第五章 アンダルシア帝国と魔国

26. イノシシレース

 数日掛けて王都アルバーンまで戻ってきた。適当な宿屋に部屋を借りて一泊していく。

 翌朝には北東側へそのまま進む。


 相変わらず穀倉地帯と林が交互に来るような土地だ。しばらくは特筆すべきこともなく、のんびりするだけだった。

 途中の村々には、街道沿いなので宿があり、寝どこにも困らなかった。


 低い山を越えた先の小さめの川がある所に、検問所があった。

 ここが国境だ。ここから先はアンダルシア帝国である。

 検問所は石造りのしっかりした建造物だった。検問所の前後は町になっている。

 検問の兵士にギルドカードを見せ、皆が奴隷であることを告げる。


 担当者は、奴隷の獣人とエルフが珍しいのか、四人を順番に眺めまわすと、「ふむ」とうなずいて「行ってよし」と言った。


「簡単に通れたウサ。何も突っ込まれなかったウサ」

「アリス、なにかやましい気持ちでもあるのか?」

「何でもないでウサ」


 釈然としないが、まあいいや。再び馬車に乗り込み先を急ぐ。

 アンダルシア帝国の国旗は赤地に黄色い満月だった。月は真ん中ではなく、右上に少しずれている。左側には、黄色い星が二つ斜めに並んでいた。


 そのまま国境の町を通過して、次の町まで来た。

 今日はこの町に泊まることにしよう。馬車を置いて、少し早いが夕ご飯を食べる場所を探していた。

 俺たちが歩いていると、突然女の子の声が響いた。


「どいて、どいて、どいて!」


 左方向を見ると猛スピードでイノシシが迫ってくる。俺はどちら側に避けるか迷ってしまう。右か、左か、やっぱり右か。

 イノシシには、手綱が付けられていて、乗れるようになっているみたいだ。

 俺は右に避けたが、イノシシも何故かこっちに進路を変えた。

 ぎりぎりでイノシシを避け、手綱を掴み、飛び乗った。

 必死にイノシシを制御しようと、手綱を引っ張った。道の障害物や人をなんとか避けて、落ち着かせるように、肩のあたりをポンポン叩いてやる。


 いくらか時間が掛かったが、イノシシは息を切らせて、走るのをやめた。

 みんながいる場所まで戻ってくると、そこには、赤い髪の女の子が、申し訳なさそうに立っていた。


 彼女から話を伺う。

 名前はウェコエ。彼女はイノシシに乗ってレースの練習をしていたところ、柵を跳び越えて暴走してしまい、落とされて、イノシシを追い掛けていたらしい。


 レースは町の行事で、本番は三日後だそうだ。


 俺が話を聞いている間に、フルベールとソティはイノシシを餌付けしていた。


「ほーれ、イノシシちゃん。たくさん食べて、美味しいお肉になるのです」

「お肉! お肉になるのにゃ」


 二人とも食べる気満々だな。

 彼女は、さっきの俺の騎乗を見て、提案してきた。


「それで、いきなりなんですが、私の代わりに、ワイルドボアレースに出てみませんか? あなたは私より、ずっと才能があると思うんです」

「ほうほう?」

「参加するだけで、景品が貰えますよ。優勝すると豪華賞品が貰えます」

「なるほど。ちなみに、優勝賞品はなんなの?」

「なんと、大陸ガニの身、なんとまるごと一匹分です」


 餌付けをしていたソティが「カニ」と聞いて、すごい速度で反応してこっちに飛んできた。


「カニ食べたいにゃ。ご主人様」

「そういうと思ったよ」


 三日足止めを食らうけれど、まぁ、それぐらいなら許容範囲か。


「分かった。レース出るよ」

「やったにゃ」


 この日は、彼女のおすすめの店に行き、夕ご飯を食べてお開きになった。

 今日の夕ご飯は、薄いトルティーヤ風のパンもどきに、鶏肉と野菜の炒め物だった。

 明日の朝から、レースの練習をしてもらうことになっている。

 さっさと宿に戻って、皆ですぐに寝た。


 翌朝、宿屋のこちらもトルティーヤ風のパンの朝ご飯を食べ終わって、外に出る。

 宿屋の前には、昨日のウェコエがイノシシを連れて待っていた。イノシシに乗るためか今日も男装風のパンツルックだ。


「おはようございます。ホクトさん。さっそく練習しましょう」

「ああ、おはよう。よろしくお願いします」


 挨拶を交わすと、すぐに歩き出した。

 目的地はすぐそこの空き地兼、レース練習場だ。


 イノシシの名前は「与太郎」だった。スタート地点まで引っ張っていき、上に乗る。

 今日は機嫌がいいのか、ブウブウと一度鳴いて、まっすぐ前を見ている。

