第11話 闇の歯車
コンコン。
周りには海が広がっており、海岸には大きな一軒家が建っていた。まるでこの家のために用意されたような海や砂浜だ。俺が今まで見て来た光景とは別世界。
「はぁい」
カチャカチャ。
「お待ちしておりました」
女性は、茶色い髪を
「お入りになって下さい」
「失礼します」
うわ─…。お城みてーだし。
部屋の中へ入るやいなや。俺の思考は回転するのを忘れる。
「こちらにお座りになって下さい」
「はい」
ニコニコしながら丁寧に返事をすると、彼女もニッコリと微笑んで見せた。
上品な立ち振舞いに、なんだか無駄に気使う。お嬢様って感じの堅苦しさに、これから
あ─…。なんかあれに似てるな。ホームシックの感情に似てる。
昔この屋敷で起きた事件。俺が担当している死体が、この屋敷内で発見された。被害者は二人の両親だった。
両親が亡くなってから、屋敷には今野ゆりと今野あゆみの姉妹、二人しか住んでいない。姉妹は有り余る財産を使い、今もなお屋敷で贅沢な生活をしていると言うわけだ。きっと一生遊んで生活しても、遺産は尽きることはないだろう。両親を亡くしたのは気の毒だが、有り余る遺産があるのは、羨ましい話しだ。
上品な立ち振舞いも、こんな立派な屋敷にいりゃぁ自然と身に付くだろうな。
「お待たせしました」
茶髪の女が、何かの紙を持って来た。
女をマジマジと見ると、顔写真よりも実物の方が綺麗だった。
綺麗な場所に住んで旨い食事を食べて、何の苦労もしてない、汚れ無き純粋さが見える。
今俺の目の前にいる女は、くまの便箋に載っていた一人。名前は確か今野ゆりっだったかな。
「はい」
頭で色んな事を考えながら、表情は一切崩さずに言った。
「ではこちらにサインをして頂けますか?」
「はい」
慣れた手付きで書類にサインを簡単に済ませ、ゆりに渡した。
「お姉ちゃん。ソイツ誰?」
広い部屋のドアから顔を覗かせる女の子が一人。
「あゆみ! ソイツじゃないでしょ。この人が鈴木ゆうさんよ」
立ち上がったゆりは、ドアから顔を出した子に向かって声を荒げた。
「あーボディガードってやつ?」
女の子が眉を
多分こいつがゆりの妹のあゆみって女だろう。
優雅なゆりとは対照的に、頭をポリポリかきながら喋る始末。
まぁこいつともこれから一緒に暮らす事になるし。適当に挨拶でもしとくか。
「よろしく」
得意のスマイルを作ると、あゆみの顔が更に引き
「ずいぶんチャラチャラしたボディガードだね」
………。
このくそガキ。
「あゆみ! ごめんなさいね」
俺は困ったような表情を作り「いいえ」とだけ答えた。
このガキ、どんだけ捻くれてんだよ。
性格がひん曲がってんのが見ていて分かる。
顔がなんとなくルナに似ていたから、以外と楽しみにしてたが予想はすぐに撃沈した。ただの
あゆみは不機嫌そうな顔をして突っ立ってる。
あーもう。こっちまで苛々してくる。
どんよりとした空気を変えようとしたのか、あゆみは派手な音を立てて戸を開けた。
いや変えようとしたっつーか…。
バンッッ!!!
思い切り戸を閉めて出て行った。
俺はその姿を苛々としながら見ていた。
「…………」
「…………」
少しの間沈黙が降り掛かる。
彼女の様子が気になり、少しちらみ見をしてみると、ゆりは、少し不安そうな顔でこちらを見ている。
俺はゆりにニッコリと微笑むと、彼女は頬を赤らめた。無言のアイコンタクト。
ゆりは恥ずかしそうに俺を見上げた。
つーかなんだよこの雰囲気。コイツ、簡単にいけっかもな。
いつもの悪い癖が脳裏に浮かぶ。今日もまた、俺の女グセの悪さは止まることを知らなかった。
「えっと、私の部屋…。案内します」
ゆりは恥ずかしそうに顔を赤らめて、真ん丸な上目遣いで言った。
は?
私の部屋?
