第15話 駆逐艦レナードの死闘

レオハルトはギルバート中佐、リィ・ヨン、アラカワの三人と別れを告げる事になった。

彼らはレオハルトに挨拶を済ませた後、旗艦であるヴィクトリア級の一隻に乗り込んでいたのだ。レオハルトはアーネスト・ジュニアに乗る前に駆逐艦レナードで経験を積む事になった。それはギルバート中佐直々の決定であった。

レオハルトのそばには父の戦友であったある人物がそばにいた。

イプシロン。メタアクターだ。

「お久しぶりです。レオハルト少尉殿」

「ええ……お久しぶりです」

階級は曹長であったが、そんな階級の隔たりすら気にする事なくレオハルトはイプシロンと会話を楽しんだ。

「……正直、この場に父がいればと思わずには」

「そう言わないでください。私とて、この体になったのは覚悟があっての事です」

「……グリーフに汚染されたのだろう?」

「ええ……」

「症状は……」

「たまに神経系がおかしくなるので、錯乱することもたまにあります。そう言う日には予兆があってよく幻覚を見るのです」

「幻覚だと……?」

「……死んだ祖母の姿が見える事があるのです。こっちに来てはならないとよびかけて来るのです」

イプシロンは遠くを見るような目をした。

「…………」

にわかには信じがたい話であった。レオハルトは食い入るように見つめる。

「……そんな目で私を見るなんて……久しぶりです」

「……グリーフについておおよそのことは聞いていた」

「タカオ様から?」

「そうだ。それでも謎が多いな」

「知っている事の方が少ないのです」

「どうして?」

「人類にとって未知だからです」

「グリーフってなんなんだ?」

「意志を持ったエネルギー生命体です」

「生命……生きているのか」

「そうです。感情と思考をもつ人間だけが同調出来るのです」

「彼らにとって人間とは?」

「良き隣人……あるいは興味深い観察対象でしょうな」

「彼らと魔装使いの関係は?授業で習った」

「魔装使いにとっては天敵といえます」

「なぜ?」

「彼女らは汚染と称するものこそ『グリーフ』なのです」

「なぜだ……?」

「というと?」

「グリーフは味方ではないのか?」

「味方です。ただし、魔装使いにとっては猛毒と言えるのです」

レオハルトは矢継ぎ早に質問をする。イプシロンはそれに次々と返答した。

「さらに質問だ」

「はい」

「ギルバート中佐はどこでこのエネルギーを?」

レオハルトに対してギルバートが答えた。

「それは私が答えよう。我々は魔装使いと敵対し、エクストラクターの撲滅を目的にしている事は知っているな」

「はい。ヤツらは人類の敵です」

「うむ。模範解答だ。……だが、不十分だ」

「……」

「グリーフはエクストラクターとの戦いを通して発見された。そしてグリーフはエクストラクターを快く思っていないと言う事も……知った」

「!?」

レオハルト少尉は目を見開いた。

「エクストラクターとの戦いで……!?」

「詳しい資料は後で見せよう……一つ確かな事はグリーフはエクストラクターと敵対的であるということだ」

「……彼らは……」

一拍置いてギルバート中佐はこう言った。

「人類の希望だ」

ギルバートはこころなしか微笑んでいる。少なくともレオハルトにはそう見えた。


ギルバートから一通りの資料の入った鞄を手渡された後、駆逐艦レナード艦内にて、一通りの案内、歓迎会、説明、そして最初の業務に参加する事になった。

当然それが済んだ後のレオハルトは完全にクタクタとなった。

「ふう……」

父の部下、タカオの弟、再会したリィ・ヨン。

それだけでも驚くべき情報であったが、魔装使いとグリーフ、隠された歴史、ギルバート中佐。

あらゆる情報がレオハルトの頭を完全に圧迫していた。

「教師を目指していた方がマシに思えるな」

レオハルトは多くの謎に頭を抱えながら休息を取っていた。

沈黙と共に見慣れぬ天井をレオは見つめる。

「……マリア……」

しばらく眠ろうとするが寝付けない。予感のためか、仕事の緊張のためか、レオハルトは何となく寝付けなかった。

レオハルトは起きて鞄の位置を確認した。それでも落ち着かないので愛用の軍刀を眺めた。

シュタウフェンベルグの軍刀。

父がよく使っていた軍刀だ。名が刻まれており白亜に輝く丈夫な軍刀であった。それをしまった後、室内に警報が鳴った。

「コンディションレッド!コンディションレッド!全ての乗務員は所定の場所に着け!繰り返す……」

レオハルトは大急ぎで着替え、鞄と軍刀を持って艦橋へと出た。そこに向かうまで人とぶつかりそうになる。

何人かの人と回避しながら彼は艦橋へと向かった。

艦長と通信士が膨大な量のやり取りと処理を行なっている。

レオハルトは聞いた。

「三番艦沈黙!五番艦も中破を確認、状況はこちらが不利!」

「艦載機部隊も30%をロスト!このままでは!」

「機関砲はすべて稼働!対空迎撃急げ!」

「敵機8機撃墜!ですが増援を確認!」

「旗艦は健在!ですが、こちらの援軍は一八〇セカンド後のこと!」

「クソが!迎撃部隊はどれくらい回せられる!?」

「30機程度……」

「足りるか!もっと寄越すように伝えろ!」

