第12話 憩《いこ》いの狂場


ルナ side

──────────────────



「ルナ、あの男やり手じゃねぇ?」


「全くよだね。オリバー」


「これからあいつらどうするつもりだよ」


「見てれば分かるよ。面白くなるから、オリバーも見たら?」


「んー」


「ねぇ。オリバーは、成川を監視しなくてもいいの?」


「なんで?」


「なんでってオリバーの担当でしょう?」


「あーだって成川の野郎、爆睡してやがんだよ」


「寝顔みてもつまんねーし」


「ふふッそっか。でも成川はかんが鋭いからね」


「確かにな。ゆうはにもまだ気付いてないんだろ?」


「うん。ゆうくんはまだだよ。成川はすごいね」


「いいじゃねぇか。ゆうは見てておもしれーし。成川はいつも寝てっから、つまんねぇし」


「じゃあもうちょっとゆうくんを見てみようか」


「おう」


 手のひらの上で踊る彼を見てみよう。


 そう、すべては、ルナたちの手のひらの上での出来事。




ーーー・・・

ーー・・

ー・




鈴木 ゆう side

──────────────────



 あれから1ヶ月が経った。


 別に危険な事もなく、平凡な毎日が続いていた。


 ボディガードで屋敷に住むことになったとは言え、週三回は事務所に行くことになる。ボディガードの方も仕事と言う事になってるのだが、週三回のペースで事件が起きていた。いくらこちらが仕事だと言えど、事件を見過ごす訳にはいかないのだ。


 俺が担当している異様な死体は止まるどころか増えて行く一方。


 コンコン。


「ゆう?」


 ゆりか。


「どうした?」


 ゆりもあゆみも俺のことをと呼ぶようになり、敬語もお互いに使わなくなっていた。


「もう少しで食事が出来るみたい。入っていい?」


「あぁ」


 ガチャ。


 うわー。コイツ明らかに誘ってる。


 肩出しの白いパジャマの短さはミニスカみたいなワンピースだ。


 俺はこれでも我慢に我慢を重ねてゆりにもあゆみにもあれから一切手を出していない。


 ゆりは出会った時に一発かましたが、あの日以来何もなかった。


 仕事だからって言うのもある。だが、それよりも、妹のあゆみが、なんとなく、紫の女に似てるってのがでかい。そんな事ばかり考えてたらその姉のゆりにも、あの日以来手を出せなくなってしまった。


 だけどもう。


「ゆう…」


 少しずつ限界は来てる。


 ゆりにいくら誘惑されても、浮かぶ顔は、何時まで経っても消えなかった。


 ルナに似てるって言っても、顔が似てるって訳じゃない。


 なんてゆーか…。雰囲気?


 小さくてちょこちょこしてるように見える小柄な体型。細く綺麗に伸びた腕。見掛けとは対照的な何処と無く漂う深い闇。そう言う雰囲気が、少しだけルナに似ていた。顔はまぁ、類系的に同じ顔ってだけ。


 なんでこんなに、あゆみとルナを重ねるんだろう。よく考えてみれば、そっくりって訳でもないし。


 ルナの事を考えいたら、何も出来ずに1ヶ月が過ぎた訳だけど。


 一回ヤったら、ゆりは調子に乗って2日に一回くらい部屋に来るし。あゆみは相変わらず、こっちにガン飛ばして来て何も話さないし。


 今までだったら二人上手く手懐けて適当にやってただろうに。俺自身、いつもと違う自分の不調に、少し戸惑っていた。


「ねぇ?ゆう」


 あ。忘れていた存在を思い出す。


 考え込んでいたら、ゆりの存在を丸っきり忘れていた。


「先に行ってろ。すぐ行くから」


 彼女の顔を見ないで素っ気無く言った。


「うん…」


 ゆりは下を見て落ち込んだ表情を見せて、部屋を出て行った。


 なんだか最近、ゆりに対して苛々とした感情が出てくる。一回ヤっただけなのに、ずっと着いてくるし、部屋にも毎日のように来る。


 仕事から帰って来ると俺の部屋でまたミニのパジャマ着て待ってた時もある。まぁあんな可愛い人にそうされたら、普通は嬉しいんだろうが、俺にはそんな出過ぎた愛情、微塵みじんも感じない。


