三幕 みんなみんな孤独。

 三幕 みんなみんな孤独。



 あれ?と思った。体が重かった。


「寝不足か?」


 微妙な時間に起きてしまった。それが原因かな、と思う。


「今日こそは足利に会うぞ。真相を確かめてやる」


 俺はパンを口に詰めて、カバンに財布を詰めた。


「じゃ、行ってくる」


「え、うん」


 割りと力の篭った「行ってくる」になった。二度目だ。今回は確実に結果を出さなければ。と、謎の使命感に駆られ、俺は総合病院に向かった。

 足取りは早かった。駅に着くと、サイバー戦争の件で、公共の機関、社会は混乱状態のようだ。そういえば、警察も何度か見たな。


「しっかし落ち着かないなぁ」


 俺は切符を買って、ベンチで電車を待つ。反対側のタバコを吸っている男と、それを避ける人々を見て、タバコをのうのうと吸うことができるのも、今のうちかも知れないぜ?と心の中で呟いてみた。


「電車なんて、よくよく考えたら久しぶりなんだよな」


 電車も最近は自動運転に切り替わり、人件費の大幅削減、職を失った人の救済措置についての騒動を思い出していた。


「今回の件も相まって、クーデターとかストが起こらなければいいが・・・」


 電車に乗った後は、四駅進むだけなので、意外とあっという間だった。


「そういえば、最後に電車に乗った時も足利と一緒だったな」


 俺は意外と友人が少なくて孤独なんじゃないかな、とか思ったり言われることがあったが、俺は足利と想像以上に多く行動してきたんだな、と思った。なにせ、小学生時代からの付き合いだ。腐れ縁ってやつかな。

 俺は急に感傷的な気分になった。足利の不明な病状。戦争の始まり。今の不安定(寝不足)な俺自身。


「俺は友達が少ない」


 そう思い込んでいた。ふと視界に入った、対面上の男、さっきタバコを吸っていた男だった。この男も、駅のホームでタバコを吸っていたりするが、いざ家に帰ったら自慢の嫁がいて、子供が二人くらい居て、玄関で明るく出迎えられる立派な父なんじゃないか。俺は急に他人への妄想を始めた。


『あなたは孤独ですか?』


 そんなこと聞いたら殴られる。だから聞かないわけじゃない。


「みんな孤独なんだよな」


 俺は、自分が乗っている車両全体を見る。そこには、空虚を見つめる人間が全部で六人。


 みんな、孤独。みんな、孤独。孤独?孤独ってなんだ?

 俺、足利、母さんに父さん、弟、足利姉、教師。最近会ってはいないが、足利の両親。

 みんな名前があって、それぞれ名前を呼び合っている。人間という一括りの中で、それぞれ名前を貰って生きている。たとえば、みんなの名前が人間なら、みんな全く同じで、孤独なんて感じないだろう。確証はない。だが、あいつはこうで、あいつはこう。と、区別できる環境下に俺たちは生きている。


「ならみんな孤独なんじゃないか」


 俺は自然と笑えてくるような気がした。でも笑わなかった。

 そんな孤独を、何かでみんな埋めようとする。タバコとか、友達とか。


「みんなが孤独でいることに気づいていないんだ」


「次はー、中央駅ー」


 そうか、と俺は気付いた。周囲の空気が変わる。


「俺は、足利義明に会いたかった」


 結局、俺の心配とか、そんな思考は、足利に会いたかったという感情に他ならない。

 人との仲の良い関係とかを沢山持っているのはあまり好きじゃなくて、ほんの少数と深い交流を望んだ。親密な、本当に信頼できる友人関係の設立。


「俺は何故気づかなかったんだ?」


 その答えも浮かび上がる。


「俺は、自分自身を〈孤独〉だと思い込んでいたんだ」


 なんて傲慢な野郎だ、俺は。と思った。足利は俺を友達だと思ってくれているに違いない。今の俺も足利を親友だと思っている。孤独なんてのは、自分にしか目を向けられないからだったのだ。日常に刺激が欲しいとか以前に、周囲に刺激を振りまいてやればよかったのだ。

