一幕 憂鬱

 一幕 憂鬱


「ニ◯三八年問題」というのを聞いたことがあるだろうか、世界中のコンピュータが狂うと言われており、コンピュータが一とゼロで表せる時間を超えてしまうので、電子機器内の時間などが異常を起こす。簡単に言うと、そんな感じだ。

 時はニ◯五五年。ニ◯三八年問題をクリアした人類は、更なるネットワークの進化を遂げていた。俺はニ◯三八年に生まれ、今は高校二年生である。今は人間一人一人が脳内にネットワークを介しており、神経を通して画面を見る。

 画面がなくともよくなっているのだ。

 たしか視神経をなんとかして、網膜に映し出し、それを目が見ているかの様にできる技術なのだそうだ。個人的には凄い技術だなぁと思うが、ついに人間と機械が一体化を始めたのかと思うと、俺は少し怖くなる。


「今日は月曜日か」


 目の下の部分にデジタル時計があり、今の人間たちはそうやって時間を確認できるようになった。俺は大体非表示にしている。俺は、あまりこの世界のことを快く思っていない。


「学校遅れるかも」


「なにやってんのよ」


「いってきます」


 父親はとっくに出勤していた。そりゃそうだ。

 家の前の坂を駆け降りていく。自転車はこの間盗まれた。

 で、さっきの話の続きだが、何故俺がこの世界に満足していないのかというと、人間味を感じる場面が少ないなぁと思うからだ。俺は生まれた時から(物心がついた頃から) 脳内にネットワークを構築されており、全ては機械に任せてきたのだ。気になることがあったら、すぐに調べられるし、友人とのメールも即座に行うことができたのだ。つまり、その結果に至るまでの楽しみを感じることができないのだ。

 例えば、キャンプに行って、カレーを作るとする。火を起こして、米を洗って、煙に目をやられながらもカレー作りに奮闘し、結果として、大自然の中のカレーを堪能できるのだ。その過程の苦しみが報われる瞬間だ。要するに、苦の過程も後々は良かったものになるのだ。俺は去年キャンプで友人らとカレーを作ったので、努力は意外にも報われることを知っていた。だが、山を降りれば、実際日常のつまらなさにため息が出るレベルで、俺は結構刺激が欲しかった。

 俺は、間に合うように走る。世界の科学が進歩しても、遅刻しそうな学生の姿が消えないのは、結構貴重なのではないか、変わらない一つの日常として、そう捉えるべきではないか。俺はバカかな。そう思った。

 だが、日常のつまらなさを感じている人間もいるのではないかと内心期待している自分もいる。例えば今、目に入った雑草を瞬時にネットワークで調べられるが、それは日々の好奇心を殺している。そう思う人がいるはずだ。

 具体的に言えば、図書館でその雑草を調べてたら、以前気になってた本が偶然見つかるとか、更なる興味を本で見出すとか。その調べる過程を楽しめば、調べるつもりがないものにも興味というのは案外ついてくる。そういう些細な出会いが俺は欲しいのだ。

 なんなら、図書館で運命の出会いがあったっていいだろう。雑草から始まった樹形図、そこから色々と独自のアナログネットワークが広がるのだ。瞬間的に目標に到達しないのが、今のネットワークとの違いだ。

 一体朝からなにを深く考えているんだろう。でも、生きていることを感じられるのは、息が上がっている今くらいじゃないか。図書館は、手にとって、本の重さを感じながら、視覚的に楽しめる。今はオンライン図書館で、ネットで読む人が多い。

 それも残念だな。そう思った。


「おはよう」


「おはよう御座います」


 生徒の登校は、校門に設置されたセンサーや人工知能で把握できる。出席を確認したりしないので、授業は即座に始められるのだ。だから、遅刻すれば授業の一時間目は欠課になってしまう。それは避けたかった。

