第19話 悪魔の自己紹介


 金の髪は闇の中でも輝いてるように見えた。


「………」


 無言で睨んでいると、彼は静かに呟いた。

「うるせぇな」


 彼の姿に背筋が氷るような感覚に襲われる。


 こいつが、成川さんの担当、オリバー。


「おい。ルーカス、もういいか?」


 オリバーはしゃがみながら、闇に向かって叫んだ。


「あぁ」


 暗闇が静かに返事を返した。


 成川さんを支えるために手を差し出したはいいが、手がビリビリと痺れてくるのが分かる。


「ゆう」


 気遣ったのか、成川さんは静かに俺の手を払った。


 いやもしかしたら、俺自身もなのかもしれない。成川さんの電気を手で感じたように、氷るような寒さを、彼も感じたのかもしれない。


 を産み出した者たちは、暗闇の中に五人ともすべて揃っているのだろうか。


 オリバーとルナが事務所内に来たと言う事は、きっとこいつら意外にも来ているはずだ。


 オリバーが呟いたと言う男も。


「面倒臭ぇな」


 目の前の金髪の男が呟いた。


 彼の姿に少し恐怖すら覚える。こいつが…。こいつがあの連続殺人の犯人かもしれないんだ。


 彼は静かに立ち上がった。オリバーと聞くそいつは、立ったと同時に右手を上げた。


 なんだ…?宗教でも始める気か?


 彼の動作を見て心の中で悪態を吐いていると、オリバーは勢いよく、上げた手を下に降り下ろした。


 ピカッッ。


「………っ」


 急に明るくなった辺りに、目が着いて行けない。思わず力目をいっぱいつむってしまった。目元に腕を回し、まぶしく入って来る光を遮断する。


「急につけんじゃねぇ」


 成川さんは喋るのも面倒臭そうに一人悪態を吐いていた。


「お前が付けろって言ったんだろ」


 成川さんの姿を眉をしかめて見下すオリバー。


「大丈夫?」


 ルナが俺に手を回してひっそりと言った。


 彼女の言葉に返す余裕もなく、突然明るくなった事務所にしばらく目をつむっていた。


 耳をますと、机の向こうでケラケラと笑ってる男の声が聞こえて来る。


「おもしれー」


 少年のように無邪気に言う笑い声。


 声の聞こえて来る方に思考を集中させる。


「うるせ。笑ってんじゃねぇ!」


 大野さんの声だ。


 大野さんの言っていた名前が頭に浮かんだ。リアム、だったか。


 くそ。早く目を慣らさねぇと。目を擦ったりしてもどうしても明るさに慣れてくれない。


「大丈夫?」


 ルナがまた語り掛けて来た。


「大丈夫な訳‥」


 ん…?


 ルナが語り掛けた直後俺の目は見開いた。


 あれ…。目慣れた…?


 ルナの顔を静かに覗くと、彼女はニッコリと微笑んだ。そして、何時の間にか、震えは止もまっていた。


 しゃがんでいた俺は、椅子に座ろうと腰を上げた。隣の成川さんもゆっくりと起き始める。どうやら電流の嵐は止んだようだ。


 席に座ると、見慣れた特別機関のみんなの顔が映る。だけどその隣には見慣れない若い男たちがそれぞれの特別機関メンバーと話していた。


 俺の隣にも、若い女が立っている。ルナ意外は全員男のようだ。


「ルナ」


「ん?」


「どうなってんだ。何でお前ここに…」


 ルナに視線を合わせることなく問いかけた。


「ルーカスがね、自己紹介しようって」


 ルナは柔らかい声で言った。


 ルーカス…。また、ルーカスか。


 ルナもオリバーも、何故かルーカスと言う人物が主犯で動いているような気がする。電気を付けるのにもティランはカリュウに同意を求めた。


 ゆっくりと大野さんの方に視線を移すと、彼の隣の人物が目に入る。


 し、白。


 ルーカスの髪は純白に染まっていた。


 白つーか。銀つーか…。地毛、じゃねぇよなあれ。ルーカスの髪は輝いているように、白く光に反射していた。髪って、あんな綺麗にまるもんなのか?


