第9話 死の記録
真っ暗な闇が目の前を覆う。眩しすぎて開かない瞼は、光を
光に逆らうように、目を擦りながら意識を取り戻す。そしてゆっくりと目を開けた。
あれ――?
朝起きると、俺は自分のベットで横になっていた。
窓からは太陽の光が、カーテンの隙間から顔を出す。
天気はいいが、気分は最悪。
ルナ…。
ふと昨日の事を思い出した。
あれは夢だったのかもしれない。
特別機関の事を部外者が知っている訳がない。知らない女の名前なんて呼ぶはずもない。俺が呼んだ名前の女が、その日の夜に目の前に現れたなんてしかもそいつは人の心を読めるだなんてさ。ある訳ないだろ。そんなこと。
そうだ。事件の事で頭おかしくなっていただけ。だからこんな夢を見るんだよ。
ため息を付きながらベットから起き上がる。
体がすごく重くて寝た気が全くしない。
ベッドから立ち上がり、リビングへ向かおうと重い体を前へと進ませた。
夢であって欲しいと願った…。やめてくれ、と。昨日の疑問だらけの迷宮になんて行きたくない、と。
夢の方がもう悩まなくてすむと思った。だけどやっぱり、現実は現実のままで。真実は真実のままで。謎は謎のままだった。
それを思わせるのは、テーブルの上に当たり前のように置いてある、二つのコーヒーカップ。
ルナたちはいつも見ているよ。特別機関の事、と、ルナが言っていた言葉が頭の中で
ルナちはいつも見ているよ。
見ているよ。
ルナたちは。
たちは。
たち…?
ルナたちとはどういう事だろう?
何か確信に迫るものが彼女の言葉の中に隠されているような気がする。
彼女は事件の事も俺が担当者であることも知っていた。
何故?見ていたから。何処から?
特別機関を見ていられる場所。特別機関の事件を把握出来る立場。
特別機関の事件を把握出来るのは、特別機関のメンバーか、俺たちに遺体の担当を任せた国のお偉いさん数人だけ。あと、俺たちを知り、事件現場を知っているのは…。
犯行を犯した犯人のみ。
ずっと見ていた。ルナの殺した人たちを、調べる姿を…?
ルナたちは。犯人たちは…?
まさかな!
考えすぎだよな。でも…。
俺は上着を手に家を出た。どうしても"犯人たち"と言う思いが捨て切れないんだ。
特別機関の仕組み。ルナたち。夢。すべてを調べれば、何かが出て来るはず。調べても調べても、謎に包まれているかもしれない。そしたらまた、何度でも細かく調べ直してやる。
そして最後には、何かに辿り着くだろう。
ルナ…。あの女の事を今気にしていても仕様が無い気がした。彼女の手掛かりなど何もなければ、犯人である証拠もない。彼女を追い掛けても、最後の何かには辿り着かない。だったら、目の前の疑問を一つ一つ埋めて行こう。彼女の謎に向き合うのは、その後でも遅くはないはず。
朝早く来すぎたせいか事務所にはまだ誰も来ていなかった。
一番乗りだ。久々だな。今まであまり時間通りに来た事がない。でも、時間通りに来ないのは俺だけじゃなくて、特別機関の人たち全員一緒だった。
今日時間通りに来てみればこのザマ。一人の姿も見受けられない。
俺は自分の席に腰掛け、今までの事件が記録されているファイルを
ファイルに映された写真は、体が凍っており、何かで殴られたのか顔は形が残らないほどの腫れようだ。
俺が担当している事件は、すべて同じ手口の犯行だった。
不意に髪が
ピラピラピラ…。
ピラピラピラ…。
風に飛ばされそうになっている紙は、ファイルに収めてあり、剥き出しになったページは音を立てながら次から次へと風によって
この席は…。特別機関の一人、
ページが
なんだか、寒さの他に、背筋が冷たくなるのを感じた。恐怖心を煽るように襲って来る感覚。事務所で一人でいて、
恐る恐るファイルを手に取るために、手を伸ばす。
ピタ…。
「………?」
手を伸ばした瞬間、風はピタリと収まった。
先程まで
事件ファイルはあるページで止まっていた。
┌────────────────┐
│◯月◇日 │
│────────────────│
│死亡推定時刻 午後9時53分 │
│────────────────│
│身元は免許証から判明 │
│────────────────│
│斎藤なつき 37歳独身 │
│────────────────│
│死因 出血多量ショック死 │
│────────────────│
│犯行手口は毎回同様。 │
│────────────────│
│顔と体の暴行跡が極めて異なる │
│────────────────│
│顔が原型を留めていないほど切り刻│
│────────────────│
│まれ、首から下は全身火傷状態。 │
│────────────────│
│火傷は灯油の成分を発見。灯油を体│
│────────────────│
│に
│────────────────│
│られた模様。しかし、首から上は │
│────────────────│
│火傷の痕跡なし。 │ │────────────────│
│凶器 ナイフ、灯油、ライター │
│────────────────│
│ 天音 直樹│
└────────────────┘
事件ファイルに載っている写真は見るも無残な姿で映されていた。
異様な狂気を感じるのは俺が担当している事件といい勝負だ。
また写真を見ると、傷だらけの顔が目に映る。顔に
意外と冷静に分析出来るな…。
事件現場で死体を見て吐き気を訴えた警官が頭を過ぎった。
ずっと具合悪そうだった。
普通の奴だったら、こんなもの見たら吐き気もんだろうが。どうやら俺は
勿論、
俺は事件ファイルの書かれている内容をまた読み返した。
気になる点が頭を埋め尽くす。