「はぁー」


 小さく出るため息に、色んな憤りを隠せずにいた。


 広すぎる部屋も悲しいくらいに見慣れてしまって、自分の家が恋しくなる。


 ため息吐いてても仕様がねぇ。俺は重たい足取りを前に進ませた。


 綺麗すぎる程の床は、裸足で歩いても埃一つ付かない。


 なんの障害もなく、簡単に進めるはずの足が、不意に鈍った。鈍った足は、進む事なく停止する。何かの異変を感じた俺は、足を止めたのだった。


「………」


 寒い。


 部屋がひんやりと冷めきっている。それは鳥肌が立つほどに、静かに歩み寄ってくる。


 鳥肌が立つ。止まらない。風は止まらない。そう、あの、氷のように、冷たい風が。


 静かに歩み寄って来た。足音も聞こえずに。でも何かが来るのが分かった。直感的なものだったけど、いつだって、俺の悪い予感は当たるんだ。


「こんにちわ」


 子供のような可愛らしい声。だが透明感のある透き通る声。


 後ろを急いで振り向くと、小さな背丈の紫の女が立っていた。


「久しぶりだね」


 一度聞いたら忘れないようなそんな声で、彼女は呟いた。耳に纏わり付くような張り付く声。近付いたら危険だと言う雰囲気を出しているが、それでも聞きたいと望む声。


 背は小さくて俺の胸くらいか。紫の髪は今日は巻いておらず、ストレートだった。それがまた顔の小ささを強調するようで、誰にも引きを取らない美しさを益々ますます引き立たせる。


「ルナ…」


「元気そうで何より」


 彼女はニッコリと微笑んだ。


「お前、どうやってここに?」


「ワープ」


 彼女はクスクスと笑いながら言った。


「ルナはワープが出来るんだよ?」

 

 ルナに質問して返って来るものは答えではなく、また新たな疑問を呼ぶものばかり。


 今の話題を無視して、次の話題を振る。


「あの手紙はなんだ」


 彼女の答えはいつだって。


「そのまんまだよ」


 まとを得ていない。


 苛々する。俺が屋敷に来ることになったのはあの手紙からルナは知っていたはずだ。


 何故知っていたのか。何がしたいのか。事務所にどうやって入ったのか。何故手紙を添えたのか。


 聞きたいことは山ほどあるんだ。


 一つ一つの疑問を投げ掛けるごとにまた新たな疑問が浮かび上がる。頭がごちゃごちゃになり俺を苛立たせる。そんなのまっぴらごめんだ。


「近付くことだとしても?」


「……は?」


 ルナはまた妙な事を言い出した。


 なんなんだよ。苛々する。


 だが一度見れば、言葉を失った。優しく撫でるように光るその瞳は、とても綺麗だったんだ。まるで母親のような暖かい笑顔に、俺は黙って口を閉じていた。


「確信に近付くとしてもそれはまっぴらごめん?」


 ルナはにこやかな微笑みを崩さずにまた俺の心の中を読んだ。小さく呟いた彼女の問いが、エコーのように耳に響く。


「………」


 聞いちゃいられなくなる。疑う事を躊躇ためらうほどに、情が貼り付いて離れなくなる。早くこいつをどっかに…。あゆみとゆりには、こんな感情、微塵みじんも感じないのに。俺が俺で居いられなくなりそうで。


「ルナはルナだよ?」


 ルナはさっきまでの暖かい笑顔を隠して、真顔で言った。


 ルナはルナ?


