二幕 サイバー戦争勃発

 二幕 サイバー戦争勃発。



 コンピュータウイルスについて色々と調べてから約三週間後、俺はまた、人間のあるべき姿を考察しながら登校していた。そもそも、人間は脳にネットワークを持っていてこのまま生きていけるのか。人間そのものが機械化しないか、とかね。


「おはよう」


「おー」


 決して挨拶が面倒だったとか、そんな訳ではない。ただ、今日は変な夢を見たのだ。

 光の線が何本も走る空洞の様な場所で宙に浮いている俺は、何者かに追われていた・・・そんな意味不明な夢だ。タイムマシンのワープホールの様な、光のトンネルだ。その先には何もない。宙に浮いている俺は身動きが取れない。流れに身を任せるのみ。後ろから次第に迫り来る危機に気付きながらも、なす術がない。そして、最後は何者かに肩を掴まれる。そして、俺は現実へ帰還することができた。

 下手したら、あのまま夢の中だったのではないか。そう思える程リアルで、巷で話題の明晰夢とは、また違った感覚だった。


「これは夢だな」


 明晰夢に気付く。そんな感覚ではない。


「いつから此処に居るんだ。さっきまで寝てたのに」


 夢を通り越している。なんとも難しい感覚だった。言葉ではまるで言い表せないものだった。

 もしこの感覚を言い表せる形容詞があるなら、即座に結論に繋がる脳内ネットで調べてやりたいくらいだぜ、そう思った。全く、寝た気がしなかった。

 その日の学校は辛かった。

 一時間目、睡眠。二時間目、寝た。三時間目、就寝。四時間m・・・。

 昼休みは一本バーを口に押し込んで寝た。真面目に授業を受けている人と同じ飯を食う資格は今はない。学ばざるもの食うべからずだ。


「お前、遂にどうかなっちまったんじゃねぇの?」


 足利がぐったりした物体に言った。


「そうかもな」


 今ならそう言われても納得できる。純粋にそれを受け入れる時点で異常だろう。

 五、六時間目も同じ様に過ごし、気づけば家で夕食を済ませていた。

 自分の部屋でPCをカチカチカタカタしながらニュースを見ていると、気になる記事が目に入った。


『コンピュータウイルス、大流行か』


 俺は、いつかの講演会を思い出した。コンピュータウイルスか、やっぱり自分事で考えることができない。なぜなら、俺の現実とかけ離れているからだ。

 言ってしまえば、今俺はコンピュータウイルスを他人事として考えている。身近な誰かさんが被害に逢うか、身をもって体験するかしないと、やっぱり身に危険を感じられないなぁ。専門家が見れば怒り出しそうだな、これは。

 俺は興味惹かれページを開いた。若干の読み込みの長さ。みんな興味あるのか?