顔は形が残っていないほど、刺し傷なのか切り傷なのか分からないような深い空洞が沢山空いていた。首から下は全身に火傷を負っている。
俺の事件と共通する点が一つある。手段は違うにしろ大まかな形は一緒だった。
共通点は偶然なのか?あまり気にする事じゃないのかもしれない。でも何故かその点が異様に気になった。
他のファイルを見てみなきゃ。
他の特別機関の事件と共通が無いなら、この共通点は偶然になる。出てきた疑問は早めに片付けて置きたかった。そうじゃなきゃ疑問ばっか膨らんで、最後には何も見えなくなる気がして…。
俺は、特別機関メンバー全員の事件ファイルを掻き集めた。無論自分のも。
全部のファイルを手元いっぱいに持って、自分の机に並べて行く。
なんだよ…これ。
共通点が偶然だと思っていた。
偶然だと確認するために全員のを集めたのに。俺の期待は呆気なく崩される。
┌────────────────┐
│◇月◇日 │
│────────────────│
│21件目 全て同様の手口の犯行 │
│────────────────│
│身分証なし 身元不明遺体。 │
│────────────────│
│顔の切り傷165カ所。 │ │────────────────│
│凶器はカッターのような刃の浅いも│
│────────────────│
│のと推測 │ │────────────────│
│首から下は水死体のように膨らんで│
│────────────────│
│おり、顔のほかは水に漬けられてい│ │────────────────│
│た模様。 │ │────────────────│
│解剖の結果首から下は水に漬けられ│ │────────────────│
│ていて膨らんだとの事だが、首、頭│ │────────────────│
│は、膨らみはないため、水死体とは│ │────────────────│
│断言出来ないと言う。 │ │────────────────│
│ 大野 和│
└────────────────┘
┌────────────────┐
│◇月◆日 │
│────────────────│
│身元不明遺体 │ │────────────────│
│被害者の遺体は毎回同様 │ │────────────────│
│顔に200カ所に穴が空いている。│ │────────────────│
│顔の識別は不可能。 │ │────────────────│
│遺体の周囲に釘が大量に落ちている│ │────────────────│
│ため、これが顔に穴を開けた凶器だ│ │────────────────│
│と思われる。 │ │────────────────│
│首から下は穴はなく、顔に集中して│ │────────────────│
│いた。 │ │────────────────│
│首から下は、いたる所に釘がくっつ│ │────────────────│
│いている。司法解剖の結果、首から│ │────────────────│
│下は高圧電流の反応があった │ │────────────────│
│高圧電流を流されたのは首から下の│ │────────────────│
│みであり、頭、顔には電流の反応が│ │────────────────│
│なかった。 │ │────────────────│
│ 成川 陸│
└────────────────┘
┌────────────────┐
│◆月◇日 │
│────────────────│
│土に埋もれた遺体が発見された。 │ │────────────────│
│首から下は土の中に埋められており│ │────────────────│
│顔は緑に塗られている。 │ │────────────────│
│その為発見が遅れ、死後5ヶ月が経│ │────────────────│
│っていた。 │ │────────────────│
│遺体の腐敗が酷い。身元不明遺体。│ │────────────────│
│顔が緑に塗られた液はペンキだと思│ │────────────────│
│われる。 │ │────────────────│
│ 野村 竜一│
└────────────────┘
全部のファイルを事細かく見終わった。
頭の中で徐々に整理されて行く。これは少し進歩かもしれない。
事件には、不可解な点が沢山あって、俺はその一つもまだ把握しきれていなかった事を思い知らされた。
とことん向き合って、考えるしかない。
天音さんが担当している事件は、顔が滅多刺しで、首から下が全身火傷を負っている遺体。
大野さんの事件は、顔に何箇所もの切り後が残っていて、首から下が水死体のように膨れ上がっている。
成川さんの事件は、被害者の顔は、蜂の巣のように穴だらけで、体の方からは何故か高圧電流の反応が出ていた。
野村さんの事件は、遺体は土に埋もれたまま発見。頭だけが地上に出ていたと記されている。その顔には緑のペンキが
俺たちが担当してる事件には、すべて統一されている一つの共通点が存在している。
俺の事件は、顔が殴られたのか、ぼこぼこに腫れ上がり、首から下は何故か氷が張っていた。
今回、特別機関全員のファイルを見ていて分かった。
全員、首と体が、なんだかの形で分けられているんだ。
全員だ。全員だぞ。これは偶然じゃない。
この共通を見ると、犯人が同一犯なのか?いやそれとも、複数犯なのか…。
ルナが昨日言っていた言葉が過ぎる。
ルナたちはいつも見ているよ。特別機関の事。
ガラガラガラ!!
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