第24話 くまの便箋
屋敷に来る事になったのはくまの便箋からルナも知っていたはずだ。何で知っていたかは問題じゃない。
殺されるー…。だから俺は屋敷にボディーガードとして来た。なのに、俺が来てから一度も何もなく平和に過ごしてるとはどういう事だ?
命を狙われてるー…。俺が来てから一度もそんな事態は無い。なのに二人の姉妹は、何も起きない事を気にも止める様子もない。狙われていると言う状況を、口にもしなければ話題にもならないんだ。
何かおかしくね…?
もしかしたらゆりが暇潰しに呼んだだけかもしれない。あいつの性格なら充分にありえるし。ゆりが暇潰しで俺を呼んだのなら、何も起きない違和感に、姉妹揃って口を開かない理由も分かる。
そうだ。ゆりの気分で今の状態になっているのなら納得は行くんだ。
二つの点を除けば。
ゆりが暇潰しに呼んだのなら、このくまの便箋の説明がつかねぇ。
俺を自宅ではなく屋敷で目覚めさせた。ルナが何かしらの形で俺が屋敷にいる事に関わってるのは確かな事。だけど俺は、命を狙われてると言われて、俺は屋敷に来た。くまの便箋のためじゃなく、それで屋敷に来たんだ。
もしかしたら、ルナが、俺を屋敷に呼び寄せるために、姉妹たちの命を危険に
だが、何もない。何も聞かれない。
どういうことだ?
二人の姉妹、なんかあるな。
ルナが俺を屋敷に呼んだのも、多分俺に何かをして欲しいんだ。
「ゆり」
俺は誰もいないはずの部屋に呟き掛けた。
先程からドアの向こうで音がする。
バレてねぇとでも思ってんのか?
「えへへ」
ゆりは恥ずかしそうに戸をちょっと開けて出て来た。
ゆりの姿に何の感情も沸かないまま、頭は疑問で埋め尽くされる。
変な疑問だらけでおかしくなりそうだ。片付けられる点は早めにもぎ取っておきたかったんだ。
「こい」
俺はゆりに優しく言った。
今から聞くゆりへの問いが、もしまた新たな疑問を生むものだとしても…。
ゆりは綺麗な足首を床にペタペタと音を鳴らしながら俺に近付いた。
「ゆり、聞きたい事あんだけど」
「なに?」
ゆりは甘ったるい声で呟くように言う。
「殺されるって言って俺がボディーガードになったよな?」
「え……」
ゆりは下を向き、少したってからうんと答えた。
これは…。こいつ何か隠してるな。
「ゆり?別に怒んないから。知りたいだけなんだ」
俺はゆりの顔を覗き込むように優しく言った。
「えっと…」
ゆりは戸惑うように目を泳がせていた。
「ゆーり」
俺は気が抜けるようにふざけて名前を呼んだりしてみる。
案の定ひっかかって「実は」と、ゆりが話始めた。
こいつ、バカだ。
「友達に、言われたの。私の両親の時の事件の担当、その人、凄くかっこいいって有名だって。ボディーガードでも頼んじゃえば、また来てくれるんじゃない?って言われて…」
「それで殺されるって嘘吐いた訳か」
「うん…。ごめんなさい」
ゆりは申し訳なさそうに頭を下げた。
まだだよ。まだだ。まだ終わってない。
何でお前の友達が、俺がゆりの両親の事件の担当者だったことを知ってんだよ。
「友達に言われたのか?」
「友達って言っても、ネットのだけど」
「ネット?」
「うん。ネットでやり取りしてる子がいて、その子に言われたの」
ネットの友達?だったら…。
「会った事は?」
「ない。顔も知らない。文字だけ」
だよな。
「でも、毎日やり取りしてるよ」
ゆりは、笑顔を浮かべて言った。
だったら、
「へぇ」
「名前はルナちゃんって言うの。もう、やり取りして何年になるかなぁ」
…………。
ルナ、ね。
やっぱり、やっぱりこの名前が出て来る。
俺がどんなに目の前の謎を片付けようとしとも、モヤモヤを一つでも解決しようとしても…。こうやって晴れる前に行き詰まる。どう足掻いても、最後はやっぱりあいつに行くんだ。
これで、結び付いた。姉妹が何も起きないことに違和感無く過ごして来たのは、殺されるって言うのが、嘘だったからだ。ネットの友達、ルナに言われるがままにゆりはまんまと屋敷に俺を呼び寄せた訳だ。
ルナと言う人物が、俺の知るルナなのかどうなのかは分からない。でももう、偶然なんて、思わなかった。俺を屋敷に連れて来て、ルナが何を望むかは今だに分からないが。
「怒ってるの?」
急に黙った俺を心配そうに見詰めるゆり。
「いや…」
俺はゆりに静かに言った。
ルナに行き着いただけでも進歩だろうか。あとは、屋敷に俺がいる事で、姉妹がどういう結末を迎えるか、見届けるだけ、か。ルナがなぜ俺を呼んだのか、分かる時が、来る。
