第25話 壊されるプライド




ルナ side

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「たく」


 ゆうくんは戸惑いながらいつもと違うお人形さんを眉をしかめて凝視しています。


 お人形さんはゆうくんの目の前まで辿り着くと、彼の後ろにある戸に手を掛けました。


 カチャ。


 静かに響いた音はドアの鍵を閉める音です。


「…………」


「だめ?」


「…………」


 ゆうくんはお人形さんの目から目線を逸します。


 ゆうくんは考えているのでしょうか?どうすればいいのか。どうするべきなのか。


「いいじゃん」


 小さなお人形さんはゆうくんを見上げて声を甘く出します。


「お前おかしい。部屋戻るぞ」


 それに騙されないのが、数多くの女を騙して来たゆうくん。


─でもね?


「我慢出来ない」


 お人形さんは色っぽくゆうくんを見上げて言います。


─でもね?


 復讐を誓った彼女の前では、抵抗はすべて無駄。


 ゆうくんは、戸惑うを隠せず、お人形さんから距離を取るように、一歩後ろに下がります。

お人形さんは、構わずゆうくんに近付いて行きました。


 お人形さんが手を伸ばし、ゆうくんに触れました。


「やめろ、戻るぞ」


 ゆうくんは、お人形さんを払い除けて、部屋から出ようとしました。それでも、お人形さんは、諦めません。


 彼女が、ゆうくんの腕を掴みます。そして、彼を押し倒します。


 ゆうくんの心情なんて、どうでもいいんです。彼が拒絶しようが何しようが、関係ないのです。


 ベッドで、ゆうくんに覆いかぶさるお人形さん。


 お人形さん、これで、始められます。復讐の幕を、これでようやく上げられます。


 そうすべては、ここから始まります。


 ゆうくんはしばらく抵抗していました。ベッドからお人形さんを払い除け、立ち上がったりしていました。でもすぐにお人形さんに腕を掴まれて、彼女の側に引き寄せられてしまいます。


 お人形さんの悪戯にゆうくんはゆっくりと手を染めて行ったのは、それからしばらくがたってからのこと。


 やっと観念したのでしょうか。これは、お人形さんの執念の勝利です。でもきっと、彼の事だから、真実を知るためなのでしょうが。


 お人形さんは復讐を実行するためにゆうくんを利用します。ゆうくんは真実を知るために、結末を見るためにお人形さんを利用します。


 そうすべては、ルナの、手のひらの上での出来事。






あゆみ side

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 薄く目を開けると、整った顔付きが目に映る。


 ベッドに横たわる彼の姿。あゆみは、悪戯混じりに笑った。


 ゆうは嫌がってるけど、そんなのどうだっていい。お姉ちゃんを傷付けられるなら、なんだっていい。


 お姉ちゃんの部屋でゆうを襲うなんて、前なら戸惑っていただろうけど、今は楽しくて仕方がないんだ。


 考えれば考えるほど、体が熱くなり鼓動も早くなる。


 あゆみは、大人しくなったゆうの首に腕を回した。そしたらゆうもあゆみの腰に手を回して来た。


 最初は抵抗してたゆうもここがお姉ちゃんの部屋だなんて、今では盛り上がって興奮する材料にすぎなかった。


 なんでこの人がお姉ちゃんのなんだろうって、少しだけ、やきもちを妬いた。


「はい。終了」


 あゆみの肩に手を回したゆうは、あゆみをぐっと持ち上げるようにして、言った。


 ゆうものって来てくれたのかと思ってたあゆみは、目を丸くした。


「もういいだろ。充分だ」


 ゆうは、それだけ言って、またあゆみを押し退けてベッドから立ち上がった。


 なんで、なんでのらないの?ゆうなら別に抵抗なさそうって勝手に思ってた。お姉ちゃんを本気で好きとか?


 むかつく。本当に、むかつく。ここで終わらせるなんて、出来ない。だって、もう少しで─…。


「ゆう」


 あゆみが呟くように言うと、戸に向かって歩いてたゆうが、立ち止まってこちらを向いた。


「おい…」


 ゆうは、驚いた顔してた。


 そうだろうね。急にあゆみが、服を脱ぎ始めたんだから。


 あゆみは、服を脱いで、全裸になった。


「見たくないの?この先、どうなるか。結末を」


 あゆみは、言った。


 あゆみたちが、これをして、この先、どうなるのか。あゆみの復讐を、結末を、見たくないの?


 ゆうの目の色が、変わった。何処か、迷いが、消えたかのように見えた。


 ガチャガチャ!!


