第17話 消沈のレオハルト
レオハルトが船で休んでいる時間は憂鬱なものとなった。
ベッドの上にいる時は死者の顔と声が彼の頭を過ぎる。
助けて。
帰りたい。
死にたくない。
家族に会いたい。
痛い。
内臓が。
熱い熱い熱い熱い。
苦しい。
そんな声が彼の頭を過ぎる。レオハルトの目から自然と流れるものがあった。軍人とはいえ年若い彼にとってそんな凄惨な悲鳴はあまりにも辛い光景であった。
「…………くっ」
レオハルトがベットの上で悪夢と過ぎ去った命の悲鳴を振り払っている時のことだった。彼の部屋に何者かが来訪する。
「ギルバート中佐……」
「この生活には慣れただろうか?」
初老の軍人がレオハルトの寝室へと尋ねる。レオハルトは起き上がり敬礼しようとする。だが、ギルバート中佐はそれを制止するかのように片手を前にかざした。
「いい。それより、最初の仕事はどうだ」
「覚悟していた通りの光景でした」
「うむ」
「お気遣いは大変ありがたいのですが……要件は?」
「失礼した。君はなかなか優秀な若者と聞いたものでな。お父上を亡くされメタアクターに覚醒してから軍人を目指し、士官学校創設以来の成績で軍属となったと聞く。そんな彼の本心が気になったのでな?」
「中佐。あなたの言う本心とは?具体的にはなんでしょう?」
沈黙。
レオハルトの質問にギルバートは黙る。解答は数秒後に示された。
「……そうだな。あえて言うならば……君は父の何を知ろうとしている?」
「……」
レオハルトは気圧された。
ギルバートの表情や態度は若造の青臭さを暗に責め立てるような迫力があった。それを悟りレオハルトは毅然とした態度を敢えてとった。
「私の父は戦死したのです。そしてその真相を知りうるのは軍の内部であると私は思うのです」
「……ほう?」
レオハルトの毅然とした態度はギルバート中佐に少なくない感銘を与えていた。彼は学生時代に一度大きな大演説を行った経験があり、それが大人や見知らぬたくさんの人々の影響を与えた結果をもたらしたことは大きな強みであった。
「それを知ってどうするのだ?」
「知るからこそ意味があるのです。何も知ることなく軍を辞めるつもりは毛頭もありません」
「……」
「ギルバート中佐。あなたはかつてカール・フォン・シュタウフェンベルグの何を知っているのですか?どんな些細なことでもいいのです。お教えください」
「……」
初め、ギルバートは生意気な小僧を見るような目つきでレオハルトを見ていた。
だが、レオハルトの必死の懇願に根負けしたのか、それとも何か狙いがあるのか、ギルバート中佐はレオハルトの父カール少将の話をし始めた。
「大佐……いや、二階級特進して少将か……出世したのものだな。あのカールも……まあいい、カールは優秀な男だったが手段を選ばないところがあったな。それは彼の母であるマリー・オルガ・シュタウフェンベルグへの想いと負い目があったようだな」
「……負い目?」
レオハルトは怪訝な顔をした。それと同時に彼の脳裏に非常に嫌な感覚が込み上げる。
苦味。苦味であった。
レオハルトは人の心理を読み解く時に味覚を感じる時があった。いわゆるシナスタジア、共感覚と呼ばれる現象であった。
レオハルトにとってそれは……悲しみ、嘘偽りない心からの悲しみへの予感である。実際レオハルトの脳裏に父カールが祖母であるオルガに対して複雑な表情を浮かべている時の場面をイメージしていた。その時の違和感を当時のレオハルトは理解しかねていたが、その真実を思いかけず今知ることとなった。
「彼の母は劣等感を抱えていたことを知っているだろう?」
「ええ、祖母から直接聞いたことがあります」
「……『被虐の聖女』たる偉大な彼女が巨大な恒星に呑まれかけて死にかけたことも……?」
「……ええ、その話は有名ですから」
祖父クラウス・フォン・シュタウフェンベルグ大尉とマリー・オルガ大佐のその話題は共和国の映画の題材になるほど有名だ。当然家族であるレオハルトが知らぬ道理はない。
「だろうな。それこそがカールの弱点だ」
「……あの冷血カールがですか」
「逆だ。カールが冷血漢に変わったのはその事件がきっかけだ。ある時、カールはその当時の映像を見たことがあった。まだ幼い彼は酷いショックを受けたことをカールは私に話してくれたよ。もっとも、家で見るなと言われて見た映像だったから祖父に叱られたとも笑いながら言っていたがな」
「……意外ですね」
レオハルトは酷く困惑した様子でそう発言する。レオハルトの前では感情がないように振る舞っている姿しか見えないレオハルトにとってそれは見たことのない父の姿であった。
「当然だ。若い時の彼は喜怒哀楽が激しく笑顔が柔らかな青年だったよ」
「え?ええ!?」
今度のレオハルトは驚愕する。
あまりにも意外すぎる情報にレオハルトは露骨なまでに感情を発露せざるを得なかった。
「えっと……父が……ですか?」
「そうだ」
「……本当に?」
「くどいぞ」
「……えっと、なぜ父は変わったのですか?」
レオハルトは自分の中の困惑の感情を抑えることも兼ねて質問を投げかけた。
ギルバート中佐は平然とした口調で最初にこう言った。
