20. デコア王国王都へ

 朝。宿の少し固い白パンをまた食べる。そして乗合馬車の集合場所の商人ギルド前に行く。


 俺たちの他に客はおじさんが一人いるだけだった。


「よろしくお願いします」

「若いの。よろしく頼む」

「人数が少ないけど大丈夫でしょうか」

「なに、王都へ行く途中で拾っていくから問題ないのさ」


 俺たちは馬車で出発した。穀倉地帯を駆け足の馬車で進む。


「若いの。あんた良くそこの悪魔を奴隷にしたのう」

「悪魔ですか?」

「そうじゃ。怖い怖い。すごい甲斐性なのか。命知らずのあほうなのか」


 おじさんは『セルフィールの白い悪魔』について語ってくれた。

 デコア王国はたびたび、獣人族から土地を奪い返そうと戦争を仕掛けてきた。

 しかしセルフィール王家の白いウサギの悪魔の前にことごとく惨敗し、兵を引くしかなかった。

 六十年前の前回の戦争でも川を渡ろうとした船のうち十数隻を、一人の白いウサギの魔術師によって一瞬で燃やされ、多くの犠牲を出した。

 獣人族のウサギの王家は悪魔に魂を売り自らも悪魔になった魔女の末裔まつえいだと噂されている。


「私は悪魔じゃないウサ。こんなに可愛いウサ」

「確かに顔は可愛いのう。娘にしたいくらいじゃ。しかしその体には人族を焼き殺した残虐な魔術師の血が流れておるのじゃ」

「なるほど」

「この国の者なら知らない人はいない。皆笑顔でもその裏では怖がっているだろうさ」

「なんか納得できないウサ」


 俺たちは適当な話をしたり、いっせのーせとか指スマと呼ばれる、出す指の数で勝ち負けが決まるゲームなどをして過ごす。


 次の村々を経由して四日で次の町まで来た。

 新たに馬車に乗ろうとした若い夫婦がいたが、アリスを見てやっぱりやめると言い出した。

 俺が奴隷なので命令できるから安心だと説明してやると、渋い顔をしたが結局その夫婦は一緒に乗っていくことにした。

 最初は怖がってほとんど黙って離れて座っていた夫婦も、俺たちがジャーキーをかじったり、皆で遊んだり喋って笑ったりしているのを見ている内に、恐怖心はなくなっていったようだった。


「おとぎ話通りの格好をした魔術師がいれば、話は本当だったと信じるほかありません」

「まあそうですね」

「でも無邪気に笑う所を見れば、血の通った私たち人間とさほど変わらないと、思うようになりました」

「分かってもらえて俺としても嬉しいよ」


 夫婦の女性が気を緩めて言った。

 麦やジャガイモの畑を延々眺めながら進む。


 さらに二日、王都アルバーン方面へ進んだ所まで来た。

 馬がいななき、馬車が急に止まった。俺たちは心配になって御者台の隙間から前を確認する。

 そこには騎兵隊が道をふさぎ、その後ろに別の幌馬車が止まっている。

 どうやら盗賊ではないようだ。

 全員降りて様子を見る。御者が騎兵隊の人の所へ行って声をかける。


「どうしたんですかい?」

「白いウサギと獣人、黒髪の人族は居るか?」


 俺たちの事だ。見ればすぐわかるはずだ。自分で名乗り出る。


「うむ。お前たちを拘束する。王命だ。従わないならどうなるか分からんと思え」


 俺たちは相談する。今の力ならここは突破可能だ。しかし今いる位置が悪い。国の中ほどで、ここで倒しても追っ手を振りきれない。鳥人族などの伝令が先回りすれば、挟み撃ちに遭う。なにより川を渡れない。


