第27話 行方不明



天音 美羽 side

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 砂場で遊んでたら、一つの赤い光を見つけた。


 パパはみうが落としちゃった黄色のバケツと真っ赤なスコップを拾いに行ってる。パパに早くって言おうとしたけど、揺らめく赤い光に意識を奪われた。綺麗だなぁ。赤い光はゆらゆらと定まらない方向に揺らめきながら少しずつ遠ざかって行く。まるでみうを誘うように。


 みうは紅の小さな光に感動すら覚えていた。


 触ろうと手を伸ばしたら、悪気なく躱(カワ)す小さな光は、まるでパパみたいだなって、揺らめく赤い光は少しずつみうから遠ざかって、公園の外へと流れてしまった。


 待って!


 みうは立ち上がって赤い光を追いかけた。


 あの綺麗な光を捕まえて、ぱぱにプレゼントしよ! 


 公園の外はいつもママと散歩してる道のりで、それを知ってるかのように赤い光も少しずつ進んで行く。


 走らないと見失っちゃう!みうは赤い光目掛けて走り出した。


 どれくらい走っただろう。いくら走っても走っても、赤い光との距離は縮まることを知らず、掴めそうな距離なのに、決してみうに触れさせようとはしなかった。


「う…」


 なんだか凄く悲しくて、視界がなんだかぼやけて来る。


 あれ…?ぼやけた視界で、なんとなく辺りを見回した。ここ、何処…?


 目の前にはお店が沢山並んでおり、暗くなった辺りを満面なく照らす光が生まれていた。


 みうは今カタカナの勉強をしているから、一つのお店の看板が目に焼き付いた。ク、ラ、ブ…?


 他にもぎっしりお店やビルが敷き詰められている。後は漢字とか英語だから読めない。


 辺りは人が沢山いた。スーツを来てゲラゲラ笑っているおじさんや、派手な髪色をした綺麗なお姉さんたち。誰もみうに見ぬきもせずに、笑顔で通り過ぎて行く。


 う…。また涙が出て来た。迷子になっているのだけは分かる。みうを導いた赤い光も見失ってしまった。


「う‥ぁ」


 みうは泣きながらとぼとぼと歩いた。


 ぱぱに会いたい。みんな一度はみうを見るんだけど、誰も話し掛けてくれなかった。


「………」


 もしかしたらもう帰れないのかもしれない。ぱぱとかままにもう会えないかもしれない。


 すごく不安になってみうは泣きながら夜の街を一人で歩いていた。


 ドスッッ。


 鈍い音がした。美羽は目を擦りながら歩いていたため、周りの景色が見えていなかった。軽く誰かにぶつかって足が止まる。


「ヒク…」


 美羽はポカーンとして、泣き止んだようにキョトンと上を見上げた。


 長身の男は、美羽を見下ろしているのが分かる。でも暗くて顔がよく見えない。

 

 あれ、この人、見たことある。会った事ある、気がする。でも、思い出せない。


 そんな美羽に、顔が見えない男が、小さく口を開く。


「……おまえは…天音の」


 地獄の底から響くような、低く迫力のある声だった。


 美羽は、目をまん丸に見開いた。目線は彼の顔ではなく、に移動されて行く。


「て、まっかっかだよ」


 みうは言った。


 お兄ちゃん、手が、赤いんだよ。絵の具みたいに。


「…………」


 お兄ちゃんは、無言でみうを見て、歩き出した。


 手を洗いに行くのかな?手に何か付いたら、洗いに行くよね。みうもいつもそうしてる。ままに、洗えって言われるし。


「なんでそんなくらいかおをしてるの?」


 みうは目の前の赤いお兄ちゃんに聞いてみた。


 だってね。何も喋らないんだもん。


 お兄ちゃんは何を言う訳でもなく、ただ前に向かって歩いて行った。みうはその背中に小走りで着いて行く。


「お前こそ何で着いて来んだよ」


「え?」


 急に話掛けられてびっくりした。


 キョトンとした顔で見詰め返すと、一瞬お兄ちゃんと目が合ったが直ぐにらされてしまった。


 だって、お兄ちゃんがみうに話掛けたの、今が初めてだったから。


「えっと。えっと」


 みうが下を向いて考えているのを、お兄ちゃんは黙って聞いてくれていた。


 誰もみうの事気付いてくれなかった。でもお兄ちゃんは気付いてくれた。誰もみうに話し掛けてもくれなくて、見ようともしてくれなかった。でもね、お兄ちゃんは、みうを見詰めて話掛けてくれた。凄く嬉しかったんだよ?でも、なんて言えばいいのかな?


