最終幕 消失
最終幕 消失
家に着くと、「遅かったわね」と言われた。「いつもこんなもんじゃん」と、返した。
「クソッ」
俺はベッドにうつ伏せになって、もう何も考えたくなかった。ウイルスに感染?馬鹿みたいだよ。あいつは、自分の所為で感染したっていうのか?それが一番信じられない。
「もう足利には、会えないのか・・・?」
今更の様に気づく。死んだわけではないので思わなかったが、今までのあいつはもう死んだも同然か。
「折角・・・色々俺が気づいたばっかりだってのに」
気づけばコオロギやスズムシが鳴いている。俺は・・・。
「ご飯食べないの?」
母親がそこにいた
「・・・ねえ」
「なに?」
「母さんは母さん?」
「何言ってるの、当たり前じゃない」
「・・・だよな」
ひとまず、飯を食わなきゃ始まらんな、と思った。
「ご馳走様」
「ちょっとあんた」
「何だよ」
「・・・何かあるなら、言いなさいよ?」
「・・・わかってるよ」
こんな時に・・・いつもは言わない癖に。
「・・・ありがとう」
でも、俺は今切羽詰まりすぎだなぁと思った。この二日間、色々ことがあり過ぎた。
「今日は早めに寝るよ」
「そう」
そう言った俺は、本当にすぐベッドに入った。
「いざ冷静になってみると、悲しすぎだ」
俺は、足利を救うことはできなかったのだろうか。わからない。わからないが、救うことができたのではないかと、強く思う。
俺はこれからどうすればいいのだろうか。孤独の真意、それに気づいた今こそ、俺は足利に会いたい。でもそれはもう、叶わないのだろう?
お前は最期、何を思ったんだよ、足利。
怖かった?辛かった?何も感じる暇もなかった?
***
「ん?」
何かメールが届いた。脳内ネットを通じて、視界に表示される。
「送ってきたのは・・・誰だ?」
俺は目を擦った。網膜投影だから関係ないのに、目を擦った。
「送り主、足利義明⁉︎」
そこには、確かにその名前があった。メールアドレス・・・確かに、足利のものだった。
俺は、迷わずメールを見る。そこには、「診断書だ、見てくれ」。加えて添付ファイルがあった。
きっとあの谷川医師が救ってくれたのに違いない。そう思って俺はファイルを開いた。
「えっ・・・?」
ぐらりと揺らぐ視界。何だこれ?俺の疑問が口に出る前に、ことは起こった。
「うっ・・・痛え・・・⁉︎」
頭部を激痛が襲ったのだ。痛みに声も出ない。
網膜に、あるメッセージが投影される。
『アクセス承認 管理者として実行 転送中』
まさかと思った時には遅かった。
俺を更なる激痛が襲う。
例のコンピュータウイルスに感染してしまったのだ。
「い、痛い・・・助けを・・・」
やっと出た言葉がこれだ。もう誰も異常に気づくものは居ないだろう。
俺はどうやら、足利を装ったメールに引っかかってしまった様だ。冷静に考えれば対処出来た筈なのに・・・!
『送信 七十パーセント完了』
クソッタレが、と激痛に揉まれながら思った。でも、感染したのは自分の冷静さの無さ。でも、それでも攻撃者が悪いことには変わりない。
俺の記憶を何に使うつもりだよ。
「あれ?」
痛みが引いていくと同時に、何かが消えていく感覚。完璧に記憶が送信されなくても、削除は始まるのか。なんて手際がいいんだ。
「ああ、足利はこれを味わったのか」
『全て貰っていくぞ』
「なんだ、そういうことかよ」
俺は最初から、こうなる運命だったっていうことか。いや、これからの日本、みんながこうなる危険を孕んでいるだろう。身を守れるのは自分だけ。脳内ネットワークを持たない高齢者と幼児は、崩壊した社会下で生き残れるのか。だがそれ以前に、他の国に侵攻されそうだな。
「意識が・・・」
遂に意識が朦朧としてきた。記憶データは八十パーセント送信済みのようだし、記憶の半分くらい無くなっていてもおかしくはない。それを確認することもできないが。もどかしさだけが残るな。母さん・・・。何かあるなら言えって言ったばっかりなのに、ホントにごめんな。
俺は消えていく己を自覚できない。また明日から学校に行くのではと思っている自分がまだいやがる。
足利・・・、すまない。
俺の朦朧となる視界とは別で、走馬灯というべき光景が俺を包む。もう現実の視界は機能していない。
初めて誕生日プレゼントで買って貰った自転車。
初恋の相手のこと。
嫌いだった食べ物。
好きだった食べ物。何だっけ。
嫌いな先生のこと。
足利と夜通し語ったこと。
使ってたスマホの機種こと。
力を注いだゲームで使ってたキャラのこと。
出されてた宿題の内容のこと。
お気に入りのシャーペンのこと。
足利との会話。思い出のこと。
好きなアーティストのこと。
自分の誕生日のこと。
直らない変なクセのこと。
盗まれた自転車のこと。
何気ないいつもの夕食。
自分の部屋にあったもの。
好きな人がいたのだろうか。
誕生日はいつだったか。
学校の先生はどんな人だったか。
音楽と絵、どっちが好きだったのかな。
友達は・・・いたのか?
俺を愛してくれた両親の顔はどんなだったか。
いや、そもそも俺は誰なんだ。
俺は人間で合ってるのか。
この状況は何だ?
なんだか眠くなってきたな。
そろそろ寝るか。
なんだか疲れたな。
ゆっくり寝たいぜ。
ああ。そこにいるのは誰だ?
お前の、友達だよ。
俺の友達?
俺たちは、唯一の親友だ。
そうか、俺は一人じゃなかったのか。
一緒に行こうぜ。
一緒に・・・・・・・・・。
俺は、友達と一緒になった。
記憶を無くした世界で、友達と同じ友達という名前を持つことで、永遠に孤独になることはなかった・・・。
その孤独の意味は、誰も知らない。
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