第18話 意外な出会い

レオハルトから見たサイトウの印象は筋骨隆々の変なアズマ人であった。

そんなサイトウからレオハルトに奇妙な提案が行われた。

「少尉殿は面白そうなお人ですので、翌日の訓練に付き合ってください」

「奇妙なこと言う人だ。いいだろう。だが手加減はしない」

「ありがとうございます。では」

「ああ……」

そう言って二人は約束を交わした後にその場で別れた。

レオハルトは自室に帰って寝た後、業務後にサイトウのいる訓練場まで向かった。

訓練場の真ん中ではサイトウがひたすら筋トレをしていた。

「熱心だな。筋トレは好きか?」

「はい。暇な時は鍛えてます」

「これから戦うのだぞ?」

「はい。だから温めてました」

「……面白い人だ」

「少尉殿。改めてお名前を」

「……レオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ」

「サイトウ・コウジ。あ、コウジの方が名前です」

「よろしく。では……」

「……押忍!」

レオハルトとサイトウは向かい合ったまま構えた。

レオハルトは最初サイトウに右ストレートを加えようとした。だが、空振りだった挙句、サイトウに腕を掴まれてしまった。

「な!?」

サイトウは驚愕するレオハルトをそのまま投げ飛ばす。だがレオハルトも器用なもので転がって衝撃を逃しながら果敢に構えをとる。

「鍛えられてますね。少尉」

「そうだ。父と父の守っていた人の死の秘密を知るために鍛えた」

「鍛えられている……楽しめそうだ!!」

サイトウは突進してレオハルトに殴りかかった。素早いラッシュだったが、全て避けられる。

「お疲れ様。今度は……こっちの番だ!」

レオハルトがラッシュを仕掛ける。レオハルトの全てが大幅に加速されていた。彼の動きは全てが早回しの状態となり、あらゆる打撃、動作が疾風のような迅速さを伴っていた。殴るスピードも常軌を逸しているが、それよりレオハルトは当たらなかった。サイトウが反撃するが、その全てを回避され、あるいは迎撃される。

「は、はや……」

サイトウはメタアクトのような能力もなく、よく鍛えられた人間に過ぎなかったが、よく健闘した。相手が悪過ぎた。結果はレオハルトの勝利だった。

レオハルトに一瞬で倒されなかったことは彼が実力を有していたことの確証であったが、それでもレオハルトの持つメタアクトの優位性を覆すには至らなかった。

「だぁ……つええ……」

「……ふぅ……大分粘ったな」

「そうかよ……完敗じゃねえかよ」

「いや……君はすごい人だ……素手でやり合ったら一瞬で終わると思ったのに」

「素手で相手がメタアクターとはいえ、負けは負けだ……悔しいな」

サイトウは心底悔しそうな顔で歯軋りをしていた。その表情はしわくちゃで、何も知らない第三者から見たら梅干しの真似とか奇抜な表情を披露して人を笑わせているような有様である。

「…………ぷ、くく」

それを見てレオハルトは思わず笑みを浮かべた。

「ノォォ!笑われているぅぅッ!」

「す、すまないすまない。君の妬ましいような顔があまりにも……くく」

「のがああ!蔑むなら美女にしろぉ!男に蔑まれるのは嫌だああ!」

「マゾか!」

「マゾだ!」

「ぶー!くくく」

「笑いやがったなあ!」

そう言ってサイトウはレオハルトに組み付こうとする。レオハルトはメタアクトで器用に逃げた。残像だけがサイトウの手元に残る。

そんなやり取りをしていると一人の男が歩み寄ってくる。

「おいおい、サイトウはとうとう男もいけるようになったか?」

訓練場で揉み合うサイトウの方にニヤニヤと笑みを浮かべた男がいた。彼はアタリアの血が強いのか女好きにありそうな軽薄な雰囲気と声がそこにあった。顔は美男子で金髪がよく似合うが、こういう男に女の子は敏感な嗅覚を持っているものでビンタしたくなるかべったりと甘えたくなるかの二択だろうとレオハルトは内心で悟っていた。

「君は?」

「通りすがりの色男だ。美人さんがいたら教えてくれ」

「名前だ。名前」

「おっと、俺はジョルジョ、ジョルジョ・ジョアッキーノだ。古い知り合いとそこの変態からは専ら『ジョジョ』と呼ばれる。頼むぜ色男さんよ」

「……冷やかしなら相手になろう」

「待った待った。俺は用があるんだ」

「サイトウか」

レオハルトがそう言って彼を見る。

「やれやれ、仕事みたいだな」

「そう言うことだ。そして、……レオハルト少尉殿へ」

「僕が?」

「そうだ。ギルバートの旦那が呼びだからよ」

「……拒否権はなさそうだね」

「旦那は手厳しいからな……ああいう手合いは苦手だぜ」

ジョルジョの発言にサイトウも追従する。

「同感だ。ああいう腹黒いのは俺も苦手だ」

「気が合うねえ、相棒は」

「伊達に女好きじゃないからな」

「サイトウは手広過ぎなんだよ。倒錯すぎるのはお呼びじゃないんでね」

そんなやり取りにレオハルトは無表情で言葉を発した。

「……何のやりとりだ」

「男の夢」

「そして、希望」

「仕事の話題は一体どこへ?」

あんまりなやり取りにレオハルトが思わず指摘の言葉を投げつける。レオハルトはいつまでもそのやり取りに付き合うわけにもいかず渋々彼らと同行して本来の業務へと戻った。艦内の通路をいくつも経由して会議室へ向かうと三人の人物が三人を待っていた。

