第13話 別れと出会い
レオハルトが士官学校で体験した時間は充実したものとなった。
実践的な軍略の知識や古今の兵器の歴史と運用法、指揮官としての思考、あらゆる教養。航海士などの様々な知識・知恵に関する知的な思考・素養を磨く有意義な時間であったが、それ以上に士官学校での出会いはとても有意義なものとなった。
レオハルトは様々な歴史書を始めとした専門書を愛読していたり、歴史学の教授と交流をおこなっていたりしたことも大きく、仲間と様々な話題を広げる事が出来た。
レオハルトにとって意外だったのは、見知った顔に出会い切磋琢磨したことだ。マルク・アデナウアーとラルフ・カリウスの二名である。
特にマルクは父親の会社を継ぐものであると子供の頃は誇らしげに語っていた時がレオハルトの印象に残っていた。彼はギュンター・ノイマンの親友でもあった。
ラルフは自信過剰でナルシストな一面があるが、誇り高く自分に厳しく人に優しい好青年であった。アーノルド・J・ワトソンこと熱血教師を目指すアーノルドの友人でもある。熱血漢同士で気が合うようだ。
「レオハルト!我が偉大なるライバルよ!剣術では比肩するほどの腕にはなったんではないか!?銃の腕では私が上ではあるがな!」
「……ラルフ。相変わらずだね、君は」
苦笑いを浮かべながらも、幼い頃から知った人物との会話はレオにとって嬉しいものであった。レオハルトの顔に自然と微笑みが浮かぶ。
「……つくづく思うが君がメタアクトに目覚めるとはな。しかもその後に軍人になるって聞いた時には大層驚いたものだ。君は『褒めて伸ばす教師になる』って喜々として語っていたことは散々覚えているものだが」
「人間色々あるものだよ。ラルフ」
「お互い様だな。もっとも私が軍人として生きるのは運命のようなものだろうがな」
「君は好敵手だが友人でもある。困ったときは遠慮なく頼るといい」
「ありがとう。君は自信過剰だが、人としての優しさはきちんとあるところが素晴らしいね」
「む、自信過剰ではないぞ。私はカリウス家の誇りを背負っているのだ」
「ラルフ。戦場は卑怯な場面も冷徹になるべき時もある。僕は君の高潔なところは好きだが、くれぐれもそのことに足を引っ張られないようにしてくれな。宇宙に出たら誰であっても何があるか分からないからね」
「うむむ、……そういえば、軍略ではどうにも君に分があるな」
「ラルフも腕が上がったよ」
「うむむむ……その余裕な態度……いつか悔しがらせてやろう」
「楽しみだね」
「待っていろよ」
二人が会話しているとレオハルトはふと気がついた事があった。
レオハルトは手刀で何かの火を消した。
「……マルク君?士官学校では駄目だって言ったでしょう?」
「いやー……はは、これは卒業祝いの景気付けに……」
マルクは手に爆竹を持っていた。いつのまにか。
「おい、マルク殿?」
「マァァルク君?」
ラルフとレオハルトは静かに怒気を放っていた。ラルフは仏頂面で。レオハルトは満面の笑みと共に。
「いや……その……まって、助け、ぎゃああ!」
マルクのいたずら好きには困ったもので二人が今回のように粛々とお仕置きを敢行する程だったが、彼の発明と発想力は二人にとって良い影響も与えていた。事実、マルク自身ムードメーカーで明るく、多くの友人に恵まれていた。
「さて、お仕置きはこの辺にして、レオハルトは特殊探査船団になったのだろう?」
「ああ、そちらの船の一つにいる事になった。調べてみたら、『カラスの男』がいる船だ」
「……ついにだね。首席ならもっと別の軍艦に乗れるのに……」
「僕はもう決めてあったんだ。父のことを知りたい」
「……お父上か」
ラルフが複雑な顔をしていた。
「……父のことは授業でもある程度は聞いた。君の家族には……」
「いや、気にするな。宇宙に出れば家柄は関係ない。生き残るか死ぬか……それは神のみぞ知るということだ」
「……ありがとう」
レオハルトは数回頷いてから礼を言った。
「それに……カール大佐はカリウス家の人間に可能な限り生き残る選択肢を与えた。それを選べなかったのは我々カリウス家側の落ち度だ」
「……すまない」
「気にするな。君は何も悪くない。そして、誰も悪くなかった」
「……ああ」
「さて、最後に食べにいくぞ。君は特殊探査船団のアーネスト・ジュニアに乗るのだからたんまり食べた方がいいぞ」
「君こそ。ヴィクトリア級での業務はライバルも多いぞ」
「そうだな。だが障害とライバルは多いと燃える。君はどうだ?」
「お互い様だな。理想は高いと燃える」
「さすがは最大のライバル」
「君は立派だがナルシシズムが過ぎるのが欠点だ」
「使命のある人物とはそういう者だ」
「相変わらずで安心した」
仲のいいやり取りにマルクもにっと笑顔になる。彼の小さな向日葵にも似た可愛らしい笑顔は最大の美徳であった。彼らの思い出を胸にレオハルトは士官学校を首席で後にする。
彼らの愉快なやり取りとドタバタした喜劇的な日常は非常に愉快かつ伝説的であったが、それはまた別の話となる。
軍服姿のレオハルトはある人物を待っていた。
ヴィクトリアシティのシンボルともいえる一画。セントラル・スクウェアにてレオハルトは時を待っていた。