 ルーカスの顔に目を向けると、顔が整っていて少女のような純粋さが目に映った。女みてぇな顔してんな。でも体は男のようにがっしりとしている。いや、がっしりしてると言うか、顔が小さいから、体が大きく見えるのか。あんな体型の男見たことない。見事な八頭身だ。


 一人で頭で感想を述べていると「………」ルーカスと目が合った。


 目を逸らすことが出来ず、俺は黙って彼を直視していた。


「さて」


 ルーカスが口を開いた。


「みんな」


 ルーカスが一言一言口にするたび、騒がしかった辺りは


「自己紹介だな」


 静寂を取り戻す。


「俺はルーカス」


 彼は微笑を浮かべながら言った。


 大地の主。


 連続殺人の犯人と最も疑いが高い男。


 事態を把握しきれてない俺たちは、積もる疑問を抑えながら黙ってルーカスを睨み付けていた。


 ルーカスは自己紹介を終えると、ゆっくりと視線を泳がせた。


 定まらない視線は「次俺?」大野さんの隣に立つ男を捕えて固まった。


 ルーカスは黙ったまま男を直視していて、男の質問に答えることはなかった。


「俺はリアム!」


 子供が発表会をする時のように、男は恥ずかしそうに、だけどハッキリと喋べった。大野さんはリアムを見ることなく、ルーカスを睨みながら固まっている。


 リアム。綺麗な茶髪に染まったチャラそうなやつ。事務所に現れた男たちはみんな派手な髪色なため、チャラそうといえば全員当てまるんだけど。なんなんだあれ地毛なのか?いや、地毛な訳ねぇか。


 リアム、水の主に当てまる男…。でも、どう見てもあんな異常な殺人を犯すような男には見えねぇが。


 リアムが自己紹介を終えたのを確認すると、ルーカスの視線はまた別の男に固まった。どうやら彼が順番を指定しているようだ。


 犯罪者が手を組んでいるのは分かるけど、この異様なチームワークはなんなんだ。ましてや仕切り役のリーダー?がいるなんて、テロリストじゃねんだから。


「マテオ」


 闇のような深い声が耳に響いた。

 

 思わずゾっとしてルーカスからマテオに視線をずらす。


 血の様に赤く染まった真っ赤な髪。顔は驚くほど整っている。表情は何も考えていないような、何も感じていなさそうな、一言で言えば無表情そのものだった。何とも言えない雰囲気だ。


 彼が炎の主。連続殺人者のオーラをそのまま身に持った人間。彼なら、疑いが掛かるのも納得するかもしれない。


 ルーカスの視線が、急に険しい目線になった。少女のような顔は、苛立つような険しい表情になり、幼さが少しずつ失われて行く。


 ルーカスの目線は、俺の隣に向かって一直線に伸びているのが分かった。だがルナじゃない…。彼女はルーカスが見ている先の反対側にいる。ルーカスの真っ直ぐな視線は、成川さんの隣に立つ金髪男に向けられていた。


「…………」


 成川さんの隣に立つ男もまた、ルーカスを睨むように凝視していて、一向に名を名乗ろうとしない。


 降り積もる沈黙にどんよりとした空気が漂った。


「………」


 なんだよ。


「………」


 この気不味い空気は。


 二人仲悪いんじゃねぇか?この場で仲の悪さを発揮されても困る。


「おい」


 痺れを切らしたのか、成川さんが面倒臭そうにに言った。


 一声掛けた成川さんに対して、男は見下すように下に視線を投げる。


「…………」


「オリバー」


 電気の主はぶっきらぼうに言った。


 彼が名乗った途端、重苦しい空気が終わりを告げる。


 それにしても、なんでこんなに若いやつらが、殺人の容疑者になんかなるんだ。見たところ二十歳そこそこくらいだろ。いやもしかしたらまだ十代かもしれない。それに、皆、驚くほどの整った容姿の持ち主たち。きっと振り返らない女はいないだろうと言うほど、彼らの見掛けは完璧だ。


 今俺が感じたものが、あいつらを逮捕出来ない理由なのかもしれない。こんな若いやつらを逮捕しても、証拠がないため何を言っても周りから信じて貰えないだろう。直ぐに釈放されるのがオチだ。


「ルナです」


 隣から綺麗な声が聞こえて来た。


 そういえば今はルナの紹介だっけ。知らない面子の紹介が終わったため、見慣れた彼女の番を忘れていた。


 特別機関のみんなは目を見開きながら彼女を凝視していた。それはそうだろう。一度見たら目が離したくなくなる。彼女には、周りの男たちにおとらないくらいの魅力は充分にあった。


 ルナは、氷の主。俺が担当する事件の犯人と疑いが掛かっている女。容疑者だ。いや、事務所にいる五人のやつらは、もう容疑者とは呼べないのかもしれない。


 確定付けられた疑問は、信じたくないと心が嘆く。事実と反発する心境は、隣の美しい女性に対する情から来るものなのだろうか。


「自己紹介が終わったな」


 ルーカスはニッコリと笑って皆に言った。

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