第10話 時間の果てで





 探そうと言っても、何をどう探したらいいのか。とりあえず、建物の瓦礫がらきを手で掘り起こして、一つ一つ確認して行くけど。


 目の前には山ほどに盛り上がる建物の残骸がある。全部調べなきゃなんねぇのか。しかもたった5人で…。一生かかっても無理なんじゃねぇかこれ。


 何処の柱なんだか分からねぇ木を移動させる。果てしない作業へと手を伸ばす俺たちは、皆、無言だった。


 俺たちはそれぞれ、夢中になって探していた。時間が過ぎるのを、忘れるくらいに。


 目の前にある何かの欠片かけらを見つめながら、ただのたな等の破片はへんと確認したら捨てるという作業を繰り返した。


 木が黒くなってる所がある。また爆破したんだろうな。


 毎回だけど、何を探してるのかもわかんねぇまま、探すってのも骨が折れる。それに、家主がいないから別にいいんだろうけど、家を家具ごとぶっ壊すとかどういう神経してんだか。


 もう、どれほどの時間が経ったのか、分からない。明るかった空が橙色に変わった時、俺はひたいにじんだ汗を拭った。


 探しても探しても、何もない。あるのは大量の木だけだ。帰ってもいいんじゃねぇかなんて思い始めて来る。なんか、馬鹿らしくなって来た。作業を始めてから、数時間は経ってる。建物の残骸をあさって、手なんて傷だらけだ。


 俺、なんでこんな事してんだっけ。なんで、こんな事しなきゃいけないんだっけ。時間が経てば経つほど、分からなくなって来る。


 俺たち、こんなに必死に調べてるけど、ルナたちのってやつを知ったからって、だからなんだって言うんだ。あいつの結末や真実を追って、ゆりたちが死ぬ結果になって…。で、今は一日中ゴミ漁りして…。ここまでして、俺たちは知らなきゃいけない事なのか?


 このまま、何もなかったと家に帰って、明日からは、何の手掛かりもないまま、いつもの日常に、戻って。


 それが出来たら、どれほど楽なんだろう。


 もう、やめましょうと、言おうと思った。何もないんだと、皆に言おうと思った。


「も…」


 言葉が止まる。


 ふと、ゆりたちの顔が浮かんだ。胸が締め付けられるような感覚に襲われた。


 ゆりたちの顔が、何故か、俺の足を留めさせる。動けなくさせる。逃げては行けないと、胸の苦しさが、必死に訴えて来る。


「………くそ」


 俺は、下を向いた。


 誰も帰ろうと言わない中で、時間は刻々と過ぎて行く。


 薄暗くなる辺りの中で、焼け焦げた木を移動させた瞬間、が、視界に飛び込んで来た。


 辺りが暗くなって来たからか、ようやく野村さんが立ち上がり「もう、帰ろう。明日また来る事にしよう」と、言う。


 皆が、溜息を吐きながら、立ち上がったのが分かった。


「ゆう?」


 だけど俺は、瓦礫がれきを掘るのを、やめなかった。


 俺の目に映ったのは、紙の切れ端だ。


 ただの紙の切れ端なのかもしれない。でも、今まで、木くずや焦げた物体しか目に映らなかったから、真っ白な紙が妙に目に焼き付いた。


 この紙…。焼けてない。ただ破れてるだけだ。それは、家の爆破の時の火からたまたま逃れたと言う事だ。何処かに、この紙の本体があるはず。


 俺は、必死に、探した。


 建物の残骸を、一つ一つ手に取って、遠くへ投げ捨てる。大きな木が横たわっていて、それも両手で掴んで移動させた。


 瓦礫がれきの中から、銀色の四角いものが目に映った。


 これは…。金庫か?


 金庫と思われる四角い物体は、無造作に扉が開かれ、瓦礫がれきの中で横たわっていた。


 俺は手を伸ばし、金庫のような箱を両手で持ち、力を入れた。


 お、重!


