第8話 弄舌《ろうぜつ》な心
なんであそこに俺がいる分かったんだ?
心でそっと問いかける。
自分でもバカみたいと思っているが、確かめたかったんだ。
なんでもいいから、事件の手掛かりが欲しい。彼女はなんだかの形で事件に関係している。そう思わずにはいられなかった。
「ずっと見てきたから」
先程の可愛らしい声とは変わり、彼女は妙に落ち着いた声を出した。
見てたって…。
「見てたの。だからゆうくんが、あの事件を追ってる事も知ってるし、特別機関であることも知ってるよ?」
な、に?
またパニックを起こしそうになるのを懸命に抑え、精神統一をして、
なんで知ってる?何処から情報を手に入れた?
彼女はクスっと笑いながら言った。
「ルナが特別機関の情報を探したりしても、見つからないでしょ?見ていたから分かるの」
なるほど、そこまで知ってるのか。
情報を探したとしても見つからないとはまさにその通りで、特別機関の情報は極秘にされている。見つかるはずがない。ましてや特別機関の個人名や、事件の事なんて尚更。
ルナは情報が極秘である事も知っているようだ。
なんなんだよ。この女は。
何者なんだ?お前は何者なんだ?
「そのうち分かるんじゃないかな?」
「21にして特別機関に抜擢された、ゆうくんならね」
この瞬間、ぼんやりと浮かんだ"夢の風景"に、混乱していた頭は、意識を吸い取られて行った。
たまに見る夢の風景は、綺麗な女の子が赤い水玉のワンピースを着ていて、雪の上に立ってる所から始まる。
裸足で冷たくないのかなって思って、近寄ったら、俺は異変に気付いたんだ。女の子の横に、誰かが倒れていた。
ワンピースに描かれる赤い水玉が模様なんかじゃなかった事を知って、恐る恐る聞いてみた。
「何をしているの?」
いつもいつも夢で見る。
夢の終わりはいつもばらばらで、一度だけ最後まで行った事がある。
何をしているのと聞いたら、女の子ら「人を殺してるの」と、答えた。
俺は、怖くて逃げてしまう。そして、俺の背中に言葉が振って来る。
「またね」
そして、俺は泣いていた。
「逃げてごめんな」
そう、同じ女の子に呟いて。
なんで今思い出すんだよ…。俺が見る変な夢。たまに出て来る夢は、毎回同じ女の子で、同じ展開。
「………」
俺が無言で
「ほら、会った事あるじゃない」
顔を上げた俺と目が合って、彼女は肩を上げてニッコリと微笑む。
会った事ある?
「うん」
夢の中の子供の事言ってんのか?
「あれはルナだよ?」
あれが、お前?そんな馬鹿な話…。
夢の中の少女は白いワンピースを血で汚し、何をしているのと聞いたら、言ったんだぞ。『人を殺してるの』って
いやいやいや。夢だよ 夢。こいつ面白がって俺のことからかい始めたのか?たちわりぃ。
特別機関や事件の事を知ってるって言うだけでこんがらがって来るのに。ますます頭が着いて行けなくなる。
「嘘つかないよ?」
なんて可愛い顔を傾げながら言われたって、信じるはずもない。
もし信じたとして、そしたらルナは人を殺したって事になる。俺はまたルナに視線を合わせると、彼女はキョトンとした顔をして、直ぐにまた微笑んで見せた。
だってそうなるだろ。そういう事だろ?
「………」
長い、沈黙が続いた。
もー無理。訳分かんねぇ。
「意味分かんね」
俺はソファーを立ち、ルナに顔を見られないように背を向けた。
まぁでも、人の顔を見ただけで心の内を読めると言うのは本当らしい。
今日は本当に訳が分からない一日だ。ルナさえ現れなければ、普通の日常だったんだけどな。なんだか、彼女から何を聞いても心のモヤモヤは取れない。
彼女に背を向けたまま、さっき言われた事を頭の中でとまとめ上げていた。
ルナは急に俺がいた事件現場に現れてメールアドレスと番号を置いて立ち去る。その夜、俺は女を口説きながらルナと何度も間違える。それから間もなくして、再びルナと再会する事になり、普通に招いてしまった俺…。私がルナだよ、なんて、ガキみたいな声で言われて、おまけにルナは人の心が読めるとかどうとか。
なんかよく考えていたら、ただ頭おかしい女に振り回されてるだけのように思えて来た。
知るはずもない特別機関の事や、本当に心が読めると言う奇妙な事実もある。しかも、知るはずもなかった名前を何度も口にしたのは俺だ。その名の主は、俺が特別機関であることも、担当していた事件、その場所まで知っていた。
なんで知ってると聞いたら彼女は「見ていたから」と答えた。
子供の頃の夢の話も、あの少女は人を殺していて―…。あれがルナだとしたら。
寒気を感じてブルっと全身身震いする。
風が吹く。今日はいつもよりも強いみたいだ。
髪がサラサラと風に
氷のように、冷たい風が、吹いて来る。
風の向きは、背中を打ち付けるかのように、後ろから吹いてくる。
後ろには美しい女性が座っているはず。だが振り向けない。
後ろにいるはずの少女は言葉一つ発しない。
多分今も、愛苦しい微笑みに表情を固めてこちらを見ているのだろう。
寒い…。
風は止む気配を見せず只管(ヒタスラ)後ろから吹いて来る。
そして、歌うようにルナは呟いた。
「ルナたちはいつも見ているよ。特別機関の事。またね、ゆうくん」
俺は勢い良く振り向いた。
なんだか不気味でしょうがなかった。
何言ってんだと言おうとしたが「な…」言葉が止まる。
さっきまで座っていたはずの彼女の姿は、視界に映る事はなかった。そこにはソファーが一つあるだけ。
まるで今までのことが幻だったと言うように、彼女の姿は消えていた。
そして
「あれ…」
何時の間にか、冷たい風も止んでいた。
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