「感染者増加傾向・・・国防省注意喚起」

 漢字だらけで申し訳ない。ホントに記事が漢字だらけなんだ。あとはセキュリティ用語かな、カタカナばっかりだ。

 頭と目が色んな意味で痛くなってきたので、今日はもう寝ることにした。散々寝たのにまだいつも通り寝られる自分に恐怖を覚えた。

 今日は夢は見なかった。


 たしか世界が狂い始めたのは、そこからだ。


 足利が学校に遅刻した。一話に名前を付けるならそんな感じだろう。誰も特に気にしていなかった。足利は、三時間目に現れた。俺はというと、授業の内容はさっぱりだった。


「足利、どうしたんだ?」


「体調崩してな、病院に行ってたんだ」


「休めばよかったものを」


「まぁ、そうはいかんだろ」


 真面目だなぁ、涙が出るぜ。おっと、少しふざけすぎたな。

 だが昼休み、事は起こった。

 まさしく発狂と言うべき奇声が教室を襲った。俺は後ろを振り向き、何があったのかとその声の方を見る。そこあるものは、非日常のドアが開けられた後だった。


「足利⁉︎」


 なんと、足利が倒れこんでいる。それも、普通じゃない様子で。痙攣というか、大袈裟に震えてるというか。俺は軽く恐怖を覚えた。


「しっかりしろ、足利!」


 全てが急すぎて全員パニックだった。俺はいつでも冷静を保っていられる自信があったが、これには焦った。

 冷や汗の様なものをかいており、目は充血している。只事じゃあないぞ⁉︎そう全員が思った。

 駆けつけた教師らによって救急車が呼ばれ、足利は病院へ搬送され、ことは一度落ち着いた。


「足利・・・一体何だったんだろう」


 俺は足利の異常な様子を間近で見ていたこともあってかなり心配だった。

 結局その日は、クラス中が暗い雰囲気のままだった。


「ちょっと、いいかな」


「なんですか?」


 帰ろうとしたところを、教師が俺と二、三人を呼び止めてきた。暴力事件などの問題を起こした覚えはなかったが、教師の目にはそれを思い起こさせるものを感じなかった。

 足利の件だろうな。なんとなく、そう思った。


「何かあったんですか」


 少し探りを入れてみた。反応を見てみたかった。


「あなたたち、ここ最近で、足利くんに何か違和感を感じたりはしなかった?」


 嫌な予感がした。


「いえ、特には」


 他のやつらも同じ様に答える。足利に異変?至っていつもの真面目なやつだった。


「そう・・・ならいいわ。ありがとう」


「どういうことですか?」


「えっ?」


「いや、なんとなく」


「・・・終わりよ、帰っていいわ」


 そう言って教師は職員室の方へ去った。一体何だったのだろうか?


「・・・じゃあ金曜だし、ここに残ってもしょうがないし、帰るか」


 そう言って俺たちも解散した。だが、俺たちはその時気づいてはいなかったのだ。「終わり」の意味はとてつもなく果てしなかったことを。

 俺はなんだか毒虫を噛んだ様な気分になって、帰り道の草むらで横になっていた。

 雲が流れるのが早かった。たまにカラスが視界に入っては、足音が聴覚を刺激していく。


「なんかなぁ・・・」


 俺は何かあるんじゃないかと心配だった。


「はぁ・・・ったく」


 日々なにか刺激が欲しいとは思うが、これは強すぎないか。


「ただいま」


「お帰り」


「今日の晩御飯、なに?」


「あら、そんなこと聞いてくるなんて珍しいわね」


「疲れたからな」


「今日はカレーよ」


 最近の疲れを癒すにはカレーはもってこいかもしれないな。そう思った。

 俺は部屋の窓を全開にして、空気を入れ替える。日中に溜まった空気が、外界へ一気に解放されていく。俺のモヤモヤも一緒に連れて行ってくれればいいのにな、と思った。


「さて、明日は土曜だし、足利の家にお見舞いでも行ってみるか」


 俺はPCを起動して、足利にその旨を伝えるためのメールを打っていた。

『大丈夫か?明日見舞いに行ってよかったら、欲しい菓子でも買っていくぞ』

 どんな返信が返ってくるだろうか。「ピッキーを頼む」「カットケットで」とか?

 俺に返ってきたのは、あまりにも期待を裏切る結果だった。


『送信先のメールアドレスは存在しません。』


「何?」


 俺は呆然とした。送信済みメールから、誤字脱字を探すが、何度見ても気づかなかった。いや、なんなら、よく使うメールアドレスは登録してあるので、それを選択して送信したのだからおかしい話なのだ、そのメールアドレスが存在しないというのは、本当に、実におかしい。


「・・・何なんだ?」


 俺は脳内ネットからも、メールを送ってみた。だが、結果は同じだった。


「まあ、明日直接行けばいいか」


 俺はカレーをやけ食いし、床に着いた。

 そして次の日。


「行ってくる」


「気をつけてね、なるべく早く帰ってきなさい」


「分かったよ」


 今は朝九時だ。流石に帰るのが遅くはならないだろうと思う。

 足利の家までは徒歩で十分と、割と近い。

 この道中も、もう何度見ただろうか。


「ん?」


 足利の家が目に入った瞬間、何か異変を感じた。人の気配がない。


「留守か?」


 すると、家から物音がするのに気付いた。ドアが開いた。中から出てきたのは、足利の姉だった。


「こんにちは」


「あら、どうしたのー?」


「義明くんのお見舞いに来ました」


 すると、足利姉は少し顔を顰めて、こう俺に言った。


「ちょっとまだ具合が良くないみたいだから、また明日にしてもらっていいかな?」


「良くないって、そんなにですか」


 俺はここであることを思い出した。よく考えたら足利は救急車で運ばれたのだし、教師が足利の様子を尋ねてくるほど具合が悪いとしたら、家にいるってことは、無いのではないか、と。


「昨日運ばれたまま入院中なんですか?」


「・・・まあ、そうなんだけどね。・・・私も、よくわからないの。パパとママが病院に行っててね、今から私も行くの」


 ちょっとした貧血とか、そんな理由だったら、全員が常に足利のところについておくことは考えにくいな、と、思った。特に足利姉は、今日はバレーの大会を控えていると、一昨日ら辺に足利は言っていた。