「不器用だったのさ」
「不器用とは?どのように?」
「自分の感情を抑えることは得意だが、折り合いをつけるのが苦手だったのさ。あと、悲観的でもあるから批判はできても人を褒めることがとにかく下手で下手でな」
「つまり?」
「……奴は大惨事を起こした。そのせいでな」
「……」
「大惨事。彼の部下は死人や負傷者が多すぎた。任務の成功率はある時から高かったが、致命的なまでに人格が変わった。当時の教官が罪の意識で自殺未遂に走るほどにな」
「父が人でなしなのは覚悟ができてましたから」
「……逆だよレオハルト君、君はお父上の覚悟をまるでわかっていない」
「……父の覚悟とは?」
「母であるマリー・オルガ大佐と国とシュタウフェンベルグの名誉を守るための覚悟」
「……失礼ですが、おっしゃっている意味が分かりません」
その言葉を聞いたギルバート中佐は少し笑みを浮かべながらこう発言した。
「カール君には使命があった。自らが『冷血』と称される覚悟を決めていたのだよ」
「使命?」
「彼には敵が多かった。魔装使いに身をやつすものども以外にもこの国を食い物にする輩が多くいてな……」
「それは……?」
「一言では言えぬ、多くの犯罪組織や結社、ガーマ人やワンチョウ人の過激派に金しか見えていない悪徳企業、人類に仇なす側に立ったメタビーング……この国は今も危ういバランスの上に立っているのだよ」
そう言ってギルバート中佐はその場から去ろうとした。
「貴方は……父の戦友であるならお教えください」
シンはそう言ってギルバート中佐を引き留めた。
「……戦友とは違うものだが……好敵手ではあるな」
「好敵手?味方なのにですか?」
「出世の時は……敵といえるな。最も、私も彼も国家の敵には冷酷ではあったが……それは仕方なかろう。軍人という職務はそういう因果なものだ」
「……」
「君はお父上を脅かした敵を知りたいと願って、教師の道を捨て軍人となったのだろう?」
「……はい」
「ふむ、正直なのは結構だ。だが、この世界は正直なだけでは生きてゆけんぞ?」
「覚悟の上です」
「いい返事だ。彼がSIAなる組織を立ち上げたということは知っているかね?」
「グリフィン少佐から」
「結構。彼には目標があった。サピエンス系に限らず知的生命という多様と知性を武器にする存在の力を用いて、多数主義的な敵や狡猾なテロリスト、理不尽を生み出す悪に対抗する組織の創設をな」
「……多様と知性」
「最も、その組織は公ではない。まだ小さな一集団に過ぎないがね」
「……」
「レオハルト君、君が率いてみる気はないかね?」
「私にはまだ時期尚早かと」
「その根拠は?」
「私は軍の中では経験の浅い士官に過ぎません」
「だが、士官学校での成績は優秀そのもの、そして先刻の修羅場で人命を救った功績、実に見事だ。メタアクトの才覚、素養も申し分ない。既に人望も厚いようだ、カリスマと言ってもいい」
「上層部が納得するとは思いません」
「私が手助けしてやろう」
「お断りします。それでは、職務があるので失礼します」
そう言ってレオハルトはギルバート中佐に敬礼し、その場から立ち去った。
本来なら黙々と休息ととるはずだったレオハルトの時間はギルバート中佐の印象的な会話によって潰されることとなった。
「何がカリスマだ……」
レオハルトは苛立ちながらも職務を行うことでその時のストレスを極力忘れるべく努力することになった。
その後の船は各地で転戦をおこなっていた。フランク連合の居住惑星の一つで管理主義国家の機械化師団とギルバート中佐の部隊は熾烈な戦いを行なったので、レオハルトや軍艦の乗組員たちで懸命に戦った。その時のレオハルトの戦果は素晴らしいもので、その時の戦闘の戦果の大半は彼一人で築かれたものとなった。
「……ルーキーの戦い方じゃない。真っ二つの山が……」
「ありゃ……すげえな……」
「弾薬が心配だったけど、どうにかなって良かったよ」
「……」
仕事は果たした。だが、レオハルトの心はどこか暗いものがあった。
「よお、お疲れ功労者さん」
「……ん?」
レオハルトは戦闘が終了した後、筋骨隆々のアズマ系人兵士に声をかけられていた。
「俺はサイトウって言うんだが……随分と落ち込んでいるな?」
「……そうだね。君、階級は?」
「ああ、一応外人部隊で曹長やってるよ」
「にしては、随分と若いな」
「そりゃ……俺はガキの頃から戦いづくしだからさ。ほら、階級章……って失礼しました!少尉殿!」
「気にしなくていい。君も疲れているだろう」
「平気です!エロ本読んでハッスルするだけで疲れも痛みも吹っ飛びますので!」
「……大声でいうことか」
「サー、僭越ながらストレスと性欲の発散は大切であります!サー!」
「……なるほど、君がサイトウ・コウジ曹長か……」
レオハルトはサイトウの名前に聞き覚えがあった。腕が恐ろしく立つが兵士だが、変態性欲の見本市のような男がいる。そんな変人兼一流の強者がいるということは軍で有名となっていた。
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