第6話
変な紫の女のせいで、今日の仕事は何も進展がなかった。まぁ、あの女がいようといまいと進展なんざないんだけど。
俺は、一人で酒でも飲もうかと、帰りに居酒屋に酔った。
カウンターで酒を飲んで、どれくらい経ったか。
もう帰ろうとしたら、一人の女が話し掛けて来た。
「ねぇ、私も一緒にいい?」
「ナンパ?どうぞ」
俺は一言で答えた。
今日はこの女でいっか。顔は対して可愛くないけど、目を
「そんなんじゃない。ただ誰か飲める相手が欲しかっただけ。一人で飲んでてもつまらないでしょ?」
俺の言った事が気に食わなかったのか、女は頬を膨らまして答えた。その姿は意地を張ってるようで、なんだかちょっと笑えた。
話して行く中で、昨日彼氏と別れたばかりと聞き、それに付け込み酒を次から次へと飲ませた。
あんりと名乗った女は、ヤケのようで、酒を注ぐたびに一気に飲み干した。彼女の飲みっぷりに若干引きながら、とりあえず笑顔で接する。
ガタガタ…。なんだか急に飲み屋が騒がしくなった事に気付く。なんだ?よく見ると、男と女の集団が入って来ただけだった。
向けた視線を静かに下ろして、あんりの顔を見る
「…………」
………?
彼女は今入って来た男女の集団に釘付けになっていた。
「どうした?」
眉を顰めて聞いてみると、彼女は俺を見ることもなく「元彼」とだけポツリと答えた。
視線を辿ると、一人の男の姿が映る。若い派手なヤンキ―みたいな奴だった。男の隣では、派手な女が腕を組んで寄り添っていた。
「…………」
あんりはちょっと複雑そうに見た後、男女の集団に背を向けてやっと俺の方を向いた。
「ごめんね」
彼女は少し笑って言った。
「ねぇゆう、もう出よ?」
酔った女が顔を近付けて来た。
始まった。
これもいつもの事。
多分元彼が女を連れてる事の反抗意識で、俺に迫って来たんだろうが、俺にはこいつの事情なんかどうでも良い。ヤリたい時にやる。たまたま目の前にいた女がこいつだっただけの話。
「行こう、ルナ」
あ。
「ルナって誰。さっきから何回も間違えてるけど」
やばい。
あれ、俺ルナなんて初めて言ったけど、何回も間違えてる?
「は?覚えてないの?何回も言ってたけど。間違えないでよ!」
あんりは、怒っていた。酒が入ってるからか、声が大きい。
居酒屋を一緒に出る時「ルナって誰?」と、あんりに何度も聞かれた。
ルナなんて知らねぇ。誰だ。
無意識に出た名前だったためか、言った張本人の俺ですら誰だかもいつ言ってたのかも分からない。
聞いたこともない名前だ。誰だ?
不意に今浮かんだのは、紫の髪を持つ女。
「ルナって誰!」
「だから知らねぇって」
あんりはその質問を何回も繰り返した。
それに俺、ルナなんて何回も言ってたか?知りもしない名前言って女に問い詰められて、マジで勘弁…。
「ルナ」
本当に誰だか分からない。女の名前と言うか、男の名前にも聞こえるけど。まぁそっちに勘違いされても困るけどな。
冷静に考えたら、知りもしない誰かの名前を何度も呼んで「ねぇちょっと、もしかして彼女?」とか今日会った女に意味無く何度も聞かれたりしてるこの状況は、実にアホくさい。
俺はあんりの言う事に一切答えずに、席を立とうと上着に服に手を伸ばした。
「ちょっと!」
あんりはまだ言って来る。
たくっ。ホントしつけぇな。こんなんだから男に振られんだよ。
俺は文句を言い続ける彼女を無視して、素早く上着を羽織った。
「ちょっ『あんり?』
………?
俺にあんりが何か文句を言おうとした時、それを遮るように後ろから男の声が聞こえて来た。
振り向くと、さっきの男と女集団の一人が立っている。髪は金髪で、如何にもチャラそうなやつ。確かこいつがあんりの元彼。
「何やってんだよ」
元彼が俺を見て、怒りに震えた眼差しを向けて来た。
あんりもどうしたものかと、目を泳がせていた。そりゃそうだよな。何してたって、今から二人で出ようとしてましたなんて言える訳ねぇし。
「えっと、あの」
あんりがおどおどと言葉を出す。嫉妬全開の元彼の様子を見ると―‥この二人、もしかしあら、別れてねんじゃね?まぁ彼氏彼女がいても、女の前や男の前では"いない"と言うのは別に珍しくない。
面倒な事に巻き込まれる前に、さっさと場を去ろうか。
「よかったな」
俺は言葉を投げるように言って、上着を取り場を去ろうと歩き出した。
「待てよ」
元彼が、いや彼氏が怒りに満ちた声で俺を呼び止めた。
「てめぇあんりに何しやがった?あぁ!?」
酔ってるせいもあるのか、酷い口調だ。
元彼の声が響くのと同時に、連れも一斉に立ち上がった。
もう、面倒な事に巻き込まれてたみたいだな。
あーめんどくせぇ。
そしたら何故か、彼氏ではなく、他の男が殴りかかって来た。
予想外の展開に一瞬思考が停止する。何でお前なんだよ。どう考えても殴って来んのは彼氏だろ。
まぁでも警察官になるために、柔道や空手、ボクシングなど色々なものを実践して訓練されて来た。
俺は体に力を入れた。その時
「バっカみたーい! 面白いね」
「――?」
幼くも低い声が耳に聞こえて来た。
子供が悪戯をして笑っているような、憎めない愛おしさを感じさせるそんな声。
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