 一瞬二人の動きが止まる。


 ドアノブをひねる音がしたのだ。だけど鍵かけたし、開くはずはなかった。


 お姉ちゃんだ…。どうしよう。


 いざお姉ちゃんを目の前にするとやっぱり弱気になってしまう。


「またあゆみ?さっさと鍵開けなさいよ」


 面倒臭そうな冷たい声が聞こえて来た。


 でも、決めたんだよね。って。


 あゆみはゆうの首に腕を回して「続けよ」と言って、ベッドに誘導した。


 彼の中で、何かが変わったのか。抵抗する事なく、あゆみに誘導されるまま、ベッドに行くゆう。


「あっ」


 あゆみはベッドに横たわり、ゆうも、あゆみに覆いかぶさるように来た。


 二人の理性が静かに飛んで行く。


「ちょ…。何して」


 お姉ちゃんが戸の向こうで戸惑ってる。


 頭がおかしくなりそうになる。


 お姉ちゃんの戸惑う声なんて「ちょ、ちょっとあゆみ! 出て来なさいよ! ゆう!?」あゆみにとっては快楽の一部にすぎない。


 あゆみの上に乗ってるゆうは、別に何をするわけでもなく、驚くほど無表情であゆみを見ていた。


「ふざけないで! 開けてってば!」


 お姉ちゃんがパニックを起こしてるようで叫びながらドアをバンバンと叩いている。


 お姉ちゃんの声は、押し潰されそうな不安感、屈辱感で泣いてるように思えた。


 それでも、あゆみもゆうも、部屋から出る事はなかった。


「ゆう!?開けて!!!」


 二人とも、お姉ちゃんのプライドを壊す程の冷徹さは、充分すぎるほど持っていた。


 ドン!!ドン!!


 お姉ちゃんは本当におかしくなったのか、狂ったように「ちょっと!やめて!!」と叫びながら戸を叩いていた。


 お姉ちゃんは今までに一度もプライドを汚された事なんてなかった。周りから大切に大切にされて、甘やかされて育ったんだ。だから、こんなのは初めてだよね?


 あゆみから恋人も家族も奪ったお姉ちゃん。絶対に許さない。


 ガッチャーーン!!


 え…?


 凄く大きな音がしてドアの方を見てみると、涙でぐちゃぐちゃになったお姉ちゃんが立っていた。


 戸、壊しちゃってるし。


「…………」


 お姉ちゃんはベットに横になっているあゆみたちを見て、先程までの怒りは嘘のように呆然と眺めていた。


 ゆうは服着てるけど、あゆみは裸だし、はたから見たら、やってたように見える。


 お姉ちゃん、まるで夢でも見てるような顔だ。


「ふ…ざけなぃで」


 お姉ちゃんが弱々しくこちらに歩いて来る。


 お姉ちゃんは悲痛に顔を歪めてあゆみを見ている。


 彼女からしたら、意味が分からない事ばかり。なんであゆみとたくとが自分の部屋でこんなことになっているのか。


 お姉ちゃんの顔が、混乱の色に埋め尽くされて行く。


「いや─!!!!!!!!!!」


 何かが、壊れる音がした。


 バタン…。


 絶叫したかと思ったらお姉ちゃんはパタンと床に倒れた。


 お姉ちゃんが倒れたのを確認しゆうは、布団の中からゆっくりと出た。


 黒いズボンに付いた埃を払いながら床に足を付き、ベットに座るゆう。


 ゆうもあゆみも、しばらく口を開こうとはしなかった。


 ゆうは呆然とお姉ちゃんを眺めていて、あゆみは下を向くしか出来ない。


 この人は今、何考えてんだろ。あゆみは満足感でいっぱい。してやったと言うどす黒い感情でいっぱいだった。でもゆうは、哀れむようでもなく後悔するようでもなく、ただ無表情でお姉ちゃんを眺めていた。


「…………」


 沈黙が降り注ぐ中、後悔してるー…?と口にしようと視線を上げた。


「これで」


 ゆうがゆくっりと口を開いた。


「これで、分かるんだよな…。真実が」


「え…?」


 まるで誰かに問い掛けるように彼はポツリと呟いた。


「後悔してるの?」


 あゆみはゆうを見ながら言った。


「いや。これで良かったのかって…」


 ゆうはポツリポツリと言葉を繋げて、小さく口を開いた。


 最初は抵抗してたゆう。でも、あゆみが─見たくないの?この先、どうなるか。結末を─って言ったら、目の色を変えた。それから、抵抗しなくなった。あゆみの言葉をきっかけに、ゆうもこうなる事を望んだんだ。


 彼は、見たがってる。あゆみたちが、どうなって行くのかを。


 見せてあげるよ。何もかも。


「合ってるよ。きっと」


 あゆみが確信混じりに口にすると、たくとは黙ってまたお姉ちゃんの方に視線を戻した。


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