第14話 鴉との邂逅

レオハルトが口を開いた。

「君が……タカオの弟だね」

「…………どのタカオでしょう?少尉殿」

「タカオ・アラカワだ。君の兄の」

「…………貴方がレオハルトですか。イェーガーから聞いています。貴方の理想は眩しいものだと」

「……理想か。父は……」

「貴方の事を話していました。青い空と光の下を歩むにふさわしい人間だと」

「……そうか……」

「……まあ、やや不器用な言い回しだったのは気になりましたが」

「例えば?」

「……現実を見ていないとか所々で批判をしていました」

「……父らしいな」

「だが、褒めてもいました。それは揺るぎない事実です少尉殿」

「……そうか」

レオハルトは目頭が熱くなる感覚を抑え込んで話を続けた。

「……ギルバート中佐はシンの上官であるか?」

「はい。ただし、前までは故カール・シュタウフェンベルグ中将の指揮下にありました」

「前まで?」

「殉職されるまでは、ということです。今はギルバート中佐の指揮にあります」

「所属は?」

「元共和国外人特殊空挺部隊、第一連隊第一中隊所属でありました」

アスガルド共和国には外人部隊が存在し、国籍を持たない者が軍に参加する際には、厳しい試験・面接・審査を受けた末に入隊する規則があった。シンの所属した部隊は市街地戦および重要拠点の制圧を想定した部隊であった。

「今は?」

「特殊探査船団第二機動班所属であります」

「主な任務は」

「第一機動班の援護・及び救助であります」

「救助?」

「第一機動班は観測技術を持つ技術者・研究者を抱えており、彼らに犠牲者を出さない事が第一機動班と第二機動班双方の主な任務であります」

「では、観測の内容とは?」

「は、観測とは『エクストラクター』及び彼らを援護する『環境テロリスト』の犯罪の現場を抑える事にあります。証拠を抑えた後、警察公安部等に引き渡すのが主たる業務であります」

「なるほど……」

環境テロリスト。

宇宙の死を免れる為に人類の抹殺を志向する恐るべき破滅主義者たち。彼らはエクストラクターから伝えられた人類の歴史を元に人類は共食いと増殖を繰り返す癌だと定義する。宇宙の調和は他者の生命を犠牲にすることで安定すると信じて止まない殺戮の狂信者たち。共和国の安寧は彼らと彼らの信奉する『エクストラクター』によって脅かされていた。

その存在が確認されたのは再興歴40年の頃に遡る。

シュタウフェンベルグ家の生き残りにしてその代の当主、すなわちラインハルト・フォン・シュタウフェンベルグによってその存在は公的に暴露される。

以降、その存在は歴史の表と裏で熾烈に争われていたと伝えられる。

レオハルトは危険な狂信者たちを示す言葉を聞いて自分が戦場へと向かっているという事実を改めて感じていた。

「……シンは彼らと?」

「はい。何度も交戦し、救助任務に従事した事もあります。自分が担当した任務では死者を出してはいませんが、同僚の任務では殉職者もいると聞いております」

「……そうか」

そこでギルバートが横から口を挟んだ。

「さて、そろそろ本題に入るとしよう。積もる話はまた後にしたまえ」

「はっ!」

シンはそういって後ろに下がってしまった。

その代わりにギルバートが会話に加わる。

「知り合いだったかね?」

「ええ……親友の生き別れの弟で」

「そうか……彼は非常に優秀な男でね」

「ええ、彼の事は教本や授業で」

「それ以上だよ。君は幸運だ。伝説を間近で見ている」

「……伝説ですか?」

「そうだ。『彼』はそばにいる味方を決して死なせないことで有名でね。特に不幸な経歴を持った味方を執念深く救ったこともある。命令違反ぎりぎりのやり方をとってまでな。彼が二等兵から軍曹まで若くして上り詰めた理由はそこにある」

「……そうですか……やはり」

「やはり?」

「いえ、こちらの話です」

「そうか。プライベートへの詮索は控えておこう」

「ありがとうございます」

「さて……立ち話もこのへんにしようか。新任の士官を迎える準備は出来ているよ」

「承知しました」

ギルバートとレオハルトたちは駆逐艦へ乗り込むべく搭乗口の方へと足を進めていった。






アイゼン級駆逐艦『レナード』の艦橋にレオハルトたちは居た。

「みんな、聞いてくれ」

アラカワ軍曹の一言でレオハルトたちに注目が集まる。

「前から噂になっていたと思うが、この船に新しい人員が乗る。レオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ少尉だ。彼と彼の父の言葉に救われていた者がいたことは知っている。その彼が……この船に乗る。温かく迎えてやってほしい」

拍手。

船員たちが喝采を送った。

「彼のことは知っていると思うが、……現実に戸惑って苦しむ場面もあるだろう。だが、皆が知っている通り彼は有能な男だ。カールを通して知っているだろう。だからその恩返しを皆でやろう」

再度の拍手と喝采。

若手の人物でありながらアラカワ軍曹が一目置かれている事はレオハルトに深い印象を与えた。そして、カールが自分のことについて話した事。何かがこの船に乗る将兵たちに力を与えていたことをレオハルトは察した。

