第19話 極秘任務
レオハルトの護衛任務は彼の敬礼から始まった。
「ギルバート中佐から話は聞いている。楽にするとよい」
少女はどこか古風であり、気品と自信に満ちた貴族的な口調でレオハルトにそう命じた。
上品なドレス、整えられたブロンドの長い髪、病的なほど色白な肌、あどけなさが残る整った顔立ちは見るものに可憐さと眩惑させるような魅力を十二分に与えていた。
そのためかサイトウがスチェイに足を踏まれて悶絶しているのをレオハルトは横で目撃することとなった。
「承知しました」
レオハルトはそう返答する。彼の方も一挙一動に無駄がなく気品に溢れた振る舞いを少女に見せる。少女の方は彼の振る舞いに安心感を覚えつつ、彼にこう問いかける。
「もしや、そちらはレオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ殿ではないか?」
「いかにも、私がそうです」
「やはり!そちのことは有名じゃからの!」
「どちらで私のことを?」
「あの大演説。流麗な言葉遣いに度胸も一流であった。しかも、そちは命を狙われる場面でも動じることなく人質と民、双方の無事のために言葉のかぎりを尽くしていた。そちのような勇者は久方ぶりに見たわ。この度は大儀であったな」
「身に余るお言葉でございます。アリソン・ド・モンベリアル様」
アリソンと呼ばれた少女は貴族出身の人物で見た目では十代の少女にしか見えなかったが、彼女はかつてフランク連合王国の創成期に関わる重要人物で、ある事件をきっかけに吸血種のメタビーングとして蘇生されたという背景を有していた。この人物を警護する理由は共和国と連合王国の連帯と友好をアピールする狙いの他、実利の面でも大きな意味のある任務として重要視されていた。
一つ目は、両国が連携することで管理主義国家勢力やアテナ銀河外の敵性勢力、『抜き取るもの』ことエクストラクターに対する牽制である。
二つ目は互いに友好関係を維持することで交易や商業、観光など経済におけるパートナーを獲得することである。
三つ目はアリソン自身である。アリソンはメタビーングになったことで長命となり、少女の姿で二〇〇年以上生きている。彼女は歴史の生き証人と言えた。再興歴以前に関わるメタビーングとの繋がりがある可能性があった。それは場合によれば共和国建国以来の仇敵『エクストラクター』に対する情報にたどり着く可能性は十二分にあった。
「『抜き取るもの』じゃな?」
「よくご存知で」
「今の名前はわからないがの、われの時代では『エキ』とか『天使様』などと呼ばれていたな」
「そいつらに繋がる情報を持っているなら……全力で守ることを誓いますよ」
「うむ」
アリソンはゆっくりと頷く。そして少女は口を開いた。
「カールの部下だった者たちの警護なら問題はないだろうがの、一応伝えておく」
「エリアス・ヤギュウのことですね」
「エリアスと面識があるようじゃな?」
「……ええ、彼は何度か武術の稽古で切磋琢磨したことがあります。他流ではありますが、彼の動きはとても参考になりました。巨体から繰り出される一撃と俊敏な足捌き、それでいて動きの一つ一つが戦術的で狡猾。昔から駆け引きに長けた男です」
「なら話は早い。彼は危険じゃから無闇に相手をするな」
「承知しました。部下に徹底させます」
レオハルトはそう言って部下の端末との通信回線を開いた。
「全員、聞こえたな?」
「了解。相手が相手だからな……ヤイバ、カタナのエリアス、灰燼の狩人、闇斬り剣豪、デイウォーカー・エリアス、ヴァンプ斬りエリアス、暗黒の処刑人……有名なあだ名だけでこれほどあるやつだ。全員マジで気をつけろ。死ぬぞ?」
「イェッサー、……ヤイバ野郎の噂は聞いていたが、最新のウィングスーツを持ってしても骨が折れそうだな」
「了解です。サムライは大好きですが、こんな形でお相手したくはなかったですね」
サイトウ、ジョルジョ、スチェイの三人が三者三様の返答を行った。
「……了解」
「イェーガーさんよ。あんたには恐怖はないのかい?」
「……ない。俺は仕事をするだけだ」
冷静そのもので定位置で哨戒を行っていたイェーガーにジョルジョは苛立ちを隠さなかった。
「……ジョルジョ、あいつに苛立っても仕方ねえだろう?」
「そ、そりゃそうだがな……今回の相手は洒落にならねえ。手足がなくなったら義足義足で空を飛ぶ羽目になる。手足の再生治療は時間がかかり過ぎてな……」
「心配するのそこかよ。相変わらず飛ぶの好きだな……」
「はは、お前さんも大騒ぎになるのを見越して重武装だろう?」
「変わらねえなお前さんも」
「おうよ。今日は見た目はロリータ、頭脳はアダルトなゲストもいるからグゲ!?」
「客人の前で何変な言葉使ってんだぁ?」
「いでで……」
スチェイはサイトウの頭部に組み付いて締め上げていた。いわゆるヘッドロックである。
「スチェイ。後に。サイトウ、猥談は自重してくれ」
「すみません」
「は、任務に集中します」
二人がいつものやりとりをして数分後のことである。イェーガーが何かに気がついた。