 それはネットワーク化を嫌う俺には、もってこいのやり方だったのではないだろうか。


「俺は馬鹿だ。こん畜生」


 電車で揺れる体を支えながら、俺は早く足利に会いたいと思った。孤独だろうさ、人間なんて。だから、それをお互い理解しないといけないんじゃないかな、と思った。

 深く考えているうちに、電車は総合病院前駅に到着した。


「俺は足利になんて言えば良いんだ」


 まず、そのことが気になった。足利に買うお菓子をコンビニで選びながら、しょうもない宣伝の音声を聞き流し、俺は考えた。

 元気かー?とか、そんな感じでいいのだろうか。


「千円からお願いします」


 まあ、なるようになるだろう。という結論に至った。

 病院までの道中、俺はやはり社会は混乱状態にあるということを再認識した。駅では警官の巡回が強化されており、街もただならぬ雰囲気を醸し出している。


「サイバー戦争でもこんな感じになるんだな・・・」


 俺はてっきり、PCを並べて敵国とカチカチパチパチし合うだけかと思っていた。だが、それに乗じた犯罪などにも警戒しているんだろうな。

 徒歩五分、総合病院に到着したが、やはりここも異常な雰囲気を纏っている。

「うわぁ・・・」


 タクシーなどのロータリーには警察官などが複数人、警備員も増加されているようだった。


「こんにちはー」


「こんにちは」


 一応こんにちはくらい言っておかなくてはな、と思った。これからの日本を守ってくれるのはあなた方なのでしょう・・・?と思ったからである。


「あれっ?」


 俺は愕然とした。なんと、ガラス張りの病院の中には、外と同じくらいの警察官、警備員に溢れていたからだ。

 俺は思わず総合病院のビルを見上げる。魔王城の門の前に来たレベル一の勇者の気分はこんなものかな、と思った。

 中に入るやいなや、警察官や警備員は俺を一斉に見る。そりゃあ外からの人間には警戒するよな。

 エレベーターに乗っても、エレベーター内の監視カメラにずっと凝視されているような気がしてならなかった。足利はこんなところに居て、気がおかしくならないだろうかと、心配になった。


「七◯八号室・・・ここだな」


 ついに、俺は足利の病室へと辿り着いた。二日とは言え、長かったなぁと思う。

 俺は、七◯八の横に立て掛けてあるネームプレートを横目に、コンコンとドアを叩いた。


「・・・?」


 反応はなかった。しばらく待っても、反応はない。俺は、思い切って開けることにした。なるようになるからと、さっき決めたばかりじゃないか、と。


「!」


 そこは、立派な一人部屋だった。昼前の、穏やかな日光が部屋全体を包み込んでいる。俺は消毒の匂いがツンとして、それを打ち消す勢いで病室へと足を踏み入れる。


「足利・・・?」


 大体俺の経験として、個人病室というものは、初めは中が見えない。少し細い通路を挟んでから、ベッド全体が見える広間へと繋がる。俺は迷わず進む。


「おっ、足利、大丈夫か」


 足利は起きていて、窓の外を向いていた。


「おい、あーしーかーが」


 すると、足利はゆっくりとこっちを見て、第一声、こう俺に言った。


「どなた・・・ですか?」


 俺は耳を疑った。


「えっ?」


 視界がグルグルと回る。


「あのぉ、・・・お部屋を、間違えてはいないですか?」


「えっ、いやっ、足、足利・・・」


「僕は・・・足利なんでしょうか?名前がよくわからなくて」


 ゴトッと、買ってきたお菓子が俺の手から落ちることに気づかず、拾おうともしなかった。


「何を・・・」


 そんな困った顔でこっちを見ないでくれ。まるで・・・他人みたいに・・・他人?俺は、お前は俺を友達だと思ってくれているに違いないと思っていたのだが・・・。いや、そもそもこの状況は何だ?お前は病院で寝ているんじゃないのか。結構元気じゃないか。何かおかしいがな。


