第17話 ?



 事務所に着くとすでに俺以外の四人が席に腰を下ろしていた。


 うわ、俺待ちかよ


「おせーぞ」


 案の定、大野さんから罵声の一発を浴びた。


 ついさっき言われたんだからしょうがないだろ。


 心の悪態を止め「すみません」と、小さく謝った。


 事務所には白く大きな長いテーブルが一つ。大き過ぎるテーブルは長方形で、俺達五人が座ったとしても、半分以上はあまってしまう。テーブルを囲むように椅子に腰掛ける特別機関メンバーたち。


 テーブルの正面には、野村竜一さんが腰かけていた。どうやら今日は野村さんが主役でまとめて行くらしい。


 そして角を挟んで右側には成川陸さんが面倒臭そうに腰掛けている。成川さんの正面には天音直樹さん。そして天音さんの隣には大野和さんが腰掛けていた。


 俺は自動的に成川さんの隣に、事件ファイルを持って腰掛ける。


 空気は緊迫していて、いつものふざけた空気は微塵も感じられなかった。


「初めてだな。こうして話し合うのは」


 成川さんが眉を潜めて言った。


 五人の距離は近いため、小さな声でも皆に聞こえる。


「あぁ」


 まとめ役の野村さんが静かに口を開く。


「何か言われたんだろ?」


 成川さんは煙草に火を付けながら言った。


 何か言われたって…。


「誰にだよ」


 野村さんが苦笑しながら答えて「分かってんだろ。それを話し合うんだよ」と、成川さんは面倒くさそうに言った。


 一つ一つの言葉が降ってくるたびに、小さな沈黙が降り注ぐ。それは、初めての話し合いの緊迫感を示すものだった。


 自分が調査している事件。何から話していいのか分からない。だが、野村さんが話を進めるべく口を開いた。


「目の前にある書類を見てくれ」


 皆の目の前に、五枚の紙が机に置かれていた。


 紙を手に取ると、それぞれの紙に事件の死体の写真、写真の横には事細かな死体の被害などが書かれていた。


 俺が今見ているのは、緑の死体。顔がペンキか何かで緑色に塗られ、顔から下は土に埋まっている死体。これは確か、野村さんが担当している事件だ。


 紙を二枚三枚とめくって行くと、すべての紙に、死体の写真と状況が細かく書き記されていた。二枚目は、天音さんが担当している事件の死体。三枚目は成川さんの、大野さんのもある。俺のもあるし。


 五枚の紙には、一枚一枚特別機関が担当している事件の詳細が記されていた。


 今更こんな書類見なくとも、誰がどの事件を任されているかぐらいは皆頭に入ってるはずだ。


 気になるのは、成瀬さんが言ってた、何か言われたんだろ?という言葉。


 今までに特別機関皆で話し合う機会がなかったためか、妙にギクシャクして、皆確信を付いて来ない。


 もっと頻繁に話し合ってれば、成川さんが言ったも分かったかもしれない。


 謎々のような分からない単語に俺は苛々と口を閉じていた。


「事件に共通があることは、みんな気付いているな」


 野村さんが書類に目を通しながら言った。


「死体の首と体が何だかの形で分けられてるってとこですよね」


 俺は野村さんを見て言った。


「あぁ」


「そして現れた犯人たち」


 言ったのは天音さんだった。


「もうみんな会ってんだろ?」


 成川さんは、早くも三本目のタバコを吸いながら言った。


 会ってるって…。誰と?犯人と?


 特別機関の皆はもう犯人と接触してるって言うのか?だが、一人一人単独で動いていたため、一切情報交換していない。なのに、なんで自分以外の誰かが犯人に接触してると分かるんだろうか。なんか、自分だけ取り残されたような気分になる。それぞれ皆、ちゃんと進んでいたんだ。


「だけど証拠がねんだよな」


 小さく呟いた大野さん。


「あーなんか情報交換になんねぇじゃねぇか」


 大野さんは後ろに首を垂らし、項垂うなだれた。


「これじゃあいつもと変わんないっすね」


 俺は苦笑混じりに笑う。


「全くだ」


 野村さんも小さく笑って、少しずつ緊迫感が取れて来た。


「すべての事件にはある特徴があることって気付いた?」


 天音さんが謎々のように俺に言った。


「特徴、ですか?」


 俺は首をかしげると「気付いてなかったのかよ」と隣の成川さんに言われた。


「あれだろアレ」


 大野さんが一人一人を指差して言う。


 最初に指されたのは野村さんだ。


「土」


 大野さんは静かに呟いて指の方向を変えて行く。


 次に指されたのは天音さんだった。


「火」


 指されている方向が成川さんに変わると「電気」と呟く。


 俺に指が定まった。


「氷。で、俺が水って訳だ」


「あ」


 そうか。なるほど。この事件には特徴があった。体が火傷を負った死体を担当が天音さん。成川さんが担当している事件は体に高圧電流が流し込まれていて、大野さんの事件は体だけ水死体のように膨らんでいる。野村さんの事件は土に埋もれた死体。そして俺は、体が氷った死体。


 天音さんは、火で、成川さんは電気。野村さんは土で、大宮さんは水。俺は氷。特徴を簡単にあげるとこう言うことだろうか。


 見えなかったものが、会議で少しずつ見えてくる。


「性質にもそれを思わせるものがある」


 成川さんが静かに言った。


 俺も含めて残りの四人は首をかしげていた。成川さんは、面倒臭そうに説明を始めた。


「ゆう、お前寒がりだよな?」


「はい」


 成瀬さんの言った事をそのまま答える。


「そして天音さんはあつがり」


「あぁ」


 天音さんは涼しい顔をして少し微笑みながら頷いた。


 天音さんの担当している事件の特徴は火。暑がり…。なるほど。でもコレは、偶然じゃねぇか?