 くそ、足場が悪くて、力入んねぇ。でも、持ち上がる。腕震えるくらい重い。


 俺は、懸命に、銀色の箱を持ち上げた。


 金庫に見えるその箱は、扉を無造作に開かせていた。俺が持ち上げた瞬間、中に入ってたものが宙を舞う。


「ゆう! 大丈夫か!?」


 俺が持ち上げたものから、紙の束や色んなものが散乱するのを見た大野さんが、声を上げて駆け寄って来た。


 大野さんに続き、皆も駆け寄って来る。


 金庫に入っていたのは、真っ白の、紙の束だ。俺が変な持ち方したせいで、金庫の中に入っていたものは全部下に落ちた。金庫の中は空になっちまった。


 俺は、金庫を投げ捨てて、慌てて散乱した紙の束を集めた。


「これは…金庫、か?家を爆破した衝撃で開いたのか」


 野村さんが、堅苦しい口調で言う。


 俺は、必死で集めた紙の束に目を向けた。


「……………」


 なんだ…。これ。


 紙の束を持つ手が、震えているのが分かる。何か息の詰まる感覚に襲われた。


 あちらこちらに散乱している紙の束を手にした全員が、目を見開いていた。


 束になっている紙の一枚を手に取って、それを食い入るように見つめる。


 ルナにまつわるの資料ではない。彼女たちの事なんて一言も書いていない。なのに、皆、目を丸くして無言だ。


 俺たちが、紙を食い入るように見詰める中で、太陽が沈んで行く。夜の闇が、俺たちの頭上を覆って行く。


 暗くなっても、よく見えた。目に写るのは複数の男の四角い顔写真だった。手に取ったの紙には、知らない男たちの顔写真入りのプロフィールがびっしりと書かれていた。もちろん、そこに載っている男たちは見たこともないやつらばかり。


 写真は一人一人単独で取られており、顔から肩までが載っている。まるで免許証の証明写真のようだ。顔写真の上には、名前と職業だけが小さく書かれていた。


 紙の大きさはA4サイズくらいだろうか。


 その紙一枚に、30名ほどの男たちの顔写真がびっしりと掲載されていたのだ。


 手にとった紙から一旦視線をずらし、周囲に散らばっている大量の用紙を視界にいれる。どの紙にも人の顔写真と小さなプロフィールが書かれている。それぞれの紙に一定に並んでいる顔写真。むさ苦しい男たちばかりが掲載されており、見るに堪えない顔ばかりだ。


「…………?」



 あれ…。なんだか妙なものが混じってる。


 俺はそれを手に取ると、眉を思い切りしかめた。紙にも男たちの顔写真が一定に並んでいる。だが、その何人かのプロフィールと顔写真に黒いマジックペンで大きなバッテンが付けられていた。