「えっと。みうね! だれもいなかったから、お兄ちゃんはいたから、うれしくて」


 みうは頑張ってお兄ちゃんに伝えようとした。


「は…?」


 でも、全然伝わらなくて。


「みううれしかったの─!」


 なんて言葉にしたらいいか分からなくて、なんだか涙が溢れて来た。


「ふ、ふぇ」


 みうは一人で泣いちゃってお兄ちゃんは無表情にこちらを見下ろすだけだった。


「お前父さん好き?」


 降って来た。たった一つの言葉。その言葉を聞いて、頭にパパとママの顔が浮かんだ。


 パパ…ママ…。


「みうパパすき! でもみう、まいごになっちゃったからもうパパにあえないよ」


 抑えられない不安感と涙で、みうは只管ひたすら泣き続けた。


「うわーん」


 綺麗な顔をしたお兄ちゃんは、みうの姿をただ見下ろすだけだった。


「………」


 …………?


 潤んだ視界に映る大きな手。お兄ちゃんが無言で差し出す手は、みうの体をすんなり持ち上げた。その瞬間、急に視界が真っ赤になった。


 あれれ…?目を開けているはずなのに。急に変わった視界に涙が引いて行くのが分かる。広がるのは、赤一色で…。


 少しずつ頭がボーッとして来た。なんだか、すごく眠い。


 みうは赤いお兄ちゃんの腕の中で、ゴシゴシ両手で目を擦った。


「うー」


 お兄ちゃんの胸に顔を埋めて、静かに目を閉じた。


 意識が遠退いて行くのは、あっというまだった。




────・・・

──・・

─・




天音 直樹 side

――――――──────────────


 美羽が…。


「だからちゃんと見ててって言ったのに!」


 杏は俺に怒鳴って来た。


「悪い…」


 俺はただ下を向くしか出来なかった。


「探しに行きましょう」


 杏は落ち着いた口調で言い、玄関に向かって歩き出した。


 俺も美羽を探そうと外に出る。


 くそ…。今頃美羽は寂しいと泣いているかもしれない。まま、ぱぱって、呼んで泣いてるかもしれない。変な人に着いて行っているかもしれない。疲れてお腹が空いて泣いてるかもしれない…。


 くそ…。


 くそっ!


 ただただ自分に腹が立った。


 そんな姿を想像すると、いてもたってもいられなくなった。


 俺たちは二人別々の道へ向かい、小走りで前に進んだ。


 一晩かかってもいい。町中を駆け回ってでも美羽を探し出す。


 杏と俺はそれぞれ別々の道に別れて探していた。


 あの公園から少し歩くと大きな飲み屋街に入ってしまう。飲み屋外に美羽が流れ込んだら、見付けるのが大変だ。思い付く限りの所をすべて回るしかない‥。


 俺は街の方へと向かった。杏はご近所回り、美羽を見ていないかと聞きに行っている。


 俺が探し回っている飲み屋街は周りを見渡しても人ばかりで…。小さな美羽を見付けるには気が遠くなって来る。


「美羽…」


 俺は周りを見渡しながら無意識のうちに我が子の名前を呟いていた。


「何処行ったんだよ…」


 最悪の事態しか頭に浮かばない…。思えば思うほど焦りで手が震えて来る。このまま、見つかなかったらって。


 震える手をポケットにしまって、俺は人混みの中の人の多さに途方に暮れた。


「ねー今何してンの?」


 周りをキョロキョロしながら歩いていると、派手な女に話掛けられた。彼女をシカトしながら只管ひたすら辺りを見渡す。


 美羽…。何処にいんだよ。


「かっこぃぃね! モテルでしょ?てか無視しないでよ─」


 女を無視して歩き始める俺の横に、彼女はりずにまだ着いて来る。


「……小さな子供見なかった?」


 俺は彼女の言葉を返す事なく自分の質問だけをポンっと送りつけた。


「ん?子供?」


「いなくなって…。探してるんだ」


 女に目を合わせる事なく言った。


 彼女は横でしばらく黙っている。


 ちらりと彼女を見ると、露出度が高い服に、濃いメイクが目に映った。いかにも軽そうな女って見た目だ。


「………」


 彼女は考え込む姿勢をしてしばらくだんまりになってしまった。


 考える必要ないだろ。見たか見ないかを聞いてるだけなんだから。そんな事を思って、もう5分くらいたったのだろうか。いやまだ一分くらいかもしんないけど。時間が異様に長く感じた。焦りのせいだろうか。


「ぁあ! 子供ね」


 彼女は思い出したかのように俺の言葉を遮った。


「知ってるのか!!?」


 俺は声を荒げて彼女の肩に掴み掛かった。


「…………」


 彼女は驚いたように目を丸くしている。


「あ、ごめん」


「大丈夫。子供なら、さっきあっちで見掛けたけど?」


 彼女は指をさして答えてくれた。


「ありがとう」


 俺は礼を言いながら彼女が指を指した方向に走って行った。


 しばらく走って辺りを見渡しても、やはり見つかるはずもなくて…。


 あの女、適当な事言いやがったな。


「くそ、いねぇじゃねぇか」


 俺は走っていた足を止めて、また歩き出した。


 周りは皆笑顔で通りすぎて行く。見つからない憤りに俺一人途方に暮れていた。


 ガチャ─ン!!!