その何かをレオハルトは図りかねていた。が、そのことで脳裏によぎる顔があった。

アルベルト・イェーガー。

凄腕の狙撃手。

学校で教わった情報をまとめると彼は警戒心が強く一匹狼的な振る舞いを好む人物であるとレオハルトは理解していた。彼が『主様』とレオに忠誠を誓い、敬意と友好的な態度を崩さなかった起源はここにあるとレオハルトは理解していた。

その証拠に若手の兵士たちが期待に似た明るい眼差しをレオハルト側に向けている。ベテラン兵らしき人物は見る目線は様々であった。冷ややかに見る人物もいれば、普通の新兵として見るものと決めている人物や、若手同様に期待の混じった眼差しで見る者もいた。

レオハルトは紹介を済ませ、何人かの将兵と会話を交わした。

この中には中央士官学校の卒業生もおり、様々な会話を交わす事が出来た。会話の内容は寄港した時にやりたいことや好きな女の子のタイプ、厳しかった教官の話や業務での注意点など、同世代らしい会話を交わしながらレオハルトは艦内の人間と親睦を深めていた。

「……というわけで僕はマリア一筋なんだ。すまないね」

「まあ、そんなロマンチックな逸話があるなんてな」

「やはり、幼馴染属性は最強……」

「まあ、その意見は分からなくないね。付き合いが長いとお互いの理解が深いし、良いところも悪いところも知っているし。美人な女の子ならこの世に大勢いるだろうけれど、理解者は一握りだからね」

「理論武装は完璧か」

「やはり、幼馴染属性は最強……」

「お前、それしか言わないな」

「仕方ないだろう!幼馴染とのラブコメは王道だから!」

「まあ、目の前にその実物がいるからな」

そういって若手の士官たちがレオハルトの方を見た。

「僕からのコメントはないよ。言いたい事は全て言ってくれたからね」

「憎い奴め」

ニヤニヤと笑いながら幼馴染萌えの士官が肘でレオハルトを軽く小突いた。他の士官や下士官たちも終始笑顔だ。レオハルトは和やかな会話を楽しんだ後に思い切って会話を一歩進める事にした。

「さて、野郎の話で済まない。聞きたい事がある」

「へえ?有名なやつか?」

「レオハルトがいうからきっと有名なヤツだろうさ」

「だれだろうな」

「……シン・アラカワについて聞きたい」

全員がぎょっとした表情でレオハルトを見る。レオハルトの本気の目線に根負けして一人が話し始めたが、口調は重い。

「……アイツは優秀な軍人だ。戦士としてはな。だが、普通じゃない。普段から喪服みたいな服装をしているし、あまりしゃべらないし、味方を救う事に関しては……その……異常なんだ」

「異常?」

「狂ったように戦う男なんだ。救う事に執着していて……」

「……」

「部隊内にさ。親に先立たれて天涯孤独になったヤツがいて。そいつが死にかけた時のアラカワ軍曹が……怖かった……目の色というか、人が変わったようだった。味方で良かったってその時はつくづく思ったんだ。そいつは敵の一団に囲まれた時、軍曹は一人で敵の集団を相手していた。機関銃は持っていたが途中で弾切れを起こしてさ、それなのにナイフ一本で機関銃を持った敵を皆殺しにしたんだ。七、八人居た敵を……一人で……」

「……そうか」

「おいらも聞きました」

若手の一人も会話に加わる。階級は伍長の男だ

「その時の軍曹……異常で……普段は淡々と命令を遂行する男なのにその時の戦い方は取り憑かれたような異質な動きでした。狂気的でしたが精密機械のような正確な動きでもありました」

「……わかった。ありがとう」

「……レオハルト少尉」

「え?」

「彼は……何者なんです?」

「……親友の弟だ。それ以上のことは僕も知らない。だから知りたい」

「そうですか」

「それともうひとつ聞きたい」

「は……」

「僕はここではどう思われている?」

「……希望です」

「希望……?」

「貴方は一度、我々を救った事があります」

「……救った?」

「はい、といっても少尉は知らないことでしょうが」

「……どういうことだ?」

「……あなたの言葉と理想に救われたのです。皆」

「……理想か」

初めて出会ったイェーガーと同じ言葉だった。

理想。

レオハルトは徐々にどういうことかを思い出し始めていた。

教師を目指していた時。そのルーツの一つと言える出来事だった。

レオハルトが考えていた理想の教師像。『褒めて伸ばすアスガルド一の名教師』となること。そのルーツはいくつかある。祖母のマリーの言葉。彼女の経験。父との確執。親友との出会いと戦い。

『台風と千里眼』と呼ばれていた時の激しい青春時代。

その時のことはレオハルトにとってもタカオにとっても大きな意味を持つ時代であった。

「……ありがとう」

そういってレオハルトはその場にいた全ての仲間に敬礼を送る。彼らもまたレオハルトに敬礼を送った。

彼らとの航海の無事と任務の成功をレオハルトはただ祈っていた。レオハルトは踵を返し艦橋の方へと足を運ぶ。やるべき仕事は山積みであった。

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