「これは…?」


 俺はそれを食い入るように見つめながら、小さく呟いた。


 俺の視界を覆ったものは、そのバツが付けられている男の隣の顔写真だった。


 ……………。


 ……………。



 見るに堪えないおやじたちの顔写真の中に、花が咲いたような美しい女の姿がある。


 俺は、目を見開いた。


 「この人たち、知ってる。この✕《バツ》は、あいつに殺された被害者たちだ」


 同じく顔写真の紙を目ているのであろう成川さんの震えた声が、聞こえて来た。


 ドクンと、心臓が一度跳びはねた。


 バッテン印しは…。に、ルナたちに殺された人たち…?じゃあ、バツがついてない人たちは…?バツがついてない、この美しい女の顔写真は…。


「ちょっと待って下さい」


 頭に浮かんだ最悪の事態を追い払いながら、俺は必死に成川さんに言った。


「殺された人たちにバツを付けたんだったらっ」


 ドクン。ドクン。


 喋りながら鼓動が早くなる。体が振動するかのような、気持ち悪い感覚。


「付いてない人たちは!?」


 俺は少し声を荒げて成川さんに言い放った。


 そしてまたさっきの女の顔写真に視界を移す。美しい女は茶色い髪を真っ直ぐに伸ばして、大きな目で、小さな写真の中で微笑んでいた。


 その顔で何度見つめられたかわからない。その口で何度名前を呼ばれたかわからない。その体を何度抱いたかわからない…。


 …………。


 ゆりー…。


 美しい女の顔写真の上には、今野ゆり、と書かれていた。


「知らねぇよ。お前がルナを担当してから殺された人もこの中に載ってるだろ。俺の担当してる被害者はこの紙1枚に6人いる。皆、バツが付いてる」


 俺が担当してから殺された人たち…。ゆりが、ゆりが載ってた。


 自分の頭がじわじわと混乱していくのが分かる。


 どうなってんだ。なんでゆりが…?


 書類の束はゆりたちの別荘にあった。ゆりがユハンに殺される前から。存在していた書類。


 わけわかんなすぎて、パニックになりそうだ。だって、おかしいだろ。ゆりたちの別荘に、こんな名簿みたいなのがあって、ルナたちに殺された人たちにはバツ印が付いてて…。


 やっぱり、あいつらと今野家、いや、極秘国は、繋がっていたと言うことか…?


「極秘国サイトに載っていた家の金庫に、何かのリストの束…。もしかしてこれは」


 野村さんは、紙を手にして、静かに呟いた。


「極秘国の運営の名簿」


 成川さんの声。


 俺は、目を見開いて成川さんを視界に入れた。成川さんは、今までで一番険しい顔をして紙を見ている。


 名簿…。


 俺は、再び手に持っている紙へと視線を落とす。紙には、ゆりの顔写真、そして、あゆみの顔写真も載っていた。互いに肩並べて隣同士で掲載されている姉妹。彼女たちの左隣りには、両親の顔写真も載っている。


 今野家が全員載ってる…。確かに、極秘国に掲載されている場所から見つかったのならこれは、簿である可能性は高い。


 今までなんの手掛かりも情報もなかった犯罪組織、極秘国…。その名簿なんざ、とんでもねぇぞ。やばいもの見つけちまったのかもしれない。


「バツ印が付いてるのが、あいつらに殺されてんなら、これは、別のリストでもあるかもな」


 大野さんが言う。


「被害者と名簿を照らし合わせれば、奴らは、極秘国の運営を殺して回ってるって事が証明される」


 野村さんが顎に手を当てて口を開く。


 夜の闇が空を染める中で、俺は、唾を飲み込んだ。


「それが証明されたら、これは、極秘国メンバーの名簿。そして…」


 天音さんが、涼しい顔をして、言葉を言った。


「あいつらの。殺人…リスト」


 俺は、最後に、静かに言った。


 声が震える。いや、声だけじゃねぇ手も震えてる。瓦礫に立つ俺たちが手にしている紙の束は、手も声も震えて来るほど大きな情報だったのだ。


 ふと、風が拭いた。


 俺の髪が、少しだけ、動いた気がした。


 周りを見渡しても、皆に変わった様子はない。


 気のせい…か。ただの風だ。


 妙な風を探すように、俺は夜空を見上げた。


 夜空に浮かぶ月は、俺たちを照らしている。だが、黒い雲が、月を覆って行っていた。まるで、光を蝕むように、少しずつ広がる黒い雲。


 黒い雲が、月を覆い隠して行くほどに、辺りが、少しずつ暗くなって行く。俺たちは、やつらの殺人リストを手に、暗くなって行く辺りに身を委ねていた。


 俺たちが帰る頃には、真っ暗になっていた。


 暗闇の中に佇む瓦礫の山は、俺たちが立ち去る背を見守りながら、静寂を保っている。


 殺人リストを手にした俺たち。この瞬間から、全ての道が閉ざされた事を、俺たちは誰も知らずにいた。


 いつかの未来に、何が、何処から、間違っていたのかと、そんな自問自答日々が来るなんて…。誰も…─。



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