10. 王都への道(2)
また朝から馬車で移動だ。あと五日は掛かると言われた。今日は朝から雨だ。ざあざあ降りではないが、絶え間なく雨粒が降ってくる。もっとも俺たちは幌馬車の幌の中なので、あまり関係はなかった。御者台もこの馬車は屋根付きだ。
「雨は耳が濡れるのであまり好きではないです」
「あたしは農作業が休みだから好きにゃ」
「
理由は様々だか、三人とも思うところはあるようだ。
気候について尋ねたところ、明確な冬はなく少し気温が下がる程度で、ほぼ一年中暖かく雨季乾季もなく、一年中たまに雨が降るそうだ。
快適だが、しかし面白みに欠けるかもしれない。
ちなみに、この国には時計がないので、はっきりした時間は分からない。二十四時間なのは変わらないようだが、普段は「何時間」とかは言わないようだ。
「俺の国では、冬は凍ったり雪が降るくらい寒い。夏はこっちより暑い。そのかわり川や海に入って遊ぶ」
「凍るとか雪ってなんですか?」
「氷魔法があるウサ」
アリスが魔法で数センチ角の氷の塊を出して、ピーテとソティに触らせてくれる。
「これが氷ウサ」
「こんなに冷たいんですか? 死んじゃいそうです」
「外で寝ると死ぬかもしれないな」
「恐ろしい国ですね。美味しいだけの楽園だと思ってました」
地球は飯はうまいが楽園ではないな。もし楽園に住んでいる人がいても、その人にとってそこが楽園とは限らないけれども。
ついでに俺も氷魔法の練習をしてみる。な、なんと、氷を知っているからか一発で二センチの氷を作り出せた。
「ふむふむ。なかなかやりおるウサ。天才じゃな」
俺が調子に乗って、十センチ角の氷を作り出す。ピーテとソティは無理なようだ。氷はすぐに溶けだした。大きかったので水浸しになった。
「ホクトは魔法のセンスは良いが、思慮が足りないウサ」
「面目ない」
「巨大な魔法は、周りに甚大な影響を及ぼすウサ。しっかり考えて使わないと、いつかとんでもない目に遭うウサ」
「分かりました。姫様」
アリスが今度は、人差し指の先に小さな炎を灯す。俺も負けじと、人差し指を上に向けて、むむむっと炎のイメージをする。イメージをする。イメージをするが、何も起きない。
アリスは炎を消すと一人得意げな表情をした。
「悔しいアル。俺、悔しいアル」
「プレレさんみたいな口調になってますよ。ホクトさん」
「炎はそうじゃな、熱い空気の塊を圧縮したようなイメージウサ」
「なんか、火が出る気がしない」
「魔法はイメージ力、無理っぽいと思っておると無理ウサ」
雨なのでお昼休憩も外には出ずに馬車内でとった。ギーナさんも後ろに来て一緒に休んでいる。アリスが水筒から熱いツメツ茶を出してくれる。以前飲んだレモン風味の青いお茶だ。
「気温の低い日には、お茶はあったまるね」
「私、最初はどうかと思いましたが、だんだんこのお茶好きになってきました」
それにしても、ポコジャーキーにツメツ茶って本当に旅の定番なんだな。もっとこう、豪華な暮らしの人は、豪華なものを飲み食いしているイメージだったけど。
そのことをアリスに話したら『庶民の暮らしを体験してみたいのでウサ』と言っていた。
休憩中にお姫様であることがバレたのが、ギーナさんにバレた。
「ところでお嬢様。秘密がバレているみたいですが?」
「だってウサ。ホクトがすぐに兎人族であるのを看破してきたウサ」
「しょうがないですね。皆様、この事はご内密にお願いします」
「もう、お城に招待するって言っちゃったウサ」
ギーナさんも商人ではなく、王立騎士だそうだ。護衛の人たちも、冒険者風の格好をしているがそれは偽装で、王立騎士団所属だった。後ろの馬車二つは御用商人だ。
アリスが馬車の後ろから外を覗いて、面白い物を見せてくれるそうだ。
「ダンシング・ウォーター」
地面に溜まっていた水が一か所に集まり、スライム状に持ち上がってプルプル震えている。そして、左右に揺れたり、伸びたり縮んだりして踊っている。
「面白いな。で、これどんな攻撃に使えるの?」
「うむ。攻撃には使えぬ。余興用ウサ」
「使えねー」
ピーテとソティは思いのほか喜んでいた。ギーナさんは見たことがあるのか特に何も言わない。
「ピーテとソティだけが味方ウサ」
アリスはピーテとソティをぎゅっと抱きしめる。ピーテがアリスの頭を撫でてやる。
百合百合しい場面は見てて心が潤うね。殺伐とした異世界。たまにはこういうのもいいね。
俺は三人に非難の目を向けられてしまった。心外である。
その後は雨も上がり、順調に進んでいく。俺はずっと指を上に向けて、火魔法の練習に明け暮れた。なぜなら火魔法こそ攻撃魔法の頂点。そう真っ赤な炎が敵を包みこんがり焼きあげる。それこそ究極なのだ。
結局火が使えるようになるのに、さらに二日掛かった。王都まで残りはあと二日だ。
俺は休憩時間に馬車から降りたら剣の練習ではなく、ファイヤー・アローの練習を始めた。火が飛んで進む魔法だ。
「アロー系は攻撃魔法の基礎中の基礎ウサ。余裕ウサ」
アリスは五本同時にファイヤー・アローを撃ち、街道沿いに並んだ五本の木に命中させた。威力は絞っているらしく、ちょっと焦げ目がついた程度で済んだ。
次には五本のファイヤー・アローを束ねて一つの石に命中させた。
俺はまだ火の玉を前方三メートルに飛ばすことしかできない。
「ホクトは魔力量は多いけど、扱い方が雑だから効率が良くないウサ。もっと魔力を集中させてイメージもしっかりするほうがいいウサ」
練習あるのみのようだ。俺も大きい石に向かって何度も火の玉を飛ばす。もう一度アリスにお手本を見せてもらう。
なんか、分かったかもしれない。玉を飛ばすんじゃなくて、棒や槍が伸びていくイメージなんだ。
俺はついに強力な一本のアローを巨石にぶち込む。ど真ん中にヒビが入っていた。
「アリス。俺、ついにやったよ」
「うむ。頑張ったウサ。次はファイヤー・ウォールだウサ」
アローができたからかファイヤー・ウォールは簡単だった。次はファイヤー・ボールなんだが、練習する前に止められた。威力が強いのでその辺で練習しないでくれと。
ピーテとソティは、それほど魔法を使うのにこだわりがないようで、積極的ではない。しかし、ピーテは魔法で出した水をお湯にする魔法を覚えた。ソティはからっきしダメだ。
途中の宿で一度夕食に、ニンニクとオリーブ油のポコ肉パスタが出た。そこの宿の人気メニューだという。ポコ肉は安いジャーキーをお湯で戻したものだったが、塩とニンニクが効いた物でそこそこうまかった。またソティが謎の歌を歌っていた。
「パスタ、パッパッ、パスタッタ」
パスタの踊りはフラダンスみたいに、手を横に向けてゆらゆらしたやつだった。王都に行ったらパスタ料理も食わせてやろう。俺はニート期間に鍛えた料理テクがある。家事なら任せろ。
結局最後まで盗賊は出ずにたまにハグレの魔物が出てきたが、前の護衛がさくっと倒していた程度だ。俺たちはのんびり王都へと向かうことができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます