第8話「エアハルト伯爵家」



学園からエアハルト伯爵家に着くまでに一時間もかかってしまった。


エアハルト伯爵家に着いたときには僕は汗だくだった。


ハンカチで汗を拭い息を整える。


エアハルト伯爵家の門は固くとざされていた。


門番に言っても中に入れてくれない。高い鉄の柵が僕とブルーナを隔てる。


「ブルーナ僕が間違っていた!

 僕ともう一度婚約してくれ!

 二度と浮気をしないと誓うよ!

 娼館通いも止める!

 だから出てきてくれ!」


僕は門の外から力の限り叫んだ。


ブルーナだって僕みたいな美形の婚約者を手放したくないはずだ。


エアハルト伯爵だって孫に侯爵を名乗らせたいだろう。


美男子である僕の血を引いているんだ。


生まれてくる子は絶対に可愛い。


いくらエアハルト伯爵家が金を持っていたとしても、金で侯爵位は買えないからな。


息子や孫が「侯爵」を名乗れるのは、エアハルト伯爵やブルーナにとってもかなりの利益になるはずだ。


「お願いだブルーナ!!

 会って話をしてくれ!」


ブルーナに会えればこっちのものだ。


美少年である僕が本気で口説けばブルーナみたいな地味女は簡単に落ちるはず。


言うことを聞かないようなら先に既成事実を……。


「ブルーナ愛している!

 お願いだからやり直すチャンスをくれ!」


門の前で騒いでいたら、門番に近所迷惑だと注意されてしまった。


どいつもこいつも腹が立つ!


こうなったら強行突破だ!


門をよじ登ろうとすると、門番に取り押さえられてしまった。


「くそっ! 離せ! 僕は貴族だぞ!   由緒あるヴェルナー侯爵家の嫡男だぞ!」


「貴族のご令息でも門番として不法侵入は見逃せません!」


地面に膝をつかされ、後ろ手に縛られる。


「離せーー! 貴様ら後悔することになるぞ!」


「その方を離してあげて」


拘束を振りほどこうともがいていたら、女神の声が聞こえた。


顔を上げると門の向こうにブルーナ・エアハルトの姿が見えた。


「ブルーナ! 助けに来てくれたんだね!」


門番が僕の拘束を解く。


僕は立ち上がり、服の誇りを叩いた。


ふふっ、やはりブルーナも僕に未練があるんじゃないか。


エアハルト伯爵が僕の事を毛嫌いしようが関係ない。


ブルーナさえ落としてしまえばこっちのものだ!


だが次の瞬間己の目に飛び込んできた光景に、僕は衝撃を受けた。


「遅かったねアーク。まさか学園から走って来るとは思わなかったよ」


「お前は……ランハート!」


ランハートがブルーナの後方から現れ、ブルーナの肩を抱いた。


「ランハート貴様どうしてここにいる!

 いやそれよりブルーナは僕の婚約者だぞ!

 気安く触るな!」


今すぐランハートに掴みかかり奴のにやけづらをぶん殴ってやりたい。


だが鉄の柵が無情にもそれを阻む。


僕にできるのは鉄製の格子の間に腕を入れ、ランハートに向かって手を伸ばすことだけだった。


「俺は危険人物がエアハルト伯爵家に迫っていることをブルーナに教えに来たんだよ。

 走っているお前を馬車で追い越してね」


「私はヴェルナー侯爵令息との婚約破棄の手続きをするために、本日は学園を休んでおりました。

 婚約破棄の書類は完成し、役所に届け出を済ませ帰宅したところにランハート様がいらっしゃいました」


「そんな……!」


ブルーナと僕の婚約破棄の手続きがすでに済んでしまったというのか!?


昨日の今日だぞ?! 手続きするのが早すぎるだろ!


「ブルーナはもうアークの婚約者じゃない。

 俺がブルーナの肩を抱いてもなんの問題もない。

 そうだろブルーナ?」


「もちろんですわ。ランハート様」


ブルーナとランハートが顔を見合わせて微笑み合う。


なんか……腹が立つ!


ブルーナの奴、僕の前では一度もそんなほほ笑みを見せたことなかったくせに!


それになんだろう?


今日のブルーナは昨日までと違って華やかに見える。


ちゃんとメイクしているし、花柄のアクセサリーを身に着け、桃色のドレスをまとっている姿はまるで妖精のようだ。


ブルーナってこんなに美人だったのか?


僕と一緒にいるときはメイクもしないし、アクセサリーも身に着けていないし、ドレスも茶色や黒などの地味なものをまとっていたから、ブルーナがこんなに綺麗だとは知らなかった。


「ブルーナ……綺麗だ。君がこんなに美しかったなんて……」


「ヴェルナー侯爵令息の前では地味な装いを心がけていましたから」


「なぜそんなことを?」


「ヴェルナー侯爵令息がおっしゃったのですよ。

『結婚前の女がおしゃれをするな、男に媚を売って浮気をするつもりか!』と、ですから私はヴェルナー侯爵令息との婚約中は地味な装いを心がけていたのです」


そういえば僕と婚約する前のブルーナはアクセサリーやリボンをつけておしゃれをしていたな。


ドレスも珊瑚色や山吹色やレモンイエローなど明るい色の物を着ていた気がする。


「悪かったブルーナ。

 そんな失礼なことを言ってしまって。

 それからそんな失礼なことを言ったことを忘れてしまって」


「お前は最低だ。

 お前の心ない言葉が原因でブルーナは十歳から十七歳までの七年間、地味な装いをすることになったのだぞ。

 元凶のお前がブルーナに言ったことすら覚えていなかったとはな!」


ランハートが僕を罵る。


くっ……! 返す言葉がない。




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