いや、その前に俺の部屋が何処だか知りたいんだけど。なんでお前の部屋に行かなきゃなんねんだよ。
まぁそんな事口が裂けても言える訳もなく、くすっと笑って「はい」と返した。
戸を開けて廊下に出ると、その広さに驚かされた。綺麗な照明や広すぎる廊下。脇に、いくつもの戸が、一定距離で作られていた。何個部屋があるんだよコレ。
ゆりは目を丸くしている俺には構わず、優雅にスタスタと歩いている。
つーかゆりって女。まだ会ったばっかりの男、部屋に呼ぶか普通?何考えてんのか分かんねぇ。
「着きましたよ。ここです」
ゆりの部屋に通された俺。
黙って着いて来たが、一体この状況はどうしたもんか。
ゆりの綺麗な顔が目の前にある。彼女は、どうやら、俺とやる気満々のようだ。俺が一歩進めば、ことはすぐに始まるのだろう。
俺はこの時、気付いていなかった。
女の誘惑に負けて、呆気なく足を進ませた俺は、この決断が、今後を左右するものだと、知るよしもない。
彼女の開かれた両手の中に身を委ねた瞬間、俺は、闇の歯車の一部となったのだ。
今野家に入ってから、まだ数時間しか経っていないのに、どういう訳か、俺はゆりと体を重ねていた。
可愛らしい上目遣いは初対面でも愛着すら産まれる。計算し尽くされたそのすべては、今宵の相手には贅沢過ぎるほどだった。
俺の下で可愛らしい反応をするゆり。
彼女の姿を見ても、俺の頭は妙に冷静だった。
騙されねぇよ。すべてが計算で。こいつは裏に何かあると、俺の勘が騒いでる。
どれほど時間が経ったのか、興奮しきった体が解放されるのは、一瞬の事だった。
お互いに我を忘れたように求めていた体が、呆気なく離れ、触れるのを辞める。
ゆりと数秒間見詰め合い、少しずつ理性を取り戻して行った。
冷静になった頭で、一番最初に思ったのは、やっちまったの一言。まさか、ボディーガードで行った家の長女と速攻やる事になるとは思ってなかった。
俺は、懸ける言葉に戸惑った。
好きとか、まだ会ったばかりでそんな事言う仲ではないし、かと言って、いつもみたいに突き放す訳にも行かない。
仕事上での女だ。態度を考えないと。と思いつつこんな初っぱなから体を重ねて、懸ける言葉も思い付かない。
冷静になると、マジでやるべきじゃなかったって思う。いくら誘惑されても。男って馬鹿だよな。
一向に何も出てくる事のない空っぽな頭。
俺は何も言わずに、小さく微笑むだけだった。
ーーー・・・
ーー・・
ー・
今野 ゆり side
──────────────────
目の前には茶髪のスーツの男が一人。
スーツは乱れていて、凄い色っぽさを感じた。
開かれたボタンから見える素肌は、程よく付いた筋肉で、体型の良さを伝える。先程までこの人と体を重ねていたのかと思うと、胸が熱くなる感じがした。
一見だだの顔の良いだけの男だが、これでもエリート中のエリート警察官。
整いすぎた全てに目が離せなかった。
「ゆりさん」
目を見られ小さく
「ゆりでいいですよ」
彼の視線に顔が熱くなるのを感じながら、私も静かに言った。
「この家を案内してもらえませんか?」
彼は表情を崩さず、言った。
この顔に迫られて落ちない女など居るのだろうか。先程初めてあった時も、一目惚れに近い感情を抱いた。だからこそ、あゆみを見た時の彼の反応は、私の嫉妬心に触れるには充分だった。
目を見開いて、あゆみの金の髪に視線を奪われていたゆうさん。
あゆみがあんな性格で良かった。もしあの外見で性格も大人しかったら、ゆうさんの今日の相手はあゆみだったかもしれない。
妹の
あゆみの昔の男を取るのも簡単だったなぁ。悔しそうな顔して、彼女の目が腫れている日もなんとも思わなかった。
あゆみに対して優越感に浸る毎日。それが私にとっての楽しみになった。
別に嫌いな訳じゃないの。
むかつくだけ。見てると、むかつくだけ。
「わかりました。行きましょう」
ーーー・・・
ーー・・
ー・
鈴木 ゆう side
──────────────────
ーーー・・・
「で、こちらがゆうさんの部屋です」
あーやっと終わった。広すぎ。疲れたし。
「ゆりさんわざわざありがとうございます」
ニッコリと笑うと、ゆりは恥ずかしそうに「いいえ」と言った。
カチャ。
隣の部屋が開く音が聞こえた。
振り返るとあゆみがブスッとした顔で自分の部屋に戻ろうとしていた。
「げ、あんた隣の部屋かよ」
この…。
「よろしく」
一応ニッコリと笑って言って見る。
「………」
バタン!!!
戸が勢い良く閉められた。
俺は苛々しながらも笑顔を向け見詰めていると「ゆうさんって心が穏やかな人なんですね」なんて、ゆりに言われた。
この暮らし、マヂで疲れそう。
ゆりは簡単にイケっけど。
あのあゆみってクソガキは少々大変そうだ。
見てろよガキ。泣かせてやっかんな。
…………。
あーそうだ。
あれ忘れてた。
「ゆり?あゆみって子、呼んでくれませんか?」
ゆりの眉はピクピクと痙攣し、笑顔が引き
「なんでですか?」
「二人に渡したいものがあるんで」
ゆりは柔らかく微笑んで「あゆみ─!」と呼んだ。
この女…。よっぽどプライドが高いな。妹をカナリ意識してる。
「何よ!
「これ。持っといて下さい」
またギャーギャー騒ぐ前に二人にあるものを手渡した。
「これは?」
「ボタンを押すとあなた方が今いる現在地を俺に知らせるものです。なんかあったら呼んで下さい」
「へーすごっ。じゃ部屋戻るねー」
「あゆみったら失礼な子。ゆうさんありがとうございます。あとは部屋でゆっくり休んでて下さいね」
「はい」
部屋に戻ろうとすると、ゆりが俺を呼び止めた。
「あ! ゆうさん」
「はい?」
ゆりは異様な上目遣いでこちらを見て「お食事できたらお呼びしますね」と、頬を赤らめ可愛らしく言った。
うわー…。これは。普通のだったら一殺だろうな。
「わかりました」
ゆりと別れて、部屋に入ると「すげ」と、思わず
なんだこの部屋。一人にしては広すぎる。
大きなふかふかなベッド。緑が見える窓からは、満遍無く太陽の光が降り注ぐ。見ただけで座りたくなるような毛のソファー。ソファーの前には立派なテーブルと金色に輝く灰皿が置かれていた。
ボディーガードに選ばれてラッキーだったかもしれない。部屋も食事も付いてて、それに女も付いて来る。
最初は面倒くせぇって思ってたけど、屋敷で
浮かれていた俺は、忘れていたんだ。くまの便箋の存在を。
知らずにいた。屋敷に招かれた、誰かの真の目的を。
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