「足利義明。お前の名前。分かるか」


 俺は頭が混乱している以前に、決着をつけたかった意思が強かったのかもしれない。俺はおそらく足利であろう男にに端的に告げる。


「僕は・・・なんでしょう。気づいたらここに居ました。ここは病院なのですよね?あまり詳細に教えてもらえていなくて・・・」


 それは・・・当然だ。そんな状態のお前に、親族も医者も色々と教えることが出来るわけがないではないか。


「何も・・・覚えていないのか?」


 俺は吐き気がした。足が宙に浮いているのではないかという程に、気分が悪い。顔色もきっと悪いに違いない。胃の中身が無限に出てきそうな感覚。頭も熱を帯びている。


「何もと言われても・・・昨日からの記憶しか、僕にはありません」


 そう言って男は、最後に笑って見せた。


「そうか・・・失礼したな」


 気づけば俺は部屋を出ようとしていた。


「あっ、ちょっと。待ってください」


 男が俺を呼び止める。


「・・・どうした」


「あなたの、名前を教えてください」


 そんなに明るく聞かないでくれ。お前は足利の筈だ。そんなことを言う前に、俺の声帯は勝手に空気を震わせていた。


「中二の時に夜通し語り合って、同じ高校を受験して、体育祭で二人三脚一緒にやって、文化祭で一緒に劇をやって、一緒に補習を受けて、同じクラスで、それで・・・、隣の席で俺の唯一の友達の・・・」


 もうこれ以上は気がおかしくなりそうで出てこなかった。俺の名前を言ったって、俺は更に悲しくなる。お前は俺のことだけではなく、今までやってきた全てを忘れているんだろう?


「待ってください」


 男は焦りを見せた。


「・・・?」


「そんなに一気に言われてもわかりません」


「でも、おま」


「でもあなたは、僕の友達なんですよね?」


 俺は顔を上げた。男の目を見る。そこには、新たな発見をした純粋な子供のような眼差しがあった。今の俺には、重い。


「まあな」


 俺はついこの間も、お前に「まあな」と言った筈だ。


「なら、それで十分ですよ。あなたが僕の友達だと言うのなら、僕はあなたから新しいことを吸収するだけです」


「なんだって・・・?」


「友達っていうことがハッキリしているなら、それだけでも僕は安心しました」


「・・・そうか」


 全く、いつも通りなら「馬鹿野郎」と言ってやりたいところだが、俺にはもうその気力がなかった。


「また、明日来るな」


「よろしくお願いします」


 足利なら、よろしくお願いしますなんて言わない。やっぱり、お前はそこにいないんだな。


 病室を出ると、俺はそのままドアに寄りかかって座り込んだ。


「フフフ・・・足利じゃないのか?」


 俺は視界がまともではないことに気づき、近くのベンチまで移動、座った。どれくらい時間が経っただろう。目の前に誰かが現れた。


「君は、足利義明くんのご友人ですか?」


「・・・」


 俺は、渋々顔を上げる。そこには、いかにもと言わんばかりの貫禄を持った医師がいた。


「そうですが」


「ちょっといいかな。義明くんのことで、伝えておきたいことがある」


「僕は家族の者ではありませんよ」


「君の様子を見るに、伝えないわけにはいかない」


「家族の了解は得たんですか」


 俺はかなり弱気だった。


「いいや」


「ならーーーーー」


「今回は、例外が認められ得ているからね」


 例外?なんだそれは。

 俺はお化けの様な足取りで、その谷川と名乗る医師の後をついて行った。朝の足取りとは百八十度違っていることに、最早俺は笑いを覚える。


「特例が認められると言いましたね」


「ああ」


「今回のサイバー戦争と、何か関係があるんですか?」


 医師は立ち止まってこちらを見る、その目には、先ほどの足利だった男の様な興味深々の眼差しがあった。だが、それとは少し違った。谷川医師の目、その奥に深い闇、なにか問題でも抱えている様な、ただならぬものを俺は感じていたからだ。


