謎編 第四章

第28話 戻らない思い出


✕✕✕ side

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 人殺しをしても、何をしても、手段次第で、それは正義となる事を、知っているか?


 人殺しは悪だと言いながら、戦争で沢山人を殺しても、勝てば英雄と呼ばれる事を、知っているか?


 どんな殺し方をしても、どんなに沢山の人を殺しても。それがと呼ばれる矛盾した正義がある事を、知っているか?


 悪がなければ、正義は、成り立たない。


 矛盾した正義が作り出した世の中の平和は、悪によって作られた事を意味する。


 人殺しが悪であるから、人を生かす事が善である。だったら、人殺しは必要悪だとはおもわないか?


 だから、人は辞められない。だから人は繰り返す。自分達が正しい。自分こそが正義だと、そう嘆くのが人だから。もだ。今日も、明日も、明後日も、俺たちは、殺し続ける。


 何故かって?殺しは必要悪で、正義だからだよ。




───・・・

──・・

─・




鈴木 ゆう side

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 あの時のゆりの顔が頭から離れない。表情を歪ませて俺たちを見ていた、あの顔が、頭から離れない。


 俺は呆然と天井を見上げていた。


 今までも、女と付き合ってて似たような状況なんて沢山あった。あの時は別になんとも思わなかった。なのに、今回は、なんだろう‥。凄くモヤモヤして居心地が悪い。胸騒ぎと言うんだろうか。嫌な予感がしてならないんだ。


 違和感の隅に眠る感情の正体に、なんとなく気付いていた。もう、ゆりは笑いかけてはくれないと思うと、胸が締め付けられるほどの罪悪感に襲われた。


 俺はあのとき、あゆみの誘いを断り続けた。やっても良かった。でも、無理だった。なのに、結末を見るために、あの部屋から出て行かなかった。あゆみの誘いに乗った。そして、ゆりを傷付けた。本当にやったかやってないかなんてどうでもいい。ゆりにとっては、あの光景がすべてなのだから。


 何ヶ月も一緒に暮らして、ゆりとは何回体の関係になったかも分からない。どんなに性格が悪い女でも、なんとも思ってなかったなんて、そんなはずもなくて。


 胸を締め付ける確かな情は、こんな状況になってから自覚し始める。だからこんなにも、後悔するんだろうか。


 あゆみとも顔を合わせ辛い状況になってしまったため、今の時間が退屈でしょうがない。居心地の悪さを覚え、後悔したのは、退屈な時間のせいかもしれない。


 いつもだったら、ゆりが顔を出す。


 そんなゆりの顔をもう見ることはないと思うと、屋敷にいる意味あんのかななんて、思えて来たりした。


 自業自得とはまさにこの事だ。


 ルナはきっと俺が屋敷に来た事で、この状況を望んでいたんだろう。だが今の状況になる事で、彼女が何を望んでいるのかは分からない。何を目的にしているのかも。


 きっと最後には分かるんだろう。俺が屋敷に来たことで、姉妹がこんな状況になる事をあいつが望んでいたのなら。最後は見れるはずだ。お前が求めていたもの。そして、お前が用意している、ゆりたちの結末が。


 もうここまで来たんだ。中途半端に投げ出す真似は出来ない…。部屋から出て行かなかった瞬間から、もう、後悔しても、何をしても、もう手遅れなんだ。


 どんなに悩んでも、迷っても、結局、ルナの手のひらの上で俺は踊るんだろう。お前らが、望む通りに、転がるしかねぇんだろ。あらがう事なんて、きっと出来ない。ごめんな…。ゆり。


♪~♪〜。


♪~♪~♪~。


 聞き慣れた音が、耳に届く。


 今鳴り響く音楽に設定してからどれくらい経っただろうか。


 ポケットで鳴り続ける携帯は、俺が手に取るまでずっと音を出していた。


 携帯を手に取ると、画面には、野村竜一と、示されていた。


 俺は、野村さんの名を見た瞬間、すばやく電話に出た。


「もしもし」


『ゆう、起きてたか?』


「はい。おはようございます」


『天音が、五人についての情報を見つけ出したらしい』


「本当ですか!?」


『あぁ、今すぐ事務所に来い。また会議が始まる』


「わかりました。すぐ向かいます」


 電話を切り、直ぐ様上着に手をかけた。


 呼び出しを受けるなんて…。


 特別機関は、今まで単独で調査していたため、こんな情報交換なんて今までになかった。会議がきっかけで、特別機関のやり方が少し変わって来たように思える。


 なんだか少し感動を覚えた。まぁこんなんで感動すんのもおかしな話しだけど。特別機関一人一人の壁が、少し取れたような気がした。


 上着を着こなして、部屋を出ようと戸に手をかける。


 俺が感動して頬を緩く上に上げた時、対照的な感情が芽生え始めた。先程の胸騒ぎが、一気に押し寄せて来たような気がした。


「…………」


 戸が開いた時に目に映った人物に言葉を無くす。


「…………」


 ゆり…。


 気不味(キマズ)い、とか、やばいとか、そんなんじゃなくて、ゆりの姿を一目見て、言葉を失ったんだ。


 赤く腫れた目は、いつもの半分も開いてない。目の下のくまは、顔の印象を何よりも暗くさせた。無造作に散らばる髪は、腫れぼったい目を所々隠している。


「………」


 ゆりは、俺の顔を見ても何も喋らなかった。


 しばらくお互い見詰め合っていると、ジワジワと自分がしてしまった事の大きさが分かって来る。


 プライドが誰よりも高いゆりには、あの仕打ちは致命傷だった。


 ゆりの笑った顔が浮かぶ。恥かしそうに照れる姿や俺を見る優しい目も、こんな時に頭に浮かんで来る。離れない。その瞬間に押し寄せる感情には、吐き気を覚えた。


 違うんだ。あれは、あゆみが勝手にやった事で、俺はあゆみに触れてもいない。なんて、言い訳ばかりが頭に浮かんだ。


 結末を知るためには、仕方なかった。仕方なかったんだ。あのときあの場所で、俺に出来る事は、あれしか…。


「ごめん」


 絞り出すように一言いう。


 それ以外に口にする事は出来なかった。


 俺の顔を見て呆然と立っていたゆりは、静かに微笑んだ。


「いいよ。ありがとう」


 弱々しく笑う姿は、泣きそうに目を潤ませている。


 ありがとうって…。


 俺は、無意識に、彼女に触れようと、身を乗り出していた。


「ゆり…「ありがとう」


 ゆりは俺の言葉を、行動を遮るように声を強くして言った。


「きっかけをくれてありがとう」


 きっ…かけ…?


 胸騒ぎは、更に加速を増して行く。なんだろう。胸騒ぎの強さに胃が痛くなりそう。


 ありがとうと言う言葉を最後に、ゆりは歩き出した。俺との距離を広めて行く彼女の背中は、消え入りそうに揺らいでいる。


 ゆりの姿を見ながら俺は、追いかける訳でもなく、ただ「ゆり…」と呟くだけだった。


 彼女は、俺の呼びかけに答える事はなく、振り返る事もなかった。


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