 疑問を呼ぶものだったが、瞬時に思い浮かんだその姿に、なんとなく意味が分かったような気がした。思い浮かんだのは、ルナと重ねていたあゆみの顔だ。でも、ルナとこうやって話をしていて、答えはとうに分かってる。


 似てない。全然。雰囲気も何もかも。


 なんで似てると思ったんだろう。


 全部が、足元にも及んでなかった。あゆみは、ルナの足元にも及ばない。見掛けの美しさも、なんとも言えないその雰囲気も、少しだけ感じる、溢れ出した深い闇も。


「見間違えないで」


 またエコーのように繰り返す。


 あーもう。なんでお前はこうやって…。俺がずっと考えていた疑問。


 ルナのたった一言で、それは違うと確信付けられた。


 ルナ、お前はそれを言いに来たのか?わざわざ?俺の疑問を解決する為に?


「お前は何がしたい」


 なんで俺の前に現れる。何がしたいんだよ。何で俺の所に来る。何で俺と話してる?


「ゆうくんはルナのことは特別機関の皆には言わないんだね」


「…………」


 人の質問は無視かよ。


 また苛々と鼓動が波打った。どうしようもない程に苛々する疑問の連鎖は、答えが見付からない不満足さで更に堪って行く。


「でもそれは皆一緒」


「…………?」


「皆もう会ってるんだよ?ルナたちみたいに。だけど皆言わないだけ」


 またごちゃごちゃになってきた。皆会ってる?天音さんも大野さんも?皆会ってる?誰に?


「成川はオリバーに会ってるよ?ルナたちみたいにね」


 は?何?オリバー?誰。外国人かなんかか?


「オリバーって誰だよ。お前と同じ国のやつか?」


 からかい混じりに言ってみたらルナは膨れっ面になった。


「もうっ」


 ルナは、プイっとそっぽを向いてしまった。


 彼女の仕草が可愛くて、つい苦笑してしまう。


「つかお前なんで来た?俺にどーして欲しいわけ?」


 彼女の姿に愛着が湧き、苦笑混じりに言ったものの、それは一番聞きたかったこと。


「ルナはルナだよって言いに来たの」


 子供っぽい仕草から妙に落ち着いた顔をして「頑張ってね」と続けた。


「何を」


 また始まった。疑問だらけで答がない彼女の言葉が。


「それものちに分かるよ。だってゆうくんたちはルナたちの──‥」



―――‥‥‥



「ゆうー?」


 ガチャ。


「どうしたの?」


「あ、あぁ」


「呼んでも返事ないから」


「ごめん」


 頭の中でルナが言っていた言葉がぐるぐると回っていた。


「大丈夫?ゆう」


 ルナ。お前は俺に何をして欲しいんだ?アイツは俺に何を望んでる。


 ルナはルナだよ?見間違えないで。ルナたちのー…。


 なぁ。何でお前は。


「きゃっっ!」


 こうも


「たくッんっ‥」


 俺の中を


「…………」


 掻き乱すんだよ。






今野 ゆり side

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 あんなになびかない男は初めてだ。


 いくら甘い言葉で囁いても、肌を出しても決して触って来ない。いつもならバカな男どもはデレデレして私のところに来るのに。


「お嬢様。お食事の時間です」


 白いスーツを着た女の人がこちらに言った。

 

 そちらには返事をしないでゆうを呼びに行こうと足を進ませた。


 部屋に着いたら、いつもの準備。自分でも自信があるこの茶色いストレートの髪を耳にかける。服の裾がめくれてないかチェックして、前髪を少し直した。


 よし!


 コンコン。


「ゆう?」


 なるるべく優しい声を意識して、彼を呼ぶ。


「…………」


 返事は帰ってこない。


 もう、何やってんのよ!


 コンコンコン。


「ゆーう?」


 もう、返事くらいしてよ。


「ゆうー」


 今までにない甘い声で名前を呼ぶが、全然聞いてないようで、返事は帰って来なかった。


 もう思いきって開けちゃおっか!