「……」
雑踏。
「…………」
人の声と笑い。
「………………」
レオハルトは時折空を見た。雲一つない晴れであった。
「…………きた」
そういってレオハルトは大きな気配とわずかな気配を察知した。
二人、わずかな変化のみでレオハルトはイェーガーとグリフィン少佐の姿を視認した。
「後悔はしないな?」
「ええ……もう決めた事です」
「家族への挨拶は?」
「士官学校の入学でしてあります」
「……本当にいいか?」
「ええ……」
「…………わかった」
頷いた後、グリフィンは右手を差し出した。
「ようこそ、特殊調査船団へ」
「よろしくお願いします」
グリフィン少佐とレオハルト『少尉』は固い握手を交わした。彼の側にはアルベルト・イェーガー『軍曹』がいた。彼は甲斐甲斐しく敬礼を行なった。レオハルト少尉も敬礼を返す。
「向こうに着いたら、お前は士官の一人として扱う。いいな?」
「はい。もとより」
二人に連れられレオハルトはある車へと乗り込む事になる。高級な外国車。イェネリックの年代物であった。それに乗り込むと車両はヴィクトリアシティの外へと向かっていった。
西に。
西に。
西に。
西には首都ニューフォートの位置である。政府の重要施設や宇宙軍関連の基地が立地していた。都市そのものはヴィクトリアより小さい。
それでも、ニューフォートは『頭脳要塞都市』の渾名で呼ばれるにふさわしい場所であった。そこは首都にふさわしくアスガルドの国家としての機能が集結していた。
そんなニューフォートの建物の一つに三人は車を止めた。そこでいくつかの手続きと誓約書のサインを済ませ、レオハルトたちは別の車に乗った。
今度の車は軍用車両で装甲が敷き詰めてあり、ガラスは耐熱・防弾仕様であった。
「少佐?よろしいでしょうか?」
「どうした?」
「…………これからどちらへ?」
「探査船団の船の一つだ。SIAは彼らの船の一つとしてある作戦に参加する」
「それは?」
「……詳しい事は現地で話す。君は戦術班の一員として配属されるだろう。失礼がないようにしろよ」
「サー・イェッサー」
会話はそれっきりだった。そこから軌道エレベーターに乗り込み、首都星衛星軌道上基地に向かう。そこは一隻の駆逐艦が停泊していた。宇宙空間と停泊した船舶の様子を映した映像が通路に公開されている。
「待っていたよ。少佐。それと……君だったねレオハルト少尉」
ギルバード・ノース中佐と白衣のリィ・ヨン。それと数人の兵士が出迎えてくれていた。
「本日から配属になります。レオハルト・シュタウフェンベルグ少尉であります」
「歳は?」
「今年で二十四であります」
「うむ、君には期待しているよレオハルト君。戦術班としての業務を志望しているとか」
「はい。その通りです」
「そのことで話がある。ただここでは何だ。船の一つへと案内しよう。そこで全て話す」
「了解であります」
「うむ」
レオハルトたちはそのまま一隻の駆逐艦に向かっていった。
アイゼン級駆逐艦『レナード』はごくありふれたアスガルド共和国の軍艦であった。
全長は350メートル。全高は90メートル。民間の輸送船ほどの大きさでシルフィード核融合炉搭載エンジンを搭載した軍用艦であった。ヴィクトリア級戦艦のような大型の軍艦と比べると火力や装甲などが劣るが、シルフィード・エンジンを搭載したことによって民間の船舶や他国の軍用艦と比べても一線を画す機動性を備えていた。このエンジンは小型で戦闘機やAFにも搭載可能な内燃機関の一種である。製造には時間と特別な技術が必要かつ、高価な機関である。だが、性能は申し分ないものであった。
「……アイゼン級の特徴は他の駆逐艦と比べても高い防御性能と機動性にあります。このような船に私が乗れるとは光栄な事です」
「君はなかなか有望な人員だ。本来なら巡洋艦クラスの船に乗船させる予定だったが……使える巡洋艦がなくてね……」
「僭越ながら、お伺いいたします。どうして巡洋艦が用意されていないのでしょう?我が国はAGUに次ぐ軍事大国では?」
「そうだ。だが、我々は常に消耗を強いられるものだ」
「消耗とは……」
「……『エクストラクター』と友好関係にある者たちだ」
「……『抜き取るもの』と?彼らは……」
若い女性を燃料にして自分たちの安全圏を確保する卑怯者。
レオハルトはその言葉を言う前にギルバート中佐は話を遮った。
「それも船内で話そう。ああ、それと君に紹介したい人物がいる。……アラカワ曹長。こちらだ」
アラカワ。その苗字にレオハルトは予感のようなものを感じていた。
「……まさか」
目の前には軍服を着た男がいた。アズマ人だ。歳は若くまだ十代の面影があった。本来ならまだ二等兵ぐらいの年齢だろう。
だが、彼は『曹長』と確かに呼ばれていた。
「……シン・アラカワであります。階級は曹長であります」
シン・アラカワ曹長。レオハルトの目の前に現れた若者は確かにそう名乗っていた。
彼の瞳には深い闇が宿っていた。
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