「了解!こちらアスガルド軍所属、駆逐艦『レナード』。不明船籍の攻撃を受け……なんだ!?」

艦内全体に衝撃が走る。通信士の一人が青ざめた顔で叫んだ。

「敵艦の一つが本艦に接舷!敵が!敵が乗り込んできます!!」

「クソがあ!敵の正体も分からないのに!」

すぐさまレオハルトが叫んだ。

「接舷位置は!?」

「はぁ!?それを知ってどうする!?」

艦長が苛立った様子で応答する。

「僕はメタアクターです!部下を下されば……」

「バカいえ!昨日今日の新入りに部下は……ぎゃ!?」

艦長が頭を撃たれていた。後頭部から血を飛び散らしていた。

レオハルトは発動する。

青い世界だ。

静止の世界だ。

全てが遅くなる世界でレオハルトは艦長の死体以外に敵を見た。

機関銃で武装した侵入者の軍団だった。レオハルトは全てが遅い世界でそれを目撃する。

鯉口を切る。

そして、レオハルトは刀を抜いた。

リィィィィ……ン。

鈴の音に似た音がブリッジに木霊した。

「……あぁ……?」

ずるッ。

敵一人の首が飛ぶ。

一拍置いてから敵すべての体が崩れるように倒れた。

レオハルトが刀を納める時には、敵はすべて無力化されていた。

「……状況説明を」

レオハルトは通信士の一人に説明を求めた。

「…………え、は……」

通信士は目の前の状況に唖然としていた。

「君?」

「え?」

「大丈夫かな?」

「あ、はい。本艦に敵が侵入!各ブロックで応戦してますが……」

「苦戦していると」

「はい……」

「避難準備。艦を放棄し脱出用の船艇を使い旗艦に向けて脱出する」

「しかし……」

「艦長死亡。副長も生死不明。この状況で艦の指揮は不可能だと判断します。異議は……?」

「……ありません」

即座に通信兵の一人が答えた。

「良し。可能なら副長を連れて脱出する。敵は私が一掃する」

「しかし敵の数……」

青い残像が艦内を縦横無尽に駆け回る。

廊下へのドアの開放と共にレオハルトは一陣の風、あるいは青き稲妻となって駆け抜けた。味方に敵意を向けるもの全てを蹂躙し、切り刻みながらレオハルトは駆けた。

駆けて駆けて駆けた先に、レオハルトは副長の遺体を確認した。

勇敢な最期であった。

敵を葬り、味方を救った後、生きている味方に脱出を促した。

だが、どうしても救えない味方も確認した。

上半身だけでかろうじて生きていた味方。

全身血まみれで顔も傷つけられた味方。

出血多量で意識だけあるが瀕死の味方。

はみ出た内蔵を必死で腹に戻す味方。

心が壊れ発狂した味方。

健在な味方に脱出を手助けし、レオハルトはブリッジへと舞い戻った。

「………………副長の死亡を確認」

レオハルトがそれを伝えた後、ブリッジの通信士達が脱出を開始した。


船の爆発を見届けた後、脱出艇が旗艦へ向けて前進する。

虚空には母艦の破片や隕石が飛び交っていた。

「…………」

レオハルトは母艦が崩れ落ちながら閃光を放つ様子を黙ってみていた。

いつまでも。

いつまでも。

「……少尉、慣れた方が良い」

沈黙に耐えきれず、兵士の一人がそう言った。

「……気持ちだけ受け取っておくよ」

レオハルトは救えなかった仲間のことを想っていた。

彼らにも家族はいた。映画のようなエキストラでは決してなかった。そのことをレオハルトは噛み締めていた。

「…………くそが」

レオハルトは柄にもなく、汚らしい言葉で悔しさを口にした。

彼は顔全体を力ませ歯を噛み締めていた。彼は我慢していた。自分に沸き上がる感情全てを。

その上で彼は言った。

「生き残るぞ。絶対に生き残る。何も知らないまま死ぬなんて嫌だろう!僕は絶対にそうだ。みんなで生き残ろう!」

彼の言葉に一人、また一人と賛同する。兵士、通信士、機関士、調理担当。

あらゆる元船員が賛同の雄叫びを上げた。

レオハルトの寄り添った言葉に共感したためか、あるいは彼の力によるものか。いずれにせよ。船艇の内部は興奮に包まれた。

操縦する総舵手ですら微笑を浮かべている。

そうして脱出艇は旗艦たるヴィクトリア級戦艦『シンシア』を目の前にしていた。乗っていた船は沈んだ。だが、希望までは潰えてはいなかった。

生き延びた船員は一人、また一人と『シンシア』へと乗り込んでいったからであった。

最後に乗り込んだのはレオハルトだった。

レオハルトは全ての『元』船員を送り出してから、最後にシンシアに乗船した。

レオハルトにとっては当然の事だと思っていた。

拍手。

それでも拍手が起こる。

『シンシア』の乗員から拍手が起こる。

レオハルトは応えずただ、ある人物の方へと歩んでいった。

それはギルバート中佐であった。

「……中佐」

「おめでとう。良く生き延びたね」

「こんな死んで……何とも思わないのか……」

「大義には犠牲がつきものだ……それは避けられない現実だよ……レオハルト君」

ギルバード・ノースをレオハルトはただ見た。睨むことはなかったが、何処か懐疑の目線をレオは向けていた。

「質問はあるかね?」

「…………いいえ」

レオハルトはその足である人物の居場所へと向かっていた。

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