第15話 別れ


 鈴木 ゆう side

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 俺は、いや、俺たちは、誰も、今の事態を受け入れられずにいた。


 野村さんは、俺たち特別機関のリーダー的な存在だった。


 俺たちが特別機関に推薦されてから、早数年。野村さんは、いつも、冷静に事態を把握し、俺たちに指示も出すような、そんな人だった。


「野村さんが自殺?ありえねぇだろ。なんでっ」


 悔しそうに口を開くのは、大野さんだ。


 大野さんは、黒い服装に身を包み、俺たちとともに歩いていた。


 今は、野村さんの葬式の帰りだった。俺たちは解散せずに、事務所に行く事にしたんだ。足取りは重く、誰も何も言わない状況が続いていた。そんな時だった。大野さんが、絞り出すような声を出したのは。


「くそ…」


 大野さんは、目に涙を溜めて、立ち止まって、手で目を覆った。


 俺は、大野さんのそんな状態を見ても、ただ頭は真っ白で、何も考えられずにいた。


「…………」


 皆、無言だった。


 何がなんだか、わからなかった。なんで、が、自殺なんて…。ありえない。そんなの、ありえないんだよ。


 野村さんの、最後の声が、耳に響いて来る。今までに聞いたこともないほどの、悲痛で泣き出しそうな声が。そして、血まみれで、苦痛に歪んだ表情をしていた、死に顔も。


 急に、奈落の底へ落とされたような、そんな感覚だった。まるで、現実じゃないような…。


 葬式で見た野村さんの遺体は、とても綺麗だったのが、まだ救いだったかもしれない。


 俺たちは、無言で、車に乗った。事務所に着くまで、空虚とも呼べる、静寂な時間だけが過ぎて行った。


 こんな日まで、俺たちが事務所へ行くのは、野村さんが亡くなった事で、担当遺体の割り振り等をしなければいけないからだ。


 事務所がある建物の駐車場に着き、俺たちは車から降りた。


 建物に入ろうと、足を進ませたそんな時。


「まさか、死ぬなんて…」


 懐かしい声が、俺たちの耳に届いた。


 いつの間にか、ある青年が、車の前に立っていた。いつからいたのか、今なのか、もっと前からなのか。


 男にしては、とても綺麗な顔立ちをしている青年は、とても暗い顔をしていた。


 俺は、目を見開いた。


「ルーカス…」


 つぶやくように言ったのは、天音さんだった。


 ルーカス…。野村さんが担当している、連続殺人犯…。


「お前、なんで」


 大野さんが、声を荒げて言った。


「竜一が死んだ。真実を知った。に、に、気が付いた」


 ルーカスは、静かに言う。


 ルーカスの表情は、恐ろしいほど、無表情だった。でもそれは、何かに絶望しているような、そんな悲しげな表情だった。


「は?何言って…」


 大野さんが、戸惑うように言う。


「きっと、竜一は、大丈夫だと思ってた。でも、だめだった」


 ルーカスは構わず話し続けた。


 彼の目に、涙が浮かび始めるも、顔は、無表情のままだ。


「何が…」


 俺が、静かに言った。


 野村さんは、真実を知った…?だから、自殺した?


 ルーカスが、そんな事を言うって事は、野村さんの死は、ルーカスは、望んでいなかったと言う事なのか…。


「気付いたんだよ。に」


 ルーカス…。ルナもそうだが、なんでこう、回りくどい言い回しをするのか。もう、意味が分からない。


 何に気付いたって言うんだよ。


ー俺たちは、間違っていたー


 野村さんとの最後の会話を思い出す。


 野村さん…。


 なんでですか。何を、知ったんですか…。間違えてたって、どういうことなんですか。


 記憶の中の声に、そっと投げ掛ける。


ー最初から全部、間違っていたんだ!ー


 最初からって、全部って、何が…。


「お前たちはもう、俺たちの事は、諦めた方がいい」


ー俺たちは…。調べる、べきじゃ、なかったー


 ルーカスと、野村さんの最後の言葉が、頭の中で木霊する。


「どういうことだよ。野村さんも、同じ事を言ってた…。ルーカス、どういうことなんだよ!」


 俺は、堪らずに、ルーカスに向かって、声を荒げた。


 野村さんの死に顔が、頭から離れない。あれから、最後の会話も、何度も何度も頭の中で繰り返されている。


「諦める?出来るわけねぇだろ! 教えろよ。野村さんが死ぬほどの真実って、なんだよ。なんなんだよ! 答えろ!」


 ルーカスに怒鳴る。


 目に涙が溜まった。


 どうしようもない感情が、急に押し寄せる。悲しいのか、悔しいのか、わからなかった。ただ、胸を締め付けられるような感覚に、息をするのも声を出すのも、苦しくなってた。


 なんで、なんで野村さんが。信じられない。葬式にも出た。棺桶の遺体も見た。火葬だって…。なのに、受け入れられない。


 どうして…。


「諦められない?そうか。じゃあ、お前らは、何があっても、死ぬなよ」


 なんで、何も、答えないんだよ。


「ルーカス、知ってるんだろ。答えろよ」


 俺は、すがるように言った。


 こんな感情のまま、何も知らずに、過ごして行けって言うのか。


「自分で辿り着け。俺はもう、お前らに会う事はない。殺しも、終わりだ」


 ルーカスは、ほほに、涙を流しながら、微笑みながら口にした。


 彼が、初めて表情を見せた瞬間、俺は目を見開いて「は…?」と、声を漏らした。


 殺しも、終わり…?


 ルーカスが、殺しを、止める?


「楽しかったよ。ありがとうな」


 ルーカスは、微笑みながら、体を闇に染めて行く。


 それが何故か、野村さんの顔と重なった。


 まるで、野村さんが、言ったかのような。


「待て、待て! ルーカス!」


 このまま、消えるなんて…。もう、訳わかんねぇよ。野村さん…。ルーカス。教えてくれ、なんとかしてくれよ。


 俺もまた、ルーカスと同じく、泣いていた。ルーカスと、本当に、もう、会えない気がした。野村さんみたいに…。


 俺が、ルーカスがいた方へ、駆け出した時には、ルーカスの姿が、消えた。


「…………。く、くそ!」


 俺は、声を荒げた。


「ゆう…」


 後ろから、静かな声が聞こえた。天音さんだ。


 皆の方を向くと、いつも笑っていた天音さんは、悲しそうな顔をして、目を伏せていた。大野さんは、下を向いて、悔しそうに拳を握りしめている。


 そして、成川さんは、何故か、目を丸くして、俺たちを見ていた。


 ………?


 ルーカスがいなくなってから、俺は息を荒げて過呼吸気味になってしまった。取り乱してしまった俺を落ち着かせるように、天音さんが宥めてくれていた。


 その場から離れて、事務所へと移動する俺たち。


 事務所に辿り着いた俺たちは、それぞれの机へと向かい、腰掛ける。


 いつもいるはずの野村さんの席には、誰も座っていなかった。


 無言で何も言葉を発しない俺たち。


 もう、精神的に、限界だった。


 どれほどの時間が経ったのだろうか。野村さんの仕事を代わりに片付けるような作業を無言でしていた俺たちは、時間をも忘れていた。


 コンコン。


 不意に、事務所の扉が、ノックされる音が聞こえて来た。


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