第11話 後始末

ゴードンは激怒した。

タカオの引き起こした騒動によって、三人まとめて雷を落とされる事態になった。怒ったゴードンはとんでもない大音声と殺気で三人を消沈させた。

昔気質の頑固な男というものはこう言う時は大変おっかないものである。それはいつの世も同じで、レオハルトが今迎えている事態も例外ではなかった。

「大体タカオは!警官が来てくれたから良いものを!しかも外で表立って誰かの悪口をいうもんじゃあない!わかったか!」

「すみません」

「マリアにレオハルトも!親友ならなあなあに何どならずに毅然とした態度をだなぁ!」

「すみません」

「うぅ……すみません」

このようなやり取りが一時間以上は続いていた。

留置場の一室が説教部屋と化したのは言うまでもない。

三人が開放されたのはその日の夜のことになった。釈放の手続きや保護者であるゴードンや警察官たちの厳重注意。相手がマフィアらしき荒くれ者であったことに加え、タカオたちのやり取りを目撃した市民の証言によって、どうにかその日のうちに釈放された事だけが不幸中の幸いであった。

それでも、レオハルトのスケジュールに狂いが生じたことが彼自身にとって大きな痛手であった。

「……やれやれ、今の姿を死んだカールには見せられんぞ」

「ゴードンおじさん。どうもすみませんでした」

「グレイ警部補にはよくお礼を言っておきなさい。……それにしても、メタアクト能力を喧嘩に使うなんて……」

「うぅ……」

マリアが半泣きになりながら俯いていた。

「まあまあ、ゴードン。刃物を持った相手で……」

「逃げればいい事だろうに」

「冷静に判断出来るとは限らないでしょう。タカオはともかくレオハルトは止めようとしたのでしょう?許してやったらどうだい……マリアちゃんも半泣きでしょうに……」

厳格な警察官であるダニエル・グレイもグリフィン少佐の怒りにはたじたじの有様だ。それだけの怒号であった。

「まあいい。無事に帰って来れただけでも儲け物だ。……むやみに危険な事をするな。いいな」

「はい」

「はい」

「……ぐす、はい」

「よし、タカオとマリアは遅いから帰りなさい。……レオは残れ。別件の話がある」

「はい?」

「……ヴァネッサの件だ」

「!!」

レオハルトとゴードンはひそひそと小声になった。

「……何が分かったのですか?」

「……ヴァネッサは娘みたいに可愛がっていたそうだ。血は繋がらない関係だが、軍の知り合いが親子みたいだったって……ビンゴだ」

「……でも父は」

「ああ、俺も知らなかった。だから聞いたよ。それはいつの話だって……そうしたら……」

「……」

「……数年前アズマとワンチョウの会戦。その時からだってさ」

「……アズマの……」

「あの時のアズマとワンチョウは狂ったように戦っていたからな。アズマはともかく、ワンチョウは反アズマ感情が強い。どういうわけかな」

「あの時のタカオみたいに……憎悪だけで戦いを挑んでいるのか」

「その時の戦争はアスガルドの基地も巻き込まれたからな。……あれはひどかった。民間人だとしても見境無く攻撃されたからな。そのときの軍属の家族の生き残りだったそうだ。その時の子供をカールは責任を持って育てていた」

「それがヴァネッサ」

「ああ……悲劇的すぎる」

「だがどうして、ヴァネッサは隠されて?」

「……魔装使いの治療を受けていた子だった。だが、あの事件で家族を失ったヴァネッサは……軍人として生きる事を望んでいた。上層部に掛け合ってまでな。……将軍の一人が利用価値を見いだして彼女を兵士としての教育プログラムを受けさせた。……極秘でな」

「それが……」

「……カールは悔やんでいたのだろうな。国の正義のために巻き込んでしまった事を……土壇場で冷酷なこともしたんだろうにな」

「そのときゴードンおじさんは?」

「助けにいったさ。だが本国の許可が遅くてな。着いた時にはカールとカールが抱きかかえていた女の子以外はひどい有様だった。今思えば、あの子がヴァネッサだったんだな」

「……親父」

レオハルトは苦々しい顔のまま俯く。

「タバコはあるか?」

「ないよ。喫煙者じゃないから」

「そうだった。すまん、ヤニが切れると……ついな」

「夕飯とタバコなら買いにいくよ」

「……よせよせ。タバコには種類があるんだよ」

「あ、そうだね。一緒に買いにいこう」

「やれやれ……」

レオとゴードンは警察署を出る。夜風が二人に冷酷なまでに吹き付ける。それはカールやヴァネッサの二人が受け続けた苦難のように厳しい。ゴードンとレオハルトの二人はやり切れないような苦い表情を浮かべながら、その足を前へと進めていった。







