げた。


 おかしい。野村さんの様子が、おかしい。なんだ。どうしたんだ!?


「うっ。ゆう、すまない、俺は…」


「何処にいるんですか!?すぐ向かいます」


「俺たちは…。調べる、べきじゃ、なかった」


 頭が、いたい。訳わかんねぇ。胸騒ぎしかしない。野村さん、明らかにおかしい。


「どういう意味ですか!?野村さん、場所だけ教えて下さい。お願いします。会って話しましょう」


「場所…。事務所の…」


「事務所にいるんですね!?すぐ行きますから、待ってて下さい」


「すまない。ゆう…」


 プツ。ツーツーツー。


「野村さっ…。くそっ!」


 なんだっつんだよ!


 俺は、車を走らせた。


 なんなんだ。あんな野村さん見た事ねぇぞどうしたって言うんだ。おかしい。嫌な予感がする。


 胸を締め付けるような不安感が襲う。吐きそうだった。


 車を止めて、駆け出した俺。こんな全力で走ったのなんて子供の時以来だ。


 俺は、事務所に行くため、走ってた。


 そしたら。


「……………」


 事務所の前の廊下で、誰かが、座ってた。


 足を伸ばして、誰かが座ってた。


 うそだろ。やめろ。うそだ。


 事務所の前で座っている人物に、近付いた。


「の、野村さ…」


 俺は、廊下で座っている野村さんを見て、膝を床に付けて、崩れ落ちるように座った。


 野村さんは、首から大量の血を流し、目を開けたまま、動かなかった。


 野村さんの手にはカッターが握られていた。


 うそだろ…。うそだうそだうそだうそだ!こんなのありえない!ありえねぇだろ!!野村さんだぞ!?野村さんが…っ。


「野村さん!!!!」


 俺は、悲鳴みたいな声を上げた。頭が沸騰しそうなくらい混乱してる。座ってるのに、目眩も起きて来た。


 そうだ、そうだ!救急車!!


 俺は、震える手で救急車を呼んだ。


「野村さん! 救急車、救急車来ますから」


 野村さんは明らかに息はなかった。でも、俺は野村さんに話しかけてた。もう、混乱しすぎて訳がわからなかった。


 自分が泣いてる事も、俺は分かっていなかった。


「もう…。息はありません」


 駆けつけた救急隊の人が、静かに言った。


「そんな訳ねぇだろ。もう一回確認しろよ」


 俺は、あまりの事態に、汚い口調で言った。だって、そんな訳ねぇじゃん。さっきまで話してたのに、野村さんが死ぬわけ…。


 野村さんが、担架に運ばれる。彼の顔には、布がかけられていた。


 俺は、漠然とした表情でそれを見た。


 な、んで…。


─俺たちは、間違っていた─


 な、んで…。


─最初から全部、間違っていたんだ─


 な…。


─俺たちは、調べるべきじゃ、なかったー


 俺は、担架に運ばれる野村さんに駆け寄った。


「おい! やめないか!」


 担架に駆け寄って、野村さんの顔の上にかけられた布を外した。救急隊の人が、怒鳴るように言ったけど、もう、関係なかった。


「なんでですか野村さん! あれは、どういう意味なんですか!?答えて下さいよ。野村さんっ!」


 野村さんの天井を見る目は、真っ黒だった。なんの光も宿さない瞳。


「野村さん。野村さん! お願いです」


 野村さんの顔に、いくつもの水滴がこぼれ落ちる。


 俺は、涙を拭くのも忘れて、野村さんの顔にそれを垂らしながら、叫び続けた。


 救急隊の人に抑えられる。


 野村さんが、遠ざかって行く。


 まるで走馬灯のように、かけ巡るのは、野村さんと過ごした日々だった。



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