 教室に入ると、まだ教師は来ていなかった。俺は安心して席に着いた。


「遅かったな。珍しいな、何かあったのか」


「まあね」


 説明するのが面倒だったわけではない。ただ、さっきまで色々考えていたことがずっと引っかかっていたのだ。


「全員いますね」


 教師が遅れて登場した。全員いることなんて知っているだろう。

 今日は現代社会で少し前の世界。そう、脳内ネットワーク開発、構築寸前の世界のことを学んだ。


「一番人間が怖い。人間って滅茶苦茶怖い」


 それが俺の出した今回の授業に対する答えだった。


「何で人間が怖いんだ?」


 隣の席の足利に聞かれた。


「限界を知らないから、どこまでも行こうとする。結果、俺たちはこんな風になっている」


「・・・ふーん」


『なんだそりゃ』って顔をされた。まあ当然だろうな。

 まず、人間は便利さを追求しすぎなのだ。と、一番に思った。それはインターネットが出てきた頃から強くなったんだろうな。なんせ、イメージ的には一本のLANケーブルで世界中が繋がるんだぜ。普通に考えたら凄すぎる。

 二時間目は珍しく外部講演会で、題名は「コンピュータウイルス」だった。なんだそりゃ?と思ったが、そういえばこの間習ったじゃないか。と、復習しないとこうなるということを教えられてしまった。講演会に参加しなくても今教訓を得たぞ、とバカみたいなことを思った。


「えー、それではですね」


 いかにも理系な感じの匂いがする男が、壇上の上で話し始めた。


「皆さんは、脳内ネットワークをそれぞれお持ちだと思います。今回は、ネットワークを通じた危険についてお話しします」


 危険なんてあるんだな、と、最初は思ったが、次第に事の重要さを俺は理解した。


「まず、コンピュータウイルスについて説明を始めます」


 男の話が全て事前に配られたパンフレットに書いてあったので、簡単に理解しようとすると、つまり、コンピュータウイルスってのは「PCに害を与えるソフトウェア」で、実行されたらPCの裏で所有者に気づかれないように動作し、PCの中のファイルなどを、攻撃者に転送する。あるいは、暗号化して削除を示唆するような文面を表示させ、暗号化解除コード、ウイルスの削除の代償として、高額な身代金を要求する。でも、金だけ取られる場合もあるので、お金は払ってはいけない。ということだった。

 で、今回の講演で肝になっているとも言えることがあり、それは、ウイルスの感染経路だ。どこを介して感染したのか、何故感染したのか。つまりは、感染の過程。俺らの脳内にはネットワーク、いわばインターネットがあり、PC(インターネット)全盛期、ウイルスの感染経路はメールの添付ファイル。そして、インターネットのウェブ閲覧により感染するのだそうだ。相当怪しいサイトでない限り感染はしないらしいのだが、詐欺警告ポップアップの表示による精神攻撃を手段とし、怪しさに気づかせずにウイルスのファイルをダウンロード、実行してしまうのだ。

 そう、今のはPCの話、PCの話ではこうだ。だが、今回の話に関しては俺らのネットワーク。その俺らのネットワークを介したウイルス感染が今、流行の兆しを見せているらしいのだ。最初は言っている意味がよくわからなかった。でも講堂を出た時は、俺は寒気が止まらなかった。


「本当にウイルスになんか感染するものなのか」


 全員がそう思っていた。かく言う俺もだ。乗っていた飛行機が運悪く墜落するとか、何気なく一枚買った宝くじで五億円当てるとか、その次元のレベルの確率。せいぜい、そんなものだろう、と。

 その後家で色々と調べてみた結果、ウイルスにも色々な種類があることがわかった。

 トロイの木馬やバックドア、ワーム、ワイパー。特にワイパーは、PCなどのデータを全消ししていくという、なんと質の悪いことか。ぷよぷよじゃないんだぞ。

 ちなみに、なぜ脳内ではなく家で調べたのかと言うと、俺の脳内ネットワークは、一週間の規定データ通信量を超えていたからだ。脳に悪影響が出る前に、勝手に使用を抑えられる仕組みになっている。そのため、いつでも調べることがあった時のために、一人一台PCは当たり前の時代になった。だからこそ、セキュリティ関連の指導が必要なのか・・・?俺は窓からの西日に照らされながら思った。


 そう、その頃はね。

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