第9話「幼馴染だろ?」



「過ぎたことですわランハート様。

 それからヴェルナー侯爵令息、先程も申しましたが私とヴェルナー侯爵令息の婚約は本日付けで正式に破棄されました。

 私とヴェルナー侯爵令息は赤の他人、馴れ馴れしく私の名前を呼ぶのはやめてください」


「ブルーナそんな他人行儀なことを言わないでくれ!

 幼馴染だろ!?」


「幼馴染ですがそれがどうかしましたか?

 ヴェルナー侯爵令息との思い出は私にとって苦痛なものばかり。

 私はヴェルナー侯爵令息に二度と名前を呼ばれたくないですし、できるならお顔も二度と見たくないのです」


ブルーナが僕に向ける目は死ぬほど冷たいり


「ブルーナ! 僕が悪かった!

 浮気したことは謝る!

 それから娼館に通ったことも、ブルーナに地味な服を着ることを強要したことも、全部謝る!

 心を入れ替えるから許してくれ!

 もう一度僕と婚約してくれ!!」


ブルーナは僕に惚れている。美少年の僕が謝れば哀れに思ってきっと許してくれるはずだ。


「嫌です」


ブルーナに秒で断られた。


「どうしてだ!?

 ブルーナは僕に惚れていたんだろ?

 僕のことが好きなんだろ?

 だから僕が浮気しても耐え、僕が間違いを冒したときは説教してくれたんじゃないのか?」


「何か勘違いされているようですが私はヴェルナー侯爵令息を好きだったことは一秒もありません。

 ヴェルナー侯爵令息が間違いを犯す度に説教をしたのは、婚約者としての責務を果たすまでのこと。

 それからヴェルナー侯爵令息の浮気を許容したことは一度もありません」


「えっ?」


「私は幼い頃から、顔しか取り柄がなく、プライドが高く、怠け者で、女好きなヴェルナー侯爵令息のことが嫌いでした」


「では……なんで僕と婚約を?!」


「今は亡きヴェルナー侯爵令息のお母様に頼まれたのです」


「母上に??」


「七年前ヴェルナー侯爵夫人が病に伏せっていたとき。

 私と私の両親は彼女の枕元に呼ばれました。

 ヴェルナー侯爵夫人は涙ながらに『息子のアークをお願いします。ブルーナと婚約させてください』とおっしゃったのです」


「母上がそんなことを……」


知らなかった。母上は亡くなる間際まで僕のことを心配してくれたんだな。


「ヴェルナー侯爵夫人の最後の頼みですので、両親も私も断れませんでした」

 

「そうだったのか……」


てっきりブルーナが僕に惚れてるから結ばれた婚約だと思っていた。


「ヴェルナー伯爵夫人には一つだけ感謝してます。

『もし七年経っても息子が変わらなかったら、そのときは婚約を破棄しても構わない』とおっしゃってくださったのです。

 私は七年間ヴェルナー侯爵令息を変えようと努力しましたわ。

 誠実で真面目で一途で働き者の好青年に変えようと努力しました。

 しかしヴェルナー侯爵令息はなにも変わらなかった。

 怠け者で女好きで金遣いの荒くプライドが高い、だめな貴族の見本のままでした。

 ですから昨夜お父様と一緒にヴェルナー侯爵家を訪れ、婚約を破棄することを告げたのです」


「全てお前の行いが招いたことだアーク」


ブルーナとランハートの言葉を聞いて目の前が真っ暗になった。


足に力が入らず、僕はその場に膝をついた。


私は幼い頃からランハート様をお慕いしておりましたの。

 ランハート様は賢くて努力家で誠実な方ですし、背も高くてお顔もとってもタイプですし、何より私を一途に愛してくださいます。

 婚約破棄して傷物になった私と婚約してもいいとおっしゃってくださいました」


ブルーナな頬を染める。


僕が今まで見たことのない、ブルーナの女性らしい顔だった。


「ブルーナは僕の初恋の相手だからね。

 七年間よそ見をせずに一途に思い続けた甲斐があったよ」


ランハートとブルーナが見つめ合う。


二人の間には無数のハートが飛んでいた。


「僕の浮気を責めて婚約破棄したくせに……! 

 ブルーナだってランハートと浮気していたじゃないか!」


「あなたと一緒にしないでください。

 私はヴェルナー侯爵令息と婚約していた期間、ランハート様と二人きりでお会いしたことは一度もありませんわ。

 私はヴェルナー侯爵令息との婚約が破棄されるまで、自分の気持ちをランハート様にお伝えたしたことはありませんわ」


「下半身が獣の君と一緒にするな。

 俺は今日までブルーナと手を繋いだこともなかったよ。

 学園やパーティーで、遠くからブルーナを見守るだけに留めていた」


苦し紛れに叫んだ言葉は簡単に論破されてしまった。


両片思いでそんな清い関係のままいられるものなのか?


僕にはわからない。


「そういえばヴェルナー侯爵令息、昨夜レストラン『バッケン』で豪遊したそうですね」


「ぎくっ」


もうブルーナの耳に届いているのか。


「代金をヴェルナー侯爵家のつけにしたそうですね。

 バッケンの支配人から聞きましたわ」


「婚約破棄された相手の家が経営するレストランに行き、つけで飲食をする……お前には人として良識がないのか?」


くそ……二人とも言いたい放題言いやがって!



「バッケンの支配人に

『ヴェルナー侯爵令息に【ヴェルナー侯爵令息が飲食した代金を、ヴェルナー侯爵家に請求することに同意していただく書類】にサインしていただければ、つけで飲食させてもいい』

 と言いましたが、まさか本当につけで飲食なさるとは思いませんでした。

 元婚約者として恥ずかしいですわ。

 今後はつけで飲食させないようにバッケンの支配人に言っておきます」


ブルーナが蔑むような顔で僕を見る。


「ヴェルナー侯爵令息、お引き取りください。

 これ以上あなたとお話すことはありませんわ」


「早く実家に帰ることだな。

 実家に帰ったら、ヴェルナー侯爵の大目玉を食らうことになるだろうけどね」


ブルーナとランハートが向けられる視線は死ぬほど冷たい。


「お前たちなんかもう幼馴染でも友人でもない!

 こっちから絶縁してやる!」


家に帰ったら新しい婚約者探しだ!


侯爵家の跡継ぎで超絶の美少年の僕と結婚したい金持ちの女は、国中を探せば一人や二人いるはずだ!


「ブルーナお前より金持ちで若くて美人で家格の上の女と結婚してやる!

 そのとき僕を振ったことを後悔しても遅いからな!」


俺は捨てセリフを残し、逃げるようにエアハルト伯爵家をあとにした。





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