「俺は、静電気1日何回も起きるし」


 成川さんは迷惑そうに眉をしかめる。


 成川さんの事件は体に高圧電流…。電気。


「あー俺も! 汗はんぱねーし、異様にしょんべん早いし。しかもこないだなんて、水道止まんなくなってよ」


 大野さんはケラケラ笑いながら言った。


 大野さんは、水死体。水か。


 残るは。みんなの視線が一気に野村さんに向く。


 野村さんは土だ。でも土って性質に特徴あんのか?


「俺は砂だけのところ歩くと」


 皆が黙って聞いている。


 辺りは異様に静かになっていた。


「必ずと言っていいほど転ぶ」


「野村さん転ぶの!?」


 大野さんがビックリしたように言った。


「ぶっ‥」


 同時に吹き出した天音さん。


 辺りは笑いに包まれ、俺も釣られて笑ってしまった。


「でも成川、よく気付いたな。そんな細かいとこ」


 大野さんが笑いを堪えて静かに言った。


「んー」


 彼の発言に成川さんは面倒臭そうに答える。


 確かに、体質にしてはマッチしすぎている。偶然とは、まだ言えないのかもしれない。


 この事件は不可解な点が多すぎる。そして異様な共通点もある。目撃情報もなければ、証拠も何も出て来ない。目に映るのは、特徴を持つ死体だけ。一つも見過ごす事は出来ない。死体以外のものが何も出て来ないため、死体を分析して追求するしかないのだ。


「あとは、首と体か」


 野村さんが静かに呟いた。


 死体についての疑問は後はそこだけだった。


「なんか意味があるよな」


 呟いたのは妙な笑みを浮かべる天音さん。


 何か意味がある。そうすべてに。遺体が氷っているのも、首と体に区別がつかれてるのも、何かの意味が存在する。きっと謎々のヒントなのかもしれない。答えを出すための。真実を知るための。


 何かが必死で訴えかけて来る。何かに俺以外の皆はもう接触していると言うことも、一つの真実。


「もうみんな犯人と接触してるんすか?」


 俺は疑うような目線で彼らに言った。


「お前ももう会ってんだろ」


 隣の成川さんに笑われてしまう。


「え…」


「あぁ、気付いてないだけだ。あいつらがまさか犯人とわ思わねぇだろうからな」


 大野さんは腕を組みながら言った。


 なんだ?誰の話しをしてる?つか、皆これが初めての情報交換のはずなのに、なんでこうも皆通じてるんだ?


「よし、やっと本題に入ったな」


 張り切りだした大野さん。


 今日集まったのは多分犯人と思われる人物たちの情報交換だろう。それぞれ犯人と接触し、事件が共通しているなら、一人一人が調査しているのを黙って見ている訳にはいかない。


「オリバー」


 隣の成川さんがポツリと呟いた。


「はい?」


 俺は聞き直すと、成川さんは面倒臭そうにこちらに視線を向けた。


「やつがそう名乗ったんだよ」


 やつ…って犯人のことか?なに人だよって言いたくなる。


 皆、犯人と思われるやつらに普通に接触してるらしいけど、これって結構、異常事態じゃねぇか。なんで誰も何も言わねぇんだよ。


「俺はマテオと言われた」


 今度言ったのは天音さん。


 もう、普通に話し進んでるし。


「土はルーカス」


 野村さんも口を開いた。


「俺は─」


 大野さんが言葉を濁して考えてる様子。


「なんだっけな」


 大野さんらしいな。


 全員、日本人の名前じゃねぇな。これもまた共通点か。外国人の犯行って事か?


 一人一人が個人で犯人と接触していたのなら、全員が外国人の名前を上げるのも、あまりにも偶然すぎる。もし大野さんの出した名前が日本人の名前だったなら、共通点じゃなくただの偶然になるんだけどな。


「思い出した! リアムだリアム」


 大野さんは目を丸くして言った。


 周りも目を丸くしている。


「今日話し合ってよかったな」


 天音さんが感心したように頬を上げながら呟いた。


 みんな無言で天音さんを見るが、誰も口を開こうとしなかった。それは反論ではなく肯定の印。口には出さなくとも、皆感じていた。


 人で調べていたら、気付くはずもなかった事が沢山出て来た。奇妙な共通点も、こんな小さな所から出て来る。


「あぁ」


 成川さんが難しい顔をして、天音さんの独り言に小さく返事をした。


 そして次に皆の視線が静かに動く。回りの目線が一斉に俺の方に向いた。犯人らしき人物の名前を言ってないのは俺だけだったのだ。


「………」


 見られても困る。俺は犯人と接触なんざしてねぇ。


 静かに黙っていると「ゆう、思い出せ。必ず会ってるはずだ」と、隣の成川さんが煙草を吸いながら言った。


 知恵を絞って思い出す。日本人の名前ではなく、犯人と言う確信を持てる人物。


 不意に、ある言葉が、浮かんだ。


 見ていたから。手のひらの上。見失わないで。


 言葉たちと一緒に、美しい少女の顔が頭に浮かぶ。


「ルナ」


 俺は決心したかのように彼女の名を口にした。


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