第12話 再生への道
リィとレオハルトは別々の立場にあった。
というのも、リィはあくまで『国外からのお客様』でレオハルトは『生徒』であるという違いがあった。というのもリィは軍関係の研究助手としてそこにいるだけである。一方のレオハルトは生徒として粒子式ライフルの扱いや行進のやり方、命令遵守、敬礼の仕方まであらゆる苦難が待っていた。
コネクションに関する面は簡単にパスできた。そもそもゴードン少佐や父の知り合いである名門スペンサー家の議員の推薦もあり、レオハルトは入学できた。
また、レオハルトの学業に関してはそれ以上に問題なかった。
元々、大学でも教授が舌を巻く程の教養を身につけていた事、教師を目指すほどのインテリとしての素養に長けていたこともあり、論理的思考や知識を活用した高度な思考問題をパスすることがとても得意だった。
具体的に言えば、歴史、哲学、心理学、母国語などの文系的な学問は常に満点を出し、理学や数学などの専門外だった問題も習得や理解が早かった。
だが、一つ問題がある。
娑婆っ気を抜くということである。
髪の毛から足先まで軍人になる覚悟が必要だった。レオハルトは士官候補生である以上は当然一度スキンヘッドになる運命が待っていた。
私物に関しては家族の写真や医薬品以外のものをレオハルトは持ってこなかった。不必要な私物は士官学校で禁止されている事もあるが、それ以上に父の死と自分自身を変えたかったことも大きかった。
レオハルトは元々、戦う人間としての覚悟は元々してこなかったことだ。
生来の優しさが判断力を鈍らせることがあり、そこが唯一のネックと言えた。だが、実父の死がレオハルトにどうにか覚悟を決めさせたこともあり、殺しに関する技術もどうにか合格点以上の点数を叩き出すことが出来た。それさえクリアできればレオハルトの体術やナイフ格闘などの軍隊格闘、軍刀術、射撃などは問題なくクリアできた。体を動かす事は苦ではなくメタアクト能力の特性もあり、身体の鍛錬などの厳しい試練もパス出来た。メタクター用の訓練プログラムもスポーツの延長上だと割り切りながらレオはクリアする。だが、軍隊式の束縛と体力的な壁、殺しに関する生々しい数々の知識と記録がレオハルトに苦悩を強いた。
そうして二年ほどたった時の事だ。
長く美しいブラウンヘアーの女がそこにいた。マリアだった。赤いドレスが長い髪と噛み合ってよく似合っていた
出会った時期は9月。二年生になると軍服を着用できるようになり、9月には一日だけ正式なダンスパーティを開いてもらえるなどの特典があった。
レオハルトは生来社交的で正式なダンスパーティにも素養があった。そんなレオハルトにとっては他者と楽しい時間を共有できる時間は何よりも嬉しいことであった。特に恋人であるマリアとの時間は尊いものといっても過言ではない。
「……雰囲気変わっちゃったね」
「ああ……」
「……大学で先生目指していた時はただのイケメン優男だったのに」
「へぇ、今は?」
「素敵になった。強くて素敵な感じに」
「はは、マリアはうまいんだから」
「事実よ。あなた結構評判なんだから」
「評判?殺しの覚悟が薄い事?」
「違うって。……女の子の人気」
途中から彼女は耳元で囁く。ひそひそと話す仕草が小悪魔的で魅力的であった。レオハルトはからかい上手なマリアに思わず赤面してしまう。
「……僕にはマリアがいるのに」
「それでもってことでしょ?魅力的なのよ。あなたって」
「……僕は父の苦しみをろくに知らない薄情者なのにな……」
少し影を落とした表情でレオハルトは俯く。
「……レオ」
「どうした――」
マリアがレオの唇に唇をあわせる。
始めは驚いていたレオハルトもだんだんと受け入れるようになった。
「疑わないで……あなたを愛する私のことを……」
「……ああ」
「……士官学校卒業後はどうするつもりなの?」
「共和国特殊探査船団に志願する」
「……寂しくなるね」
共和国特殊探査船団。
故カール・シュタウフェンベルグ大佐が所属していた直轄部隊の名前である。それは共和国から密命を受けて動く事を除いて謎に包まれた部隊である。そこに所属する者は最精鋭の人員で構成されていると言われているが、詳細は船団の外には知らされる事はほとんどない。ただ、分かっている事は何者かと苛烈な戦闘を行なっている事と少なくない負傷者や死者を出していることだけであった。
「……エリート……なんだよね」
「特殊部隊を擁している。父の……いわば私兵だ。その部下の一人が真実を知っているようだ」
「誰なの?」
「……分からない。ただ……」
「ただ?」
「戦闘のプロだそうだ。人質救出任務はほぼ確実に成功させ、対テロ作戦に何度も従事した若手の人物がいるらしい」
「らしい?」
「……眉唾なんだ。アズマ人の少年兵で、カラスの描かれた覆面を常にしているらしい。カールと相棒の女の子以外には心を開かないって聞いた」
「女の子って?」
「詳しい事は分からない。黒髪のジーマ人らしい。どういうわけかアズマ人の特徴がある」
「……不思議な取り合わせね」
「ああ、全く」
