二人
小説書く夫
第1話 『そういう気持ち』
午後、突然激しい雨が降り出し、暴風も吹き出した。
クラスメイトは皆、折り畳み傘を取り出しており、大きな傘で帰る生徒は見られなかった。
無理もない、今朝の天気予報では午後から雨が降るなど予報されていなかった。
すると突然背後から声が聞こえた。
「あっ、傘忘れた!」
振り返ってみると、一人の女子生徒が傘立てをひっくり返しながら嘆いているのが目に入った。
「持ってきたつもりだったのに…帰れないじゃん……」
彼女の名前は一夏(いちか)。身長は170cmとなかなか高く、女子バスケットボール部に入部している。
そんな彼女にかける言葉も思いつかず、そのまま立ち去ろうとした瞬間だった。
「うわぁっ!?」
傘を持っていた左手が掴まれ、勢いよく引っ張られた。
振り返ると、そこには一夏が立っていた。
僕の左手ががっしりと握られていた。
「…なんすか……」
すると、彼女はずる賢く笑いながら言った。
「入れて」
僕にはその表情が恐怖にさえ感じられた、
怖い怖い。
「やだ」
そう言って腕を引っ張ると、案外簡単に腕を抜くことができた。
「なーんーでーよ、いーじゃん!」
「いやいやいやいや」
異性と同じ傘に入るという行為が何を意味するか知らないのだろうか。
相合傘なんて勘弁してほしい。
「ならいいよ…別に…」
彼女はそう言って顔を手に埋めた。
泣き真似かと疑って見ていると、やがてしゃくりあげる声が聞こえてきた。
___え、これガチ泣き?
「あー、悪かった! 悪かったから! 入れてやるから!」
そう勢いで言ってしまったのに気付き、撤廃しようと思ったが時すでに遅し。
一夏が顔を上げた。その顔に涙は一滴もなかった。泣き真似だったのだ。
「くっそ泣き真似かよ」
「はい、じゃ入れてね」
「分かったよもう…」
彼女と傘に入ること自体は嫌ではない、むしろ嬉しい。だが、僕が一番嫌なのは周りの目だ。
女子と相合傘しているところなんて見られたら、一生ネタにされ続けるに決まっている。
「もしかして義人、周りの目気にしてる?」
階段を降り、下足で靴を履き替えていると、一夏が言った。
急に低くなった一夏の声に驚いて顔を上げた。
先ほどまでのふざけた子供のような表情ではなく、凛々しい女性の顔をしていた。
「そりゃ、まあね」
「気にしなくていいよ。そんなの」
「え? どうして?」
一夏はその質問には答えなかった。
「いこ」
「傘持つよ」と言ってきたので、手に持っていた傘を手渡した。
大きくバサッという音がなり、傘が開いた。
その傘に入れてもらい、二人で歩き出した。
数秒の沈黙の後、一夏が口を開いた。
「周りの目を気にしなくていいってのは、私らに、その…『そういう気持ち』がないからってこと」
「『そういう気持ち』って何?」
「私らには、ほら、『そういう気持ち』がないし、そもそもただ入れてもらってるだけだから、相合傘しても別に気にすることないし…」
「あぁ、なるほど」
すると、一夏の口から意外な言葉が発せられた。
「でも、義人は『そういう気持ち』あったりして」
一夏はニヤニヤと笑った。
「かもなー。てかそういう一夏もありそう」
なるべくさりげなくそう返すと、一秒ほどの間の後、返答が帰ってきた。
「ざんねーん、ないよ」
「あちゃー」
そうストレートに言われてしまうとかえってショックを受けてしまう。
やがて、東西に帰り道が別れる地点に着いた。僕は東側、一夏は西側からいつも帰っている。
「どうする?」
「んー、本当はもうちょっと一緒がいいんだけど、義人の方角から帰ると遠いんだよね…」
「そ、うだ、よな…」
『本当はもうちょっと一緒にいたい』、そんな言葉を聞いて、少し胸がドキッとした。
もちろん、雨が降っているから一緒にいたいという意味に決まっている。
そう分かっていても、意識してしまった。
「それじゃ、またね」
「うん」
「入れてくれてありがとー!」
水溜りを踏んで走る一夏の足音がどんどん小さくなっていった。
一夏が言っていた言葉が脳裏に浮かんだ。
でも、義人は『そういう気持ち』あったりして
「『そういう気持ち』だなんてめちゃくちゃあるよ…困るくらいに」
**
「うん、バイバイ」
義人とそう言って別れると、私はすぐ走り出した。
走っている途中で、義人の言葉が蘇る。
「かもなー。てかそういう一夏もありそう」
道端にあった大きい水たまりに思いっきり足を突っ込んだ。
「あってもいいじゃん別に」
雨はすっかり上がり、空には、大きな虹が東西の二つの空を繋いでいた。
二人 小説書く夫 @let_is_novel
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