「従います。手荒な真似はしないでください。うちの魔法使いは荒っぽいんです」


 俺が若干嘘を交えつつ脅しにならない程度にプレッシャーをかける。

 四人とも手に魔法手錠を着けられてしまった。これは手を拘束するだけでなく魔法の発動を阻害するらしい。

 幌馬車の荷台の中のおりに入れられて幕を下ろされた。


 そのまま連行される。途中、トイレ以外は檻の中だった。夜も馬車の中だ。幸いなことに寒くないのがありがたい。

 そのまま三日間過ごして、王都アルバーンに到着した。連行先はよく分からないが王城の地下牢のようだ。牢のご飯はオートミールのようなものだった。


 翌日。牢番が来て牢から出され手錠を外された。


「王様がお会いになる。くれぐれも粗相のないように」


 牢番に代わりメイドに案内されて俺たちは城の中を進んだ。


 アリスのお城より大きい謁見室に通された。左右には剣や槍を持った近衛兵が並んでいる。

 中央の道の先に椅子から立ち上がっている王様がいた。

 一八〇センチぐらいで中肉。緑ベースで金刺を施した派手な服を着ている。赤で軽くウェーブのかかった少し長めの髪だ。顔は四角い感じの顔だ。俺的にはフツメンだ。腰にはサーベルを下げている。


「いやあ、すまんすまん。手違いがあって、迎えに行かせたのだが捕まえてしまった」

「誤解が解けたのなら結構です」

「それにしてもアリス王女様だそうだが。高貴な魔女が愉快な格好をしておるな」

「貴国の制度のおかげで忠誠を誓えたウサ。お目にかかれて光栄ウサ」


 アリスがスカートの袖を広げて頭を再び下げる。


「それとお父様から親書を預かってきているウサ」

「どれ、直接持ってくるように」


 アリスが前に出て王様に親書を直接渡して列に戻ってくる。王様は内容をその場で読んだ。


「なかなか興味深い親書だったぞ。ホクトは異世界から来たとか。あとこれに便乗して正式な国交を樹立して、奴隷以外の獣人も入国を認めてほしいと書いてあったぞ」

「親書の内容については私は知らされてないウサ。好きにすると良いウサ」


 王様から情報提供を受ける。異世界召喚について伝説では人族ではなく神による召喚が神話の時代にあった。召喚は勇者を呼び出すものである。勇者は魔王討伐の鍵になる。などと王様は語った。勇者についてはさらに東隣りの帝国が詳しいはずだという。どれも王家の秘伝だそうだ。


「忠誠奴隷にしたのは正解であったな。もし一般奴隷であったのなら、わしはホクトをここで殺し、アリスたち獣人を己の奴隷にしたであろう」

「怖いことをおっしゃいます」

「なに彼女らの忠誠を引き出せるだけの力がおぬしにあったということだ」

「はい」

「わしもあと十年若ければ、可愛い子を侍らせてハーレムにしたのだがな。ここだけの話、王妃が怖いのでできんのだ」


 最後には情けないことを言い出した。ただのおやじである。

 俺たちはこの日は王城にお世話になることになった。夕ご飯は王城で頂き泊まる。それまで自由時間だ。


 メイドに街の情報を教えてもらい、街を見て回る。

 王城からほど近い公園のような場所の所に露店街があった。道の左右にフリーマーケットのようにゴザを敷いて商品を並べている。

 服、野菜、装備品、アクセサリーなどが多い。


「一袋いかがですか、ミルクあめです。甘くて美味しいですよ」


 十五歳ぐらいの緑髪の少女が売り子をしていた。後ろには売れていないミルク飴の袋がたくさん残っている。


「試食できる?」

「はい、おひとつどうぞ」


 俺は一つ貰って食べた。見た目は一センチほどの丸くて乳白色の飴だ。日本で食べたものとほぼ変わらない。ミルクの濃厚さとほどよい甘さが美味しい。


「一袋ください」

「ありがとうございます」


 おれは硬貨を一枚渡して五〇ポルンを支払う。さっそく女子三人に一つずつ配る。


「かんだらダメだぞ。口の中で転がすんだ」


「美味しいです」

「うまいにゃ」

「甘いウサ」


 三人とも美味しそうに飴をなめる。


「ホクト、旅の間いつでも食べたいにゃ。あと二袋は買うべきにゃ」

「そうか? そんなに高くないしじゃあ買おうか」


 俺は追加で二袋を購入した。ピーテが三袋まとめて持ってくれる。

 女子三人は二つ目の飴を美味しそうになめている。

 周りの人たちも試食を貰いはじめ、次々に購入していく。

 いつしか人だかりができて、人が人を呼び、次々に飴が売れていく。

 そう、俺たちはこんな場所でも目立つのだ。


「なんか、人だかりになってしまいましたね」

「今のうちに向こうに行こうか」


 俺たちはそっと飴屋さんを後にした。

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