招かれた人物はマリアだけだったらロマンチックだったが、そうも言えない人物が近づいてくる。見知った顔だった。アズマ人の男。
「よお、二人ともお熱い事だ」
「タカオ!?どうしてここに?」
「仕事だ。ここには軍の偉い人もいるんだろう?」
「確かにそうだが……仕事ってなんだ?」
「お前の事さ」
「え?」
マリアとレオハルトは頬を真っ赤にしながら目をぱちくりと開閉を繰り返していた。
「おまえ、特殊探査船団に入るつもりなんだろ?」
「ああ……」
「首席になったら確実に口添えするってさ」
「だれが?」
「ゴードン・グリフィン少佐……今は中佐か」
「それと、ヴァネッサについてだ」
「彼女の素性が分かったか?」
「ああ。とんでもない素性だ」
ふっとタカオは息を吐く。出た言葉は周りを凍りつかせるには十分だった。
「彼女は……共和国の実験体だ」
「じ…………何を……」
「言ったろ。この国の一部が狂気の実験を行なっていたってことだ」
パーティに居た人々の中からある紳士が歩み寄ってきた。
「誠に恥ずかしい話ですがね……我々の中にも『抜き取るもの』と同じ発想に染まる輩が出るものですな。嘆かわしい事ですが……」
「……教官」
「レオハルトくん。リィくんはよくやっているよ。彼女がいればエクストラクターどもの起こす悲劇は防がれる……私はそう考えている」
その人物はレオハルトの教官の一人であった。名前はギルバード・ノース中佐。軍では特殊調査船団との繋がりもある数少ない軍人の一人であった。彼はリィ・ヨンやゴードン中佐と共にパーティに来ていた。リィはドレス、残りの二人は軍服を着ていた。
「元気か……」
「はい。グリフィン中佐」
「……立派にやっているそうだな」
「はい」
ゴードンはどこか父が子を見るような目でレオハルトを見ていた。それを見てノース中佐はゆったりとした口調で語りかけた。
「彼はなかなかの逸材ですな。面接をした教官たちはみなそう言ってましたな。……まあ、少し思いやりや偽善が過ぎる一面があるのが気にはなるがね…………戦場ではもう少し残忍になれることを祈っているよ」
「……覚悟はしております」
「よろしい。期待しているよレオハルト君」
改めてノース中佐はタカオに向き直った。
タカオは背広を着ていた。見た目だけで言えばアズマの若いリーマンと見紛う姿だった。だがノース中佐は彼から放たれる雰囲気や挙動の隙のなさを見落とす事はなかった。
「…………」
「初めまして……というべきかな?私はギルバード・ノース。地位は中佐だ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
ノースは低音の声からじっくりと言葉を紡いだ。タカオは警戒感をどこか示しながらも表面上は紳士的に返事を交わした。
「……ずいぶんと寡黙だね。タカオ君は」
「すみません。私は口下手なもので……」
「アズマ人は謙虚だ。美徳だが欠点でもある」
「……」
「さて、本題に入ろうか。……愚か者の話題なんてどうだ?」
「ええ」
「悪というものは常にシンプルだ。愚かで悪い意味で刹那的で短気。とにかく結論のために人を殺す。だが、正義というのは複雑だ。誰を生かすべきかで言い争いになる。……グリフィン中佐の『小さな組織』と共和国薬物調査局の『猟犬部隊』のように……な」
「失礼……RDIのハウンドチームについてはあまり知りませんが……カールと仲は悪かったのですか?」
「ああ、……もっともあの部隊は過激すぎるからな……銃火器を街中で撃つ様はギャングそっくりで……警察の上層部や軍関係者からはだいぶ嫌われているよ。本来なら銃器規制法にかかる筈だが……な」
「……あなたも皮肉がお好きなようで:
「今日はキレが悪い方だ……もっときつめの言い回しが好きだが……パーティの日はそういう言葉が鈍くなるようだ」
「……貴方は『愚か者』についてご存知で」
「おそらく、そもそもその『愚か者』は内部にいる」
「内部?」
「ああ、……カールの死を望んでいた『愚か者』は……特殊探査船団の内部だろう……知りたければ……首席になる事だ。死に物狂いで……な」
そう言ってノース中佐は会話を中断し、別れを告げた。
「……リィくん。挨拶をしたまえ」
「……それでは……タカオ様、マリア様、レオハルト君。ごきげんよう」
そう言ってリィとグリフィン中佐、ノース中佐は三人に背を向けて何処かに消えた。その様子を見ながら三人は色々と会話を交わしていた。
「知りたい事が山積みね」
「ああ……」
「どうしよう混乱してきちゃった」
「僕としては……ただ真実を知りたい。父がどうして死ななければならなかったかを……」
「レオ……俺としては……もう一つ気になる事がある」
「?」
「弟だ。さっきマリアと話していたろう?」
「弟……まさか……」
「シンだ。アスガルドに向かったと聞いていたが……まさかカールと一緒だったとは……な」
タカオの表情が何処か厳格なものとなっていた。父を失った時のレオハルトと同じ顔であった。覚悟の表情だった。
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