一人はギルバート中佐であった。もう二人は両名とも面識のない若い尉官がそこに立っていた。

「待ってたよ」

「は、申し訳ありません」

「気にするな。……まず紹介しておこう。スペンサー大尉とメイスン少尉だ。二人ともやり手だ」

「チャールズ・A・スペンサーだ。よろしく頼む」

「自分はスチュワート・メイスン少尉であります」

「よろしく頼みます」

二人の挨拶にレオハルトは貼り付けた笑みを浮かべて返答する。

「さて、早速だが君たちにはキツめの仕事をしてもらう。今回の指揮官は彼だ。レオハルトは若いが成績優秀な上に頭が回ると評判らしい。どの程度かにもよるが彼は出世するだろうな。その頭脳を今回の強襲偵察任務に生かしてほしい」

「は、善処します」

「頑張りはいい。大事なのは結果だ」

ギルバートは会議室のモニターを操作してある人物の画像を三人に見せる。

「彼は『エリアス・ヤギュウ』。アズマ国の武道団体である『ヤギュウ流武道』の門人だった男だ」

「……彼のことは知っています」

レオハルトは苦い表情を浮かべる。

「同情はするなよ。彼は限定的な代物ではあるが生物兵器を散布した人物だ」

「……我が国においては『生物兵器・毒素兵器関連規制法』『メタビーング人権条約の実施に関連する法律』『共和国刑法』などの規定により彼は……国際指名手配されております。それが例え知り合いだとしても犯罪に関わったなら……」

「どうする?」

ギルバートは試すようにレオハルトを見据えた。

「捕らえます。良く知る人物だからこそ」

レオハルトは真摯な目線を彼に返した。

「よろしい。私の部下が彼の行方を発見した。場所はフランク連合王国の首都、セントセーヌだ」

「なぜそこに?」

「吸血種の令嬢が、同国の貴族、企業と商取引を兼ねた大規模な社交会への出席を表明している。会場の警護は厳重だが、エリアスと協力関係にある政治結社が情報提供したという正規軍情報部から連絡が入った」

「その政治結社とは?」

「『統一人間主義コスモ解放戦線』。通称はCHFだ。吸血種だけでなくメタビーングやメタアクトを有した個人、さらに他の政治結社や警察機関までも攻撃を加えている。我が国においても警察や自警団、警備会社、大企業などに被害が出ている」

「……あの団体ですか」

「そういえば君との因縁も深かったな」

「ええ……」

レオハルトの顔は暗くなる。

かつて、学生だった頃のレオハルトは大掛かりな大演説をしたことがあった。

大親友だったタカオと組んで街の悪者を相手取った際、レオハルトは選択の岐路に立たされていた。仲の良い同級生を贄に大勢を救うか、それともその子のために大勢を見捨てるか。レオハルトの選択はどちらにもなかった。

レオハルトは言葉の限りを尽くして大勢の協力を得る。一人の学生が行ったその演説はあらゆる人物の心を動かし、両方の人命を見殺しにすることなく救ったが、レオハルトはある勢力を敵に回すことになる。それがCHFであった。

「……あのニュースのか」

「あれは感動したな。って、レオハルトってまさか!?」

「阿呆、そのご本人様だよ」

ジョルジョがサイトウの頭部を小突いた。

「なんの因果!?」

「あのイェーガーが崇拝するヤツだぞ」

「イェーガー!?崇拝!?」

サイトウが目を白黒させながら裏返った声を発する。

「ああ、凄腕狙撃手で無口の。あいつが人を褒めるだけでも大事件だってのに」

「……マジか」

「なあ、もらったか」

「何を?」

「サインを」

「いや、それよりお手合わせした」

「お前はよぉっ!?」

ジョルジョがサイトウに組み付く。ヘットロックだ。

二人の様子を見てスチュワート・メイスン少尉が間に割って入った。

「おやめなさい阿呆ども」

「相変わらず口悪りぃな!?」

「相変わらずか。お前の毒舌はよぉ」

「あんたら悪友どもが変わらないからでしょうが」

三人のやり取りを聞いてスペンサー大尉が咳払いをした。

「ごほん、君らには彼と同行して任務を行なってほしい」

「彼?」

レオハルトの問いかけにスペンサーは横の物陰を見る。

足音も気配もなくある男が現れる。見知った顔だった。

「お久しぶりです。マスター」

アルベルト・イェーガー。

小柄なアスガルド人の男が敬礼と共に現れる。

「イェーガー曹長、彼が君と同じ任務を共にするレオハルト・シュタウフェンベルグ少尉だ。彼と面識が?」

「彼のことは日頃尊敬しております」

「あのことか……だが任務を忘れるなよ」

「サー・イェッサー」

イェーガーはチャールズ・A・スペンサー大尉に丁寧な返答を返した。

そのタイミングでギルバート中佐が口を開いた。

「さて、諸君らにはある人物の護衛をしてもらう。これが任務の目的だ」

「少女の護衛ですね」

「ご名答、レオハルト少尉には彼女その側に立ってもらおう」

「私の艦の業務は?」

「他の人物に当たらせる。この船は幸い補給のために寄港する予定がある」

「了解です」

「期待しているよ。メタアクトの能力がある以上相応の働きを期待している。必要な装備を好きなだけ持ってゆくといい」

ギルバートはそう言ってレオハルトたちを倉庫へと連れてゆく。

そこには銃火器や弾薬、爆薬、対物火器、軍刀、ナイフ、光学迷彩対応型プロテクター、偵察用ドローン、医療用キットなど歩兵用の装備が備蓄されていた。

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