「!!」


 何かが壊れる音が聞こえた。音のした方に目を向けると、若い男同士が喧嘩をしていた。多分二人とも酒に酔ってるんだろう。


 こんな野蛮なところに、美羽が一人で彷徨っているかもしれないと思うと、いてもたってもいられなかった。


「美羽…」


 自然と出て来る呟きに、ただ呆然と辺りを見詰める事しか出来ない。


 プルルル────…。


「………?」


 携帯か…。


 携帯を見ると、画面にあんと表示されていて、俺は急いで電話に出た。


「もしもし杏!?」


「直樹!」


「ごめん、こっちはまだ美羽見つからない」


「違うの! 聞いて」


「美羽が見つかったのか!?あ『見つかった!』


「ホントに…?」


『えぇ』


 美羽が、美羽が見つかった。


 一気に気が抜けて、俺はその場にしゃがみこんだ。


 よかった―‥。


 何人かこっちを見て変な顔してるけど、そんなのもう関係なかった。良かった…。その言葉でいっぱいだった。


「よかった。美羽は?」


『ええ。ホントによかった。でもね直樹、変なの』


「変…?」


『えぇ、美羽家の前で、倒れてたの』


 家の前で?まさか、誰かになんかされて…。


「今すぐ帰るから」


『えぇ』


 杏の不安そうな声を胸にしまって電話を切った。


 俺はしゃがみ込んだ足をもう一度立ち上がらせる。


 なんだか奇妙な。でも、不思議と、嫌な予感はしなかった。


「杏!」


「直樹。おかえりなさい。大丈夫…!?」


 走って帰って来たせいで汗塗あせまみれの俺に驚いたのか、杏は心配そうに駆け寄って来て汗を拭いてくれた。


「ありがとぅ」


 俺は小さく礼を言う。


「うん。なんかね、ご近所さんに回って聞いて、一回家に帰って来たの…。そしたら、家の前で美羽が倒れてて」


「………」


 俺は無言で杏の話を聞いていた。


 杏が言うには美羽は今、眠っているだけだと。


 杏に連れられて、美羽の寝室に行ったが、彼女の体を見ると乱暴されたような傷はなさそうだった。


 誰かが美羽を家まで連れて来てくれたのだろうか。美羽一人で家まで来られたと言うのなら、着いた瞬間爆睡なんてそんなことはしないだろう。


 杏と二人で美羽の寝顔をただ見ていると、なんでだろう、美羽が微笑んでいるように見える。


「直樹?美羽は私が見てるから。もう寝たほうがいいよ。今日は疲れたでしょ」


 杏は優しく俺に言った。


 杏も不思議に思う点や奇妙に思うふしも何かしらあるのだろう。少し不安そうな声で言う。


「大丈夫。ありがとな」


 俺は静かに返事を返して、杏と一緒に美羽の寝顔を見守った。


 ホント、よかった…。


 今は不思議な点よりも、安堵感の方が大きい。


「ふ」


 美羽が目を擦って「あれぇ?」と言って、目を覚ました。


「パパ! ママ!」


 美羽は俺たちの顔を見ると嬉しそうに飛び付いて来た。


 杏も俺も先程までのモヤモヤ感も忘れ、無邪気すぎる行動に二人で思わず苦笑してしまった。


 杏に抱かれている美羽は不意に思い出したように「あれ?おにぃちゃんはぁ?」と言った。


 お兄ちゃん?


「美羽?」


 俺が不思議そうに美羽を見ると、美羽はキョロキョロして辺りを見渡していた。


「まっかなおにぃちゃんいなくなっちゃった」


 美羽が少し残念そうな顔をして、小さな体で小さなため息を吐いた。


「美羽?真っ赤なお兄ちゃんって?」


 杏が優しい口調で言う。


「んとねー! まっかなてをしたおにぃちゃん! みうをいえまで、つれてきてくれたの」


 真っ赤な手をしたお兄ちゃん?


「そいつ声…」


「おにぃちゃんこえひくかったよー! ずっと、むひょうじょうだったの! でもみうおにぃちゃんにつれてきてもらった」


 声が低くて、無表情、真っ赤な手?


 美羽を見かけて、誰かが、ここまで送り届けてくれた。美羽が俺の娘である事も、家まで知ってる、そんな声が低くて無表情な男が…。


 何故か俺は、一人の人物の顔を思い浮かべた。


「そっか。よかったわね」


「うん!!!」


 俺は二人の姿をただ漠然と見ていた。


 マテオ、もしお前なら…。お前に一つ。


「ママーパパー大好き!」


 借りが出来た。

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