「いる」
「敵か?」
「そのようだ。この身のこなし……できる人物だ」
「エリアスだな」
レオハルトがそう発言した瞬間、周りの空気に異様な緊張感が張り詰める。サイトウ、ジョルジョ、スチェイが銃を構える。レオハルトは抜刀できるように軍刀の鯉口を切った。
部屋自体は変化はない。だが明らかに殺気のある存在が近くにいるときに感じる独特な緊張感や変化をレオハルトたちは感じていた。
「……来るならきやがれ」
「……どこだ?」
サイトウとジョルジョが辺りに警戒をする。
「…………む」
「スチェイ?」
「いるぞ」
「どこだ?」
「あそこだ」
スチェイに指示された方角にサイトウは目を凝らす。
「……チッ、闇に溶け込んでやがる……」
「色黒の巨漢がスーツ着ているからな」
「それだけじゃねえ……身のこなしが違いすぎる」
「……厄介だねえ」
「全員、相手は僕がする」
「少尉……あなたは指揮官の」
「わかっている。それでも僕が前に立てば無駄に血は流れない」
「その根拠は?」
「相手も僕も手の内を知っている。そして僕はメタアクトがある」
「そういうことな……」
「良い案です。サイトウの言う通りにしましょう」
サイトウとスチェイの同意、そしてジョルジョが二人を見て頷く。その様子を確認したレオハルトは軍刀に手をかけた状態で殺気を感じる方角を見た。
靴音。
小さな音が大きく響くようになる。
「相手も気がついたな」
「みたいだな」
レオハルトとサイトウの両名はエリアスが部屋の護衛に感づかれたことを悟っていることに気がついていた。特にレオハルトはエリアスの性格からあらゆる手を打ってくると考えるが同時に無駄なことはしないということも同時に認識していた。
そのためか現れたエリアスの足取りはゆったりと穏やかであった。ただし、見るものの肌に深々と刃を突き刺すような殺気を放ちながら。
「久しぶりです。エリアスの兄貴」
「貴様か、レオハルト」
「流派は違えど、兄弟子同然の貴方とだけはやりたくなかったです」
「ならどけ」
「彼女は手掛かりです。死なせるのは共和国の意に反します」
「共和国は狂っている」
「それは貴方の方です。兄貴」
「なんだと……?」
エリアスが持っていた刀の鯉口を切った
「貴方は手段を選ばなさ過ぎる」
レオハルトもそう言って刀の鯉口を切った。
「愚かな……道を間違えた弟弟子に教育が必要なようだな」
エリアスは刀をゆっくりと抜く。刃文が美しくも妖艶な揺らめきを表現する。彼の刀の長さは側からは知ることはできない。だが、ある程度の距離を斬ることができるとレオハルトは推察した。彼の刀剣の知識とエリアスの好んで使う刀剣から推測した結論だった。
「……残念です。あなたは冷徹ですが悪人ではないので……」
「協力して欲しかったか?無理だ。お前は吸血種と仲良くしすぎている」
「……そしてあなたは冷徹過ぎる」
「相変わらず、口が回る。吸血種、滅すべし」
レオハルトもゆっくりと刀身を抜き放った。
二つの殺気。
レオハルトとエリアスとの間にある無言の読み合い。それを察したのか、あるいは付け入る隙を見出せなかったのか、スチェイたち3人は手出しをすることができなかった。
かくして、レオハルトはエリアスへの一騎打ちに持ち込むことになった。
それは護衛対象を確実に守るためでもあり、周辺にいる戦友を守る狙いがあった。
それを察してか、エリアスは早めに勝負をつけるために即座に切りかかった。
「リャアアアア!」
猿叫。叫ぶこともアズマの剣術においては立派な戦術だった。甲高い叫びに少しでも怯むならばそこに隙が生まれる。しかし、レオハルトは動じることなくエリアスの斬撃を回避した。
エリアスは吸血種を狩る違法なハンターであったが、彼自身も半分は吸血種の血が通ったメタビーングでもあった。まともに斬撃を受けるのは危険だった。
加速能力と相まったレオハルトの足捌きは音すらも置き去りにするような速さが伴っていた。
「スゥゥ」
レオハルトは息を吐く。
鋭利な斬撃が空を切っていた。
それは寒気がするほどの達人技でエリアス以外の全てが切断される斬撃だった。
カーペット、空気、ランプスタンドの本体部分。全てが両断されていた。
「速いな」
「まだまだ」
レオハルトの斬撃は音速を超えるものであった。
流麗な技術とメタアクトにより驚異的に加速された身体能力。それらが合わさった芸術的な斬撃は神速と表現され得る至高の殺人技術であり、常人ならば既にサイコロ状に分解されて絶命しているはずである。レオハルトの加速はそれほどの領域であり、何重もの対抗策無くして初見での対処は不可能であった。
だが、エリアスはレオハルトの技術体系にある程度の知識があり、彼の身体能力もスピードはレオハルトに到達するほどではないが、全くの絶望的ではなかった。むしろエリアスはスピードで圧倒する剣術を力技と彼の身体に備わった再生能力によってレオハルトと同等の戦闘を行うことを可能としていた。
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