 私は目の前にあるドアノブを少し捻った。


 開いてる。開いた隙間から視線を通す。見るとゆうは今までにないくらい険しい顔をして座っていた。


「ゆう?」


 静かに呼ぶと、彼は初めて私の存在に気付いたかのように驚いた顔をしてこちらを見る。


「どうしたの?」


「あ、あぁ」


「呼んでも返事ないから」


「ごめん」


 私のことなんか上の空って感じで、彼はまた下を向いてしまった。


「大丈夫?」


 なんかいつもと様子がおかしい。


 座りながら下を向いている。


 不意にゆうがゆっくりと顔を上げた。


 視線にドキっとして何も言えなくなる。


 ゆうが立ち上がってゆっくりこちらに向かって来た。


 私は彼の目線に吸い込まれるように動けなかった。


 その整った顔つきは女を殺す。


「きゃッッ!」


 腕を捕まれて壁に押し付けられた。


 言葉を発する暇もなく口を塞がれ、心臓はドキドキと鼓動が早くなる。


 目を開くと、整いすぎた顔が目の前にあった。ゆうは目をつむって、落ち着いたようにゆっくりと角度を変えて行く。だけどそれはすごい激しいもので、落ち着いて見える顔は、錯覚してしまうほど。体がどんどん熱くなって行くのが分かる。


 頭が少しずつボーっとして来て、抵抗も空しく観念した。抵抗を辞めたと思うと、先程までの激しさはなくなり、妙に優しく唇を包んだ。


 なんとも言えない行動に、胸が音を上げた。彼は、女の心理を全部知ってるんじゃないかって思うほど、胸の高鳴りは大きかった。


 抵抗を辞めたのを見計らってか、ゆうが私の腕を離して服を脱がして来る。また激しくなって行くキスに、更に鼓動は高鳴った。


 肩だしのワンピースだったから、胸下まで下がると、後は下まで一気に落下した。何時の間にか下着だけになってしまう。


「かわい」


 戸惑い顔を赤くする私を見て、ゆうはささやいた。


 自分の顔がさらに赤くなって行くのが分かる。今までにこんな事で鼓動が跳ねた事なんて一回もなかった。


 男の人とこうなっても、馬鹿だななんて、笑えて来たりもした。でもなんでだろう。ゆうの行動一つ一つに、私の機嫌はコロコロと変わって行く。ほら今も、このまま時が止まればいいって思ってる。


 離したくないって思ってる。


 何とも言えない感情に、涙が出そうになった。


 真横にあったベッドに押し倒された。


 状況が早すぎて頭が着いて行かない。


「待ってゆう! 本当に待って!!」


「ん?」


「あゆみが来たら…」


 ゆうは、顔を私に向けて「いいじゃん」と、耳元で言った。






鈴木 ゆう side

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「待ってゆう! 本当に待って!!」


 うるせぇな。ずっと誘って置きながら何止めてんだよこいつ。


「ん?」


 心では悪態をつきながら、優しい口調で返事をする。


「あゆみが来たら…」


 なんて目を潤めて言うもんだから、当然抑えなんか聞かない。


 こいつまだ言ってるし。


「俺ゆりのことずっと好きだった」


 真剣な顔でこれを言えば、女は大抵ヤらせてくれる。ほら案の定、ゆりの顔は真っ赤になった。


 重ねていた面影が消えた時、制御する意味がなくなった。


 ああ。もう、見間違えねぇよ。全然違う。


 何を見失っていたんだろう。


 今までに散々女を傷付けて来た。その過程が今ここにあるだけ。たったそれだけの事。


 俺は、首筋に顔を埋めて太ももを撫で回した。


 一定のリズムを刻んで、ベッドが揺れ始める。ゆりの甘い声が、ベッドが揺れる度に部屋に響き渡った。


「ゆり…」


 何でコイツとヤってるかって?


 ルナ。お前が去った後直ぐに、目の前にいたのがコイツだったからだよ。


「あっ、ん、好き…」


「俺も」


 重ねた姿が違うと分かった時、別に我慢する必要なんてなかった。


 似てもいないのに似てると思ったのは、俺自身、こいつらをヤル事に躊躇ためらいがあったからかもしれない。


 似てるってのは、こうならないための言い訳だったんだ。でもその言い訳がなくなったら、逃げる場所なんて何処にもなかった。


「んっ」


 だってあなたたちは、ルナたちの──‥


「あ…もっダメっ」


 手のひらの上だもの───‥‥


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