「何故・・・そう思ったのかね」


「特例なんて、まずそうそう無いでしょうし、今認められるとすれば、なにか、重大な何かとリンクしている。それに、学校でただ倒れただけなのに、記憶がすっかりなくなっているなんて、偶然とは思えませんしね」


「なるほど」


 結構まともな状態が戻ってきたじゃないか。と思った。そのまま正面の部屋のドアを開けた谷川医師は、俺を振り返って、「その通りだよ」と言った。

 俺は谷川医師にコーヒーを貰い、心を落ち着かせる時間を貰った。


「で、谷川先生は俺に、一体何を伝えたいんですか?」


「・・・」


 谷川医師は、なにやら書類やらをプリントアウトしている様だった。


「君の友人、足利くんなんだがね・・・」


 座りながら、谷川医師は話を始めた。


「コンピュータウイルスに、感染してしまったのだよ」


「・・・?」


 おいおい、コーヒーを飲んだばっかりなのに、なんでまた混乱させてくるんだよ。


「えっと、足利が、サイバー戦争に使われたコンピュータウイルスに感染したってことで、いいんですかね?」


「そうだ」


 そう言って、谷川医師は俺に、ある書類を見せてくれた。


「これは、足利くんや日本の人を襲い始めているウイルスの詳細データだ」


「・・・ランサムウェアではないんですね」


「詳しいね」


「ほんの少しだけ齧ったことがありまして」


「・・・このウイルスは、最早一般的な金目当てのウイルスではない。一線を画している」


「どういうことですか?」


「昨日のニュースの記事を読んだかな?」


「はい」


「なら、話は早い。つまりはね、人々の記憶を壊して回っているんだよ。このウイルス、攻撃者たちはね」


「何が目的なんですか?」


「日本を内部から壊そうとしている。と考えるのが妥当かな?」


「脳内ネットワークを通じて・・・?」


「恐らく」


 谷川医師は一体何者なんだ?という疑問は置いておいて、サイバー攻撃の一手に足利を利用したことに俺は怒りを覚えた。


「実はね、ウイルスには大きな特徴と言うべき部分があって、記憶を壊すだけではないんだ」


「?」


「記憶を奪うんだよ」


「奪う・・・?」


「ここを見て」


 そこには、ウイルスの動作について述べてあった。記憶系の神経に感染後は、記憶を暗号化、ファイルとして脳内ネットワークを通して攻撃者に送信。全ての記憶データ送り切った後は、全てのデータを消去する。


「残酷ですね」


「ああ」


「何故攻撃者たちは、俺たちの記憶を欲しているんでしょうか」


「まだわからないが、優秀な人間の記憶を複数用いて、人間的な思考が可能な人工知能の開発を進める気なのでは無いかと思っている」


「人間的な思考?」


「人間って、悪どいことは結構思いつくだろう?」


「だから、それで更なるサイバー戦争、ウイルスの感染手口を思考させようってことですね」


「そういうことだと、今は思っている」


「対処できないんですか?」


 俺は何より先にそれを思った。それができれば、足利を救うことができた筈だ。もどかしさが俺を襲う。俺は悔しさで堪らなくなった。


「これは、標的になった我々に問題があるんだよ」


「えっ・・・?」


 俺は、また講演会でのことを思い出した。

 ウイルスに感染するルート、自分でファイルを実行、ダウンロードなど、自分自身に責任があることを。


「俺ら自身で守るしか無いんですね」


「そうだ」


 少しの間、沈黙が続いた。俺は、これからどうすればいい?激化するサイバー戦争、その対処。


「俺、もっと対処方法を勉強します」


「うん。それが一番だ。それを、みんなに教えてあげるといい」


「自分で自分は守らなきゃですね」


「・・・」


「足利を・・・よろしくお願いします」


 俺は谷川医師の部屋を出た。もう日は傾いていた。

 やっぱりネットワークなんて、いいことないじゃないか。

 帰り道、何度も人にぶつかった。俺は、下をずっと向いていた。

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