 俺が尻を一度叩くと、与太郎は走り出した。真っすぐ突き進んでいく。

 途中、木を横に倒した障害物があるが、軽々と飛び越えて再び走り出す。

 左側に障害物、その先は右側に障害物がある。

 俺は手綱を右、左と引っ張って、障害物を避けるコースに誘導する。

 与太郎は頭がいいようで、素直に従って、障害物を避けて走っていった。

 障害物を抜けると、すぐゴールだ。

 ウェコエが感心して言った。


「与太郎と息ピッタリですね。すごいですね」


 皆も、横で見ていて、ワイワイ言って褒めてくれた。

 ゴールした与太郎におやつを与える。


 主に与太郎の休憩を挟みつつ、ウェコエにスタートの素早い仕方や障害物避けなどについてレクチャーを受けた。


 与太郎の疲労が溜まってしまうので、それほど長くは練習できなかった。

 町を見て回っても、あまり見るものがないので暇だった。

 残り時間は、他の動物の世話の手伝いや畑の手伝いをして過ごした。


 翌日。イノシシが二匹になっていた。今日からは競争をするらしい。

 レースは、ストップウォッチとかがないので、三匹が同時スタートで最初にゴールしたイノシシが勝ち抜きで二回戦に進む形式らしい。

 なお途中でイノシシから振り落とされると失格になるようだ。


 ソティがスタート係をしてくれる。

 ウェコエは俺の右隣で、イノシシ「勘太郎」に乗っている。

 俺たちは、ほぼ同時にスタートを切った。

 最初の障害物は、丸太越えだ。

 ウェコエのほうが軽いからか、簡単にジャンプをしていく。

 俺の方は若干遅れてジャンプをして越えていく。

 もう一回丸太越えがある。今度は与太郎も頑張って、差は同じままで進めた。

 次は障害物避けだ。左右に避ける。俺はぎりぎりのところを狙って素早く抜ける。

 ウェコエは左右コントロールが苦手なのか、若干よろけている。

 障害物を抜けた段階で、俺が追い付き、両者が並走する。

 あとは直線を走り切れば終わりだ。どちらも全力で走り抜ける。

 俺は姿勢を低くして、上下の揺れを抑えるように踏ん張って、与太郎に発破を掛ける。

 頭一個分の差で、俺が勝った。


 こんな感じで練習をして、あっという間にレース本番になった。


 レースは昼過ぎから始まる。

 今日は晴れで、丸い形の雲が時折流れていく。暖かく、過ごしやすい日だ。

 参加者は二七名、三回戦を勝ち抜けば優勝だ。

 町の中央通りの真ん中にレースコースが作られ、周りに人だかりができている。

 周りでは、サンドイッチや肉串、美味しいスープなどが売られている。

 人出はそこそこだが、宗教的な感じはしなくて、祭りというか、催し物と言う感じだ。


 俺と対戦するのは、小さな女の子と、スキンヘッドの二十歳前くらいの青年だった。

 オッズ、そう、賭け事をしている連中がいる。

 一番人気は女の子で次がスキンヘッドの青年、そして不人気絶好調なのが俺である。

 若干釈然としないものも感じるが、確かに三日前に始めた新参者だからこんなもんか。


「旅の兄ちゃん、頑張って」

「ホクトさん、頑張ってください。カニのために!」


 周りの人やソティはじめ、みんなが応援してくれた。


「よーい、どん!」


 三人とも一斉にスタートした。

 小さな女の子を載せたイノシシは猛ダッシュで、どんどん引き離していく。

 さすがに、一番人気、手ごわいぞ。

 俺と、スキンヘッド君は同じぐらいの速度でそれを追った。


 そうしているうちにすぐに、女の子が一つめの障害物に達した。

 なんかすごいジャンプを披露している、すでにぎりぎりでしがみついているだけだ。


 俺たちも一つめの障害物を乗り越える。

 すぐに、女の子のが二つめの障害物を乗り越えようと、イノシシがジャンプしたが、ジャンプがすごい。

 俺たちの倍ぐらいジャンプしたよ。

 あー。やっぱり、女の子はジャンプに耐えきれず、振り落とされてしまった。

 俺はなるべく最小のジャンプで二つめの障害物を超えて、左右に避ける障害物もなるべく大回りにならないように避けてゴールをした。

 スキンヘッド君より若干余裕で勝つことができた。


「ちぇー。大損だぜ」

「まさかテアリーちゃんがジャンプで失敗するなんてっ」

「兄ちゃんよくやった。大儲けだ!」


 など様々な声が聞こえてきた。


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