「じゃあ、私ももう行くね」


 少し足早に足利姉が去っていく。俺は、最後に疑問に思っていたことを、その去り行く背中にぶつけてみた。


「メールが通じないんですっ!」


 足が止まる。恐る恐るこちらを見る。その目の奥には、底知れないものを感じる。


「えっ?」


「あいつに昨日から何も通じないんです。メールアドレスが、存在しませんって表示されて」


「・・・本当?」


「・・・はい」


 俺と足利姉の周りの空気は、殺人現場のような雰囲気になっている。背中に汗が流れる。今日の気温は二十二度のはずなのにな。


「七◯八」


 足利姉が呟いた。


「何です?それは」


「義明の・・・病室の番号」


 俺はやっと、なにか恐ろしいことが待っている予感を感じた。


「ありがとう、ございます」


 足利姉はもう何も言わずに去っていった。俺は、今日はもう行くのは辞めておこうと思った。


 ***


 俺は家で、コンピュータウイルスのことを調べていた。


「ふーん・・・」

 意外にも、ウイルスってのは奥が深いな。色んな意味で。

 製作者によって色々と動作に違いがあったり、単なるジョーク目的のジョークウイルス、ガチで感染したら終わるウイルス。最近流行ったウイルスから、昔流行ったウイルスまで、調べていくうちに、攻撃者の手口の巧妙さに感心している俺。サイバー犯罪ってすごいんだな。


「ご飯よ」


「へーい」


 俺は足利がどうなっただろうと思いながら、野菜やらなんやらを口に放り込んだ。


「ご馳走様」


「ねえ」


「何」


「なんか最近変よ?」


「いつも変じゃん」


 多分、最近は色々考えてるからかな。

 俺は、その後もコンピュータウイルスを調べようと思ったが、その思考はネットに流れたニュース速報に全て打ち消された。


『ハッカー集団、サイバー大規模サイバー攻撃を宣言』


 なんだ?と思った。初めは凄くリアルなアニメでも見ている気分だったが、それが現実であることを自覚し、記事を読むためすかさず詳細を押した。


『主な標的は日本』


「は?」


 主な標的は日本?なんだ、そうか。で済ませられないぞ?冗談じゃない。


『脳内ネットワークへハッキング、脳内記憶部位を司る電子系神経に感染。既に日本国内で複数名が感染か』


 なんだこりゃ、と、意外にも俺は冷静だった。SF映画みたいなことだな、と思っていたが、俺の頭の中で、この件とある件が合体した。


「足利・・・」


 いや、まさかな。と思ったが、俺はなぜかこの事件の関連性は絶対的だな、と思った。

 俺は他に情報を漁ってみたが、特に重要な情報は出てこなかった。


「もう、寝るか」

 俺は明日、足利の見舞いに行かなくてはならない。足利は今、どんな様子だろうか。

 そんな事を考えていると、俺は気づかないうちに夢の中へと、ダイブしていた。


「あっ」


 急に飛び起きる。鼓動が早い。視界は暗かった。まだ、日は昇ってないってことか。時計・・・四時だった。息も切れている。情けないゼーゼーという呼吸音が部屋を満たす。


「・・・」


 俺は夢の内容を思い出そうとする。


「たしか・・・」


 これは、いつしか俺が見た悪夢の続きであったことに気づいた。光が一直線に飛んでいるトンネル。誰かに肩を掴まれ、俺がその誰かを見る、いわば、振り返るところから、夢はスタートした。


「暑いな」


 俺は自然と体が動いた。大抵は恐怖で動けないが、電気を付けて窓を開けた。

 外界の空気が体を包んで部屋ごと浄化していく。体の熱を冷やして去って行く。どこかの家で風鈴が鳴る。もう夏も近いな、と思った。どこからか聞こえる救急車のサイレン。俺は足利との思い出を思い出していた。中学二年の頃、この位落ち着いた夜に集合して、河原で水の音を聞きながらずっと話してたっけか。


「はぁ」


 思わずため息が出た。


「あの夢の続き、何だったんだ」


 俺を掴んだ誰かは、俺にこう言った。いや、何かを通じて直接語りかけてきたと言うべきか。人間ではなかった様に思える。


『全て貰っていくぞ』と。


 禍々しい、とでも言うべきか。

 割とシンプルだな。貰うって・・・何を?って話だが。


「深く考えても、しょうがないよな」


 あと一時間もせずに日は出てくるな、と思ったので、また寝ることにした。

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