翌日の朝。

『彼女』が訪れたのは突然の事だった。

といっても、マリアの事ではない。SIAの小さな事務室の中に一人の少女が居心地に悪そうにしている。

「よりにもよって、ワンチョウ人の少女だと!!冗談じゃないぞ!」

タカオが不満げにゴードンに食って掛かる。

少女はタカオのあまりの剣幕に怯えレオハルトのそばに隠れてしまった。

「ひッ!……ご、……ごめんな……さい……」

彼女はタカオがイメージするような『感情的で偏執な野蛮人』とはほど遠い人物であった。

内気。とにかく内気。

まるで少女は陽炎のように儚い雰囲気があった。しかも持っている本はかなり難解な科学の専門書であった。分野は生物か。それだけにタカオの苛立ちに油を注ぐ結果となった。

「や、野蛮人がインテリ気取ったって……そうは……」

「よせ。タカオは短気だから……」

「……そう言う問題?」

レオハルトのピントのずれた発言にマリアが思わずツッコミを入れる。普段のボケとツッコミの立場が完全に逆転していた。この状況には部屋の隅にいたイェーガーも目を白黒していた。

タイトルは『作物と遺伝子工学』とある。かなり分厚い本だったが、彼女はファッション雑誌を読むような感覚でそれを読んでいた。暇さえあればそれにだけ目を通し、他の者には目をくれなかったが、タカオの異様な殺気には敏感に反応した。

「あー……なんども言うが彼女が『護衛対象』だ。間違いないよ。ここに名前もある。……『リィ・ヨン』。愛称はリィだ。よろしく頼む」

「…………」

「………………はぁ」

「よろしくー」

マリアだけが明るく返事を返す。だが何処かぎこちない原因はタカオの殺気にあった。タカオの苛立ちは露骨なものであった。母の死と弟の変貌。二つの凄惨な不運がただでさえ卑怯を嫌うタカオのワンチョウ嫌いをより苛烈なものにしてしまっていた。

「……信用できん。ワンチョウの国の人間は」

タカオはそう言うなり部屋の外に出て行ってしまった。訳も分からずリィはむせび泣くしかなかった。彼女の頭をマリアは撫でてあげた。

「ほら、泣かないの。わたしがついてるし……ね」

「……ぐす……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「タカオ……弟のことは分かるが……」

レオハルトはタカオのいなくなった空間に向かって語りかけるように呟いた。だが返ってくるのは静寂だけだった。タカオの声なき敵意がリィを傷つけていることにレオハルトとゴードンは焦りを感じていた。

イェーガーが見かねて二人に声をかけた。

「……レオハルト様」

「どうした?」

「……出来る事があるならなんなりと」

「出来る事とは?」

「狙撃、暗殺、爆破工作、それと護衛を少し」

「……今は気持ちだけ受け取っておく」

「承知しました」

物騒な事態を避けるため、レオハルトはどうにか話を本筋に戻す事にする。

「さて……彼女はどうしてここへ?」

「……その件だ。問題は」

「俺はワンチョウ人がここにいる事が」

「タカオ!」

「……はぁ……気持ちは分かるけど、差別主義は流行らないわよ」

「あいつらは!」

「もういい。触れてやるな触れてやるな」

ニトログリセリンのように繊細なタカオの逆鱗にレオハルトたちは頭を抱えていた。歴史の教養に長けていて、論理思考に優れているだけに怒ったタカオは頑固で厄介な難物であった。

触れたら爆発。

そんな事態を極力避けるべく国の名前を避けて状況を説明した。

リィ・ヨンは『国』で一番の天才で兵器の開発に関わっている。そしてその特殊な才能のために多くの敵が存在していた。

特に深刻なのは『アズマの保守過激派』と『例の国の保守系テログループ』の存在であった。

「……どうして違う保守グループが?仲は悪いんだろ?」

「アズマの方はタカオの言った理由で」

「…………うん」

マリアの顔色がビリジアンとなった。彼女の額から冷や汗が溢れる。

「例の国の方は……政権に対して積極的ではないヨンに対する脅迫が目的だ」

「…………うん」

レオハルトが頭を抱えた。目が完全に泳いでいる。







会議は踊った。猛烈な言葉のダンスを踊った挙げ句、リィはレオハルトと同じ士官学校へ行く事になった。どのみち、軍事関係の人間との付き合いは避けられない以上はアスガルド軍の中にいた方が安全だとグリフィン少佐もレオハルトも判断した。

そして、それ以上に問題だと感じたのはタカオの敵愾心であった。

タカオとリィは性格の相性がすこぶる悪い。

リィは内向的で自己主張が弱く自責の念が強い。タカオはリィの国に対して感情的で攻撃的な面が強く出ている。そのうえ、論理的に捲し立てるが、リィは恐怖心に負けて理性的な反論を行なう事が出来ない。そのせいで、タカオは自分の論理が正しくて自分の生まれを恥じているように盛大に勘違いしていた。

そして、リィは恐怖する。

完成された悪循環は存在しそうになった。レオハルトやグリフィンと言った外的要因がなければタカオはリィとリィの故郷を延々と責め続けることになりかねなかった。

レオハルトはそれを避けるためにリィと行動を共にすることを選んだ。

マリアもそのことに賛成してくれた。

「……あ、でも浮気は駄目よ」

「当然だろう?マリアもタカオに気をつけな」

「え?どうしてタカオ?」

「最近のあいつは色気づいてるからなぁ……」

「大丈夫。私は理屈ばかりの人は苦手だから」

満面の笑みでマリアは頷いた。

「……そこそこは仲良くしてな?」

「うん、努力する」

かくして、リィとレオハルトは士官学校へと向かっていった。

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