お前らの先を見た時、やっと分かるんだろう。ルナが用意している、真実への入り口が。
それにしても、なんか考え過ぎて疲れた。
もう、毎日毎日、悩んでも悩んでも、ルナに行き着き行き詰まる。
さすがに、疲れて来る。
なんか疲れすぎて、ゆりに出て行けって言うのも面倒臭い。一つの事実が浮かび上がると、気が抜けたようにやる気がなくなる。身体が疲れている訳ではない。疲れてんのはどこまでも使えねぇこの頭だ。
「ゆり…」
俺は、横に座る彼女の肩に頭を乗せた。
ゆりが俺に寄り添うように体を密着させる。こうして、始まって行くんだ。ゆりとの、なんの意味もない快楽のみの、空虚な時間が。
ゆりの手が俺の首へと伸びて来る。俺は、何も言う事なくそれを受け入れた。
心の中で考える。コレが俺がここですることなのかと。
ゆりの顔が近付いて来た時、ある光景が、ふと浮かんだ。浮かんだのは、あいつらの怯えた顔やルナの小さな震えた体。
触れたらまるで壊れてしまいそうで。
「ゆうー」
溜めた涙は溢れるばかりで、決して目の前では笑ってはくれなかった。
「ん…」
浮かんでは消え、消えては浮かんで
「ゆう。あ…」
浮かんだのは姿じゃなくて、消え入りそうな最後の言葉。
ごめんなさい─。
「───っ」
「きゃっ!」
咄嗟に浮かんだ美しい顔は、俺の神経を狂わせた。
「な、に」
ゆりは驚いたように俺を見上げる。
気付けば彼女を突き飛ばしていた。自分でも何でこんな行動に出たのか分からない。
「…………」
ゆりも俺も息切れをしていて、お互い何も話そうとはしなかった。
俺はベットに座ったままで、ゆりは床に腰を下ろし、ただ呆然と俺を見上げていた。
「………っ」
彼女の顔が密かに歪んだ。
「突飛ばされたのなんて…」
彼女は悔しそうに、小さく呟いた。
先程までの甘ったるいゆりはもういない。高すぎるプライドは、歪んだ顔と一緒に少しずつ表に溢れ出していた。
「わるい…」
俺はゆりの目を見ないで呟いた。
俺の言葉に答える事なく、ゆりは服を掴んで裸のまま出て行った。小走りに走り出すゆりの姿。この場から逃げたくなった思いからだろう。
戸が勢いよくバンッッ!と閉められる。
その音がやけに耳に響いて。
「あーくそ」
俺はそのままベットに横になった。
………。
やっちまった。
後悔だけが頭を駆け巡る。ゆりの歪んだ顔が頭から離れない。
プライドを傷付けたことは、屋敷で暮らすには致命的に思えた。彼女はきっと俺を追い出すだろう。屋敷の中では、彼女が中心で回っている。
今追い出されたら、何も分からないまま終わってしまう。そんな気がする。
「謝りに行くか…」
俺は上着を持って、ゆりの部屋に向かおうと自分の部屋を出た。
「あらたくとさん」
廊下に出るやいなやお手伝いさんの人に話し掛けられる。
軽く会釈して彼女の横を通りすぎた。にこやかな笑顔を作ったものの、心境は重い足取りに表れる。進んでも進んでも、同じ光景が繰り返される廊下。
歩いて行くと、ようやくゆりの部屋が見えて来た。
広すぎだろ。あゆみとゆり何でこんなに部屋が遠いんだ?まぁ別に今気にする事じゃねぇか。
コンコン。
戸を叩いて「ゆり?」と呟く。
返事は帰って来る事はなく、ため息混じりに「入るぞ」と一声言ってドアを開けた。
「は?」
「げっ」
「「何でいんの」」
声が重なって、女の声と俺の声は綺麗にハモった。
目の前には金髪のフランス人形のような品格の持ち主がいた。
黙っていればゆりを越える美しさ。
「お姉ちゃんならいないけど。出てってくんない?」
黙ってれば ね。
俺は目の前にいるあゆみに目を奪われていた。何か雰囲気が変わったような気がする。自信が無さげで、ゆりの存在に揉み消されていたあゆみ。今では自信に満ち溢れているような…。
金髪な髪はいつもと違って、腰下くらいまである長さが丁寧に巻かれている。顔は綺麗に化粧されており、姿だけ見ると、絵に書いたようなどっかのお姫さまだ。
綺麗なパジャマは、気品の色を放ち、だらけた胸元からは形の良い谷間が見え隠れしている。細くも太くもない太ももは地面に向かってスラリと伸びていた。今の姿のあゆみは、ゆりが横に並んでいても決して負けないほどの魅力が生まれていた。
「やっぱさぁ」
無言であゆみを見ていると、彼女は妙な事を口走る。
「ゆうってかっこいいよね」
「は?」
眉間に
いやいや。お前そういうキャラだったっけ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます