謎編 第三章

第23話 目覚めた場所で



 ゆ───…。


 ゆう───?


 ねぇ、ゆ──う?


 うるせぇな。今寝てんだよ。


 ──起きてたよぉ、ゆう。


 うるせぇんだって。誰だよ。まだ寝ていたいのに…。


 光る朝日に目が痛んで来る。


「ゆう?」


 ゆりか…。


 聞き慣れた声に反応することもなく、俺は目を開けようともしなかった。


 疲れてんだよ。寝かせろって。


 胸が苛々と鼓動を打ち始めた。


 こういう時って、ホント、女がうざくてしょうがない。


「ゆう、起きてよぉ」


 ゆりの酷く心配そうな声が耳に届く。


 あれ…。


 俺どうしてここにいるんだ?どうやって帰って来たっけ。


 昨日は確か…。特別機関の皆と会議してて、途中で犯人が乱入して来て、みんながパニック起こして、やっと落ち着いたと思ったら、光で目が開けられなくなって…。


 で?


 何で俺はここにいるんだ?


 薄く目を開けると、朝日を確認する前にゆりの顔が飛び込んで来た。


「ゆう、おはよぉ」


 何時にも増して甘ったるい声は、もう最近の習慣になって来た。


 俺は、急に現実に引き戻された感覚に、ただ呆然とするしかない。


 何年も追って来た犯人たちが、昨日まとめて現れた。そんな夢みたいな光景は、いつもの朝を目の前にすると現実味を帯びない。


 ゆめ、だったのかもな。


 寝起きの頭でボーッと考えた。


 本当に、夢だったのか?


 意識がはっきりしない中、俺はゆりを無視して携帯を取り出した。


「もう! ゆう!」


 ゆりは隣でプンプンと怒っている。


 コイツは後で適当に言っとけばいいとして。


 プルルルル。プルルルル。カチャ。


「もしもし野村さん?」


 今は、確かめる方が先決だ。


「ゆうか。今皆からも電話来たとこだ」


「みんなから?じゃあ…」


「あぁ。特別機関メンバー全員、同じような状況になってる」


「同じような状況?」


「昨日の帰った記憶がない」


「じゃあ、朝起きたら家にいたってことですよね?」


「あぁ。大野なんか夢かと思った! とかさ」


「はは。大野さんらしいですね。俺もそれはちょっと思って─…」


「どうした?」


「………。皆自宅で目覚めたんですよね?」


「あぁ」


「俺が今いるのは自分の家じゃありません」


「………。例のボディガードの家が?」


「はい」


「あまり気にすることでもないと思うが。だがやつらは─…」


「残してくヒントが細かい所にあるってことですよね?」


「あぁ」


「用心して生活します」


「そうだな。また何かあったら連絡よこせ」


「わかりました。では失礼します」


 野村さんとの電話を終えて少し間を置くと、通話は切れた。


「電話終わったぁ?」


「あぁ。なっ」


 携帯を側に置くと、ゆりは俺を押し倒して来た。


 またも苛々と鼓動が早くなる。まだ、考えなきゃならねぇ事が沢山あるのに。こいつさっきの電話聞いてなかったのか?


「ゆり」


 俺は覆い被さるゆりを出来るだけ優しく退けた。


「もぉー!」


 ゆりは膨れっ面になっている。


 こっちのセリフだっつーの。空気読めよ。


「後で来い」


 一言ゆりに言って机の椅子に移動する。


 ゆりは黙ってドタドタと大きな音を立てながらドアに向かって突き進んで行った。怒ってるアピールか?心で苦笑しながら、ゆりの姿を見送った。


「ごめんなさい、か」


 椅子に腰を下ろして背凭せもたれれに寄り掛かる。首だけだらんと上を向いて、俺は一人昨日のルナの言った言葉を思い出していた。


 俺はあのとき、初めて人を撃った。何の躊躇ためらいもなかった訳じゃない。躊躇ためらいはあった。だが、ルナに銃を向けた瞬間から彼女が敵であることが当たり前になってしまっていたんだ。今までは"敵"だなんて思わなかったのに。


 特別機関メンバーみんな思っていたはずだ。敵じゃない、と。なのに、犯人である事の疑いから確信へと変わった瞬間から、敵味方に関係性が変化したんだ。


 成川さんがオリバーに銃を向け、野村さんがルーカスに銃を向けたように、俺も、彼女に銃を向ける事が当然であり、担当者の役目だと思っていた。


 人との関係性は、一瞬で変化する。


 いくらルナが可愛くて美人で、いくら俺は女たらしでも、そんなの関係なかった。彼女は不思議な力を俺に向け、俺は彼女を銃を撃った。


 …………。


 俺が撃った後、ルナすげー痛そうだった。どうせ逃げられるなら、撃たなくても良かったんじゃねぇかな。


 それに、俺の体に氷が張り巡らされたのもマテオが天音さんの腕を黒焦げにしたのも、あいつらは殺す為じゃない、ただ逃げる為だけにやってた。


 逃げるための攻撃だと知りながら、俺たちは簡単に彼らの身体に弾丸を浴びせた。ルナたちは俺たちを殺さないように、警戒しながら力を使っていたのに。

 

 逃げるためだけの行動だった事実を無視し、俺達は正当防衛として、彼女たちに銃弾を放った。


 ルナたちの、非通な怯えた顔が、怒りに満ちた声が、頭から離れない。あいつらがあんなに怯えてパニックになったのは、ルナが血まみれで倒れる姿を目の当たりにしたから。あいつらが、ああなってしまったのは、全部自分のせいなんじゃないかって思えてしまう。


 いくら、犯人だと確信していたとしても、女の体に何発も銃を撃つなんて、全然いいもんじゃない。むしろ最悪だ。なんか、加害者になった気分だ。


 ただ、一つだけ、分かった事がある。


 彼らは何かに怯えていた。そして、怒りも覚えていた。


 精神を保てなくなる程に、に怯えていたんだ。


 ルナたちはただ人殺しをしてるんじゃない。五人共通の、何かのがある。そしてを、俺たち特別機関に伝えようとしている。


 でも、あいつらは教えてはくれない。レールだけ引いて、ヒントだけよこして、あとは眺めてるだけだ。どうやって知れっつんだよ。


 分かって来た事はあるのは確かだ。だが問題はここから先の話だ。


「あ"ー」


 何をどう調べればいんだよ。


 やる気のないため息を声に出して、なんとなく綺麗な室内を見渡した。


「俺の部屋とは大違いだ」


 苦笑混じりに独り言を言ってみたりする。


 …………。


 …………。


 …………。


 あれ?


 何か…忘れてねぇ?


「………っ」


 腰掛けていた椅子から勢い良く立ち上がった。勢いが付きすぎて椅子はゆっくりと後ろに下がって行く。


「手のひら」


 ふとよぎった言葉をポツリと漏らした。


 そうだ。今考えなきゃいけなかったのはそんな事じゃなかった。特別機関全員、朝起きたら家にいたんだ。自宅に帰されなかったのは俺だけだ。


 おかしくないか?


 まぐれかもしれない。俺がずっと屋敷に暮らしてるからって理由なのかもしれない。だが偶然で片付けるには、くまの便箋